広島、長崎の被爆者の悲願だった核兵器禁止条約が国連で採択されてから初めて迎えた、6日の広島平和記念式典。 際立ったのは、条約を「核なき世界」実現への一歩