豊後高田市の都甲地域の住民たちが、地元出身の戦国武将、吉弘統幸(むねゆき)(1564〜1600年)らをモチーフにしたかかし作りに取り組んでいる。9月13日の命日に合わせて開かれる慰霊祭で初披露する。
 統幸は大友氏への忠義を貫き、再興を懸けた1600年の石垣原の戦い(別府市)では黒田官兵衛軍と激突したが、討ち死にした。
 郷土史研究グループ「都甲史戴星塾」(藤原駛治塾長)は統幸の生きざまを知ってもらい、地元に愛着を持ってもらうため、かかし作りの実行委員会を7月21日に立ち上げた。
 かかし制作で地域おこしに励んでいる市内築地の河野三男さん(69)が実行委員長を務め、毎週末、地元住民10人ほどが市内新城の都甲地域歴史資料展示場(旧都甲小学校)に集まって作業している。
 かかしの大きさは等身大で、針金や木材、新聞紙、ペットボトル、古着などを活用。石垣原の激闘を表現するために、足軽は勇ましく木の刀、やりを構えている。武将が乗る馬のかかしも準備している。
 9月13日に菩提(ぼだい)寺の金宗院跡で営む慰霊祭では、15体のかかしを飾り付ける予定となっている。地元の自治会が主催し、統幸や吉弘一族とゆかりのある豊後大野、杵築、福岡県柳川各市、同県新宮町などの歴史顕彰会に出席を呼び掛けている。
 藤原塾長(78)は「協力してかかしを作ることが地域の結束につながるだろう。慰霊祭の後も数を増やしていき、将来的には石垣原の戦いを大規模に再現してみたい」と話した。