フォードGT40が与えた影響は、モータースポーツだけでなく自動車業界すべてにおよぶ。その特別な車を、完全なオリジナル状態で所有しているオーナーに話を伺う機会を得た。

車の性能を最大限に引き出すことを楽しむアクティブドライバーがいれば、貴重な個体を大切に維持することに喜びを見いだすコレクターもいる。このオーナー(以下A氏と呼ばせていただく)は、ほぼ後者に近いが、走らせる夢も忘れていない。
 
何よりも驚かされたのは車に対する真摯な姿勢である。ルーツを探り、資料を集め、オリジナルにこだわり、徹底的なレストアを施す。それは何故か? このGT40が大好きだからである。
 
A氏の生い立ちを少したどってみたい。兄とカーグラフィック誌を共同で購読をはじめたのは9歳くらいから。ある日、父親の車に同乗していた時に見たロータス・コルティナのグリーンフラッシュとテールランプが頭に焼き付いて忘れられなくなり、フォードとロータスにのめりこんでいく。以来、ロータス・コルティナやエスコート、フォード GT40、ロータス49、DFVといったところがA氏の車好きとしてのキーワードとなっていった。

したがってA氏のヒーローは自ずとケン・マイルズ、ジム・クラーク、ジョン・ウイットモア、ロジャー・クラークといった、フォードに関連するドライバーになっていった。当然F1にも興味はおよぶが、特にDFVが活躍する1960、70年代からその後の80年代くらいまでに感性を鍛えられた。「コスワースなんかはフォードとDFVがあってこそ」とはA氏の言葉である。
 
フォード好きはその後もとどまらず、レースシーンではコルティナ時代からエスコート、GT40、フォードのアラン・マンほか、イギリスもドイツも、さらにアメリカでNASCAR、CAN-AM、IMSAの時代を経ても、とにかく出走するすべてのフォードが好きだったという。果たして、フォード GT40がA氏の心の中ではトップ・オブ・ザ・トップに絞られていったのだ。
 
A氏がこの車(以下シャシーナンバー表記で「1054」とする)を購入したのは2012年の5月だった。その少し前からGT40を探していたのだが、たまたま著名な写真家ジョン・アレンのサイトでオリジナル度の高い売り物が数台あるのを発見したのだ。それがシャシーナンバー1033、1083、1054、1059だった。それまでに1027、1043、1003などの売却オファーもあったそうだが、A氏のニーズには合致しなかったらしい。なぜならA氏が求めていたのはMk1であり、しかもレーシングバージョンではなくロードバージョンだったからだ。
 
ご承知の通りフォードGTはレーシングカーとして生まれた車であり、ホモロゲーションをクリアするため、後に市販バージョンが製造された。A氏にとって、いわゆるレースカーがそのまま市販車になった典型という出自が魅力であったし、確かにレースでの目覚ましい戦績があれば資産価値は高いかもしれないが、戦歴を重ねれば当然何度も改造や再製作された部分が多くなっていくはず。彼は特にオリジナル性の高さを重視したので、ロードバージョンにこだわって探していたのだ。


 
最終候補の中から、A氏は1054を選んだ。決め手はエンジン・ミッションがナンバーマッチングであったこと。当時のオリジナルのボディカウルがついていたこと。シートや塗色等は変わっていたが、主要なところの改造度合いがごく少なかったという事実だった。以下はA氏の調査によって判明した事実だ。
 
”この車は1966年11月7日にデリバリーされた記録が残っていた。最初の登録はフォード・ディビジョン。ある出版物の記録によると、販売プロモーションのため北米オハイオのディーラーに渡ったこのGT40、デリバリー当初のボディカラーはパイングリーンだった。希少なことにアラン・マン・カーに装着されていたシュノーケル付きのワイドなリアカウルが、オリジナルのナローカウルとともに付属されていた”

