P1800は、1960年に登場したボルボ初の量産スポーツクーペ。本国では2+2として販売されたが、日本に正規輸入されたモデルは乗車定員2名として登録されたようだ。デザインはマセラティミストラルやクアトロポルテなどを手掛けたイタリア人デザイナーのピエトロ・フルアによるもので、当初ボディ製作は英国のプレストスティール、組み立ては同じく英国のジェンセンで行われていた。

しかし、品質管理の問題があり、1963年よりイエテボリのボルボの工場で生産を開始。この年はじめてスウェーデン製の1800がラインオフした。スウェーデン製であることをアピールすべく、このモデルからP1800Sと車名に頭文字の”S”を掲げるようになりました。同時に”スポーツクーペ”の意も込められていたという。

P1800は英国で組み立てられた初期型をAシリーズ、その後63年のBシリーズ、Dシリーズなどとデビュー以来、毎年のように改良が加えられてきた。エンジンは車名の由来でもあるように1.8リッター直列4気筒OHVだったが、1968年のSシリーズから2リッターへと排気量を拡大。しかし車名は1800のまま変更されることはなかった。翌年にはキャブレターから電子制御燃料噴射装置(EFI)となり出力が向上、車名も1800Eとなった。



1971年にはエステートモデルであるESが発表。シューティングブレイクともよぶべきスタイリッシュなデザインで、湾曲したフロントグリルやフレームレスの大型リアゲート、ドアノブ下でキックアップしたプレスラインなどは、V40やXC90にはじまる最新モデルなどにも受け継がれているものである。1973年6月、最後のESをもって1800シリーズの生産が終了した。現在も世界中にファンが存在し、日本でも約120台が保有されているという。

ここで、現在販売されている注目のP1800をご紹介。 1971年式の1800E。オーナーは2020年3月までボルボ・カー・ジャパンの代表取締役をつとめた木村隆之氏だ。2014年にボルボ・カー・ジャパンの社長に就任したのを機に、かねてから憧れていたクラシックカーを手に入れようと物色していた際、縁あってボルボ・カー・ジャパンの社員が所有していたこの1800Eを譲り受けたという。

ダークブルーにリペイントされていたその個体は、走行可能ではあったものの決して良好な状態とはいえず、あることをきっかけにレストアすることに(のちのインタビューを参照)。当時を知るベテランスタッフの阿部昭男氏(現ボルボ・クラシック ガレージマネージャー)の協力のもと、世界中のボルボから現存するパーツを集め、また足りないものに関しては、部品取り車として他に2台のP1800を入手したそう。トータルで3台のP1800をもとに2015年に約半年をかけてレストアされた。

ボディカラーは当時のオリジナルであるサファリイエローに、ボルボの認定工場で水性塗料を使ってリペイントされている。エンジンやサスペンションなどに関しては、P1800の現役時代をよく知る、ボルボOBのメカニックに依頼し、オーバーホールを実施したという。2015年末にレストアが完成したこの車で、年に数回、クラシックカーラリーなどのイベントに参加。走るたびにアタリがついてきたエンジンは現在絶好調で、およそ5年で走行した距離は1万kmに満たないくらいだ。



実は木村氏、これをきっかけにさらにP1800へ傾倒し、もう1台、クーペより少し明るいサンイエローのESも入手したそう。黄色いクーペとエステートという絵に描いたようなハッピー1800ライフを送ってこられたが、社長退任を機にいずれかを手放すこととなり、さんざん悩んだ上で、クーペの売却を決意したそう。「レストアの過程から関わってくれたたくさんの人たちの思いがつまった車です。歴史を継承していくという意味でも大事にしてくださる方にお譲りできればと思います」と木村氏。現在ボルボ・カーズ 東名横浜店内にあるボルボ・クラシック ガレージにて保管されている。



P1800で念願だったクラシックカーライフを始めた木村氏。その趣味が高じて、2016年には240や740、850、そしてP1800やアマゾンなどの古いモデルを正規ディーラーがリフレッシュする「ボルボ・クラシック・ガレージ」を開設するに至った。