”実質的なファーストオーナーはビル・ボストラム。彼はシルバーに赤ラインの塗装を施した。ちなみにこのワイドリアカウルについては諸説あるが、この1054と過去にエドセル・フォードが所有した1055の2台のみに付属されていたと思われる。セカンドオーナーがペンシルベニアのフランシス・クレスという方だ。1054のオーナー歴は1987年からであり、ボディをガーズマンブルーと白のストライプに塗っていた”
 
この状態をジョン・アレンのサイトで見つけ、以前AC購入時にお世話になったS氏に相談してコンタクトを開始した。
 
A氏は3番目のオーナーである。候補に挙がったほかの車も含めて実車はどれも見ておらず、メールや写真のやりとりのみで決定したのだから冒険といえば冒険だったかもしれない。ただしそこは正しい専門家を頼り、購入後はそのまま米国のF.A.V.社(ファイン・オーセンティック・ヴィークル)に搬入してレストアを開始した。A氏の希望はすべてオリジナル。工場を出たデリバリー時の状態に戻すこと。いわゆる「ペブルビーチコンディション」だった。

F.A.V.社はレーシングアイコンズのサイトで見つけた。ペブルビーチで優勝したJWのGT40やフィリピネッティのGT40などロードカーも当時多くレストアした実績があり、そこに決めたのだ。レストアの工程は逐一メールや書類・写真で報告が届いた。写真付きのレストアブックは3冊にもおよぶが、嬉しいことにそもそものオリジナル度合いが非常に高かったらしく、レストア作業は順調に進んでいったようだ。
 


とはいえA氏のオーダー通り徹底的なレストアを行った結果、作業が終了したのはその4年後の2016年8月頃になっていた。その時にシート合わせ(ペダル位置を調整する)を兼ねてアトランタのロバート・アッシュ(F.A.V社、レーシングアイコンズの代表)の自宅で、やっと自分のGT40との対面を果たした。

初めて乗り込んだコクピットの印象は思ったよりも狭かった。ペダルボックスで足元を合わせたがステアリングにも充分腕が届いた。これで本当に欧米のドライバーは乗れたのかと思うほどのタイトさだった、と記憶しているという。
 
各パーツ類はクラックテストを行い、オリジナル物を極力使い、現代の保安に関わるもの以外は、塗装やコーティング他加工方法などを含めて、あらゆる面で当時と同じ仕上げとなっていた。他にもホイールはクラックテスト済の記録シートが、またエンジン・オーバーホール後のベンチテストシートも添付され、メカニカルな部分の記録も含めて、オーナーズマニュアルが2冊も用意されていたという。その時に履いていたタイヤは新車時(!)のデッドストックと言われたグッドイヤー。オリジナルのボラーニ製ホイールに履かせてあった。 

前述のとおりレストア期間は約4年におよんだ。空輸通関を経て2016年10月27日にA氏の元にやってきたGT 40 Mk1ロードバーション。A氏はしばらくの間、このGT40を眺めているだけでも充分満足であったので、実はこのタイミングまで親しい友人や兄弟にもこの車の存在を伝えていなかった。

【写真10点】日本にもあった!「伝説のレーシングカー」のロードバージョン
 
こんな名車を、なぜ今まで表に出さなかったのか? A氏は幸運にも「究極の車」を手に入れることができた。たぶん、その重みさえも楽しむ時間が少々必要であったのだろう。ただしフォードGT40の価値を知っているA氏にとって、この状態の1054は確かに状態は美しいが、あくまでコンクールコンディションに過ぎない。やはり正しく走らせるためには、そろそろ故郷の英国に戻して正しくセットアップしようと考えていたところだったという。

「車の楽しみ方は人それぞれです。この車は私の元に来てからはまだ公道、サーキットともに走行歴はありません。これからきちんと走行できるように仕上げていきますが、ただし私の目的はあくまでオリジナルロードカーとしての維持です。レースに出走するような改造等は絶対に行いません。なぜなら、この1054も、いずれいつかは次のオーナーのところへ行くでしょうから。それまで今の姿を保ち続け、正しい橋渡しができるよう努力する考えです」
 
やがて、どこかで、このGT40の走る姿を見られる時がとても楽しみである。