木村氏にとって、クラシックカーのある生活はどういうものなのか、話を聞いてみた。「子供の頃からクルマが好きで、ずっとクラシックカーに乗りたいという思いはありました。海外で勤務する期間が長かったのですが、ようやく日本に腰を据えて生活できるということで、何かボルボのクラシックカーを手に入れようと探しはじめました」

トヨタ自動車、ファーストリテイリングを経て、インドネシア日産自動車代表取締役社長、アジア・パシフィック日産自動車兼タイ日産自動車の代表取締役社長を歴任するなど、長期の海外勤務ののちに木村氏が選んだ企業が、ボルボ・カー・ジャパンだった。「日本には古いボルボファンがたくさんいて、私が社長に就任したころは、約18万台くらいの保有台数で、登録から10年を超えている車が半数を占めていました。その多さに本当に驚きましたね。ディーラーも発想の転換が必要で、新車を買ってくださる方だけがお客様なのではなく、古いモデルを長く乗り続けているお客様にも足を運んでいただける店作りをしていかなければいけないという思いがありました」



メルセデス・ベンツやポルシェをはじめ高級車メーカーが、自社のクラシックカーの整備、販売を手掛けるケースは多くあるが、ボルボでは本国にもそうしたサービスがなかったという。「最初はテストケースとして、走行距離23万kmの850 T5Rエステートをリフレッシュしてみたんです。それがうまくいったのでもっと古い車でやろうと、本社に稟議書を出してみたんですけどそれが通らなかった。だったら自分の車でやってみようというのがレストアのきっかけでした」

そのいわば社長の私的プロジェクトをサポートしていたのが、現在、ボルボ・クラシック・ガレージのマネージャーを務める阿部昭男氏。「最初は本国に連絡をして世界中の部品の在庫をみて、とれるものをすべて集めました。レストア作業はディーラーではできませんから、アマゾンや1800などOHVのエンジンを整備したことがあるOBのメカニックにお願いして進めました」

約半年をかけてレストアが終了。木村氏も阿部氏も、クラシックカーの整備や販売を手掛けることに手応えを感じ始めていたという。P1800のレストアを終えて、その翌年の夏には直営店の1つ、ボルボ・カーズ東名横浜内に「ボルボ・クラシック・ガレージ」を開設した。これは、P1800やアマゾンをはじめ、240、700や900シリーズ、850のリフレッシュを手掛ける部門で、ボルボとしては世界初の試みだった。

「立ち上げから丸4年がたちましたが、おかげさまで認知も高まっており、お客様の数も売り上げも右肩上がりで増えています。1959年のPV544をはじめ、1800やアマゾンなど数多くのクラシックカーがメンテナンスのために入庫いただいてます。全国のお客様やディーラーからも問い合わせが増えています。基本的には整備がメインで、車両を仕入れて販売することは行っていないのですが、新車から長く所有されているオーナーから、乗れなくなったので引き取ってほしいといったご要望もあり、いい車であれば再生をして販売をするケースもあります。2019年末までの販売実績は19台です。古いモデルを一度手放されて、最新モデルに乗り換えられたあるお客様が、われわれがレストアした自分のクルマをみて、買い戻されたケースもあります。やはりうれしいものです」と阿部氏は話す。

最後に木村さんがクラシックカーのある生活についてこんな話をしてくれた。「クラシックカーは人を呼ぶものです。自然とまわりに人が集まってきて、P1800もたくさんの人たちの協力があっていい車に仕上がりました。本当に楽しい思い出ばかりで、手放すことはもちろん寂しくはありますが、その楽しみをまた誰かにシェアできるということだと思っています。P1800に始まったクラシックカーライフですが、この趣味は一生変わることはないと思いますね」


車両情報提供:CARZY (文:藤野 太一 写真: 奥村 純一)
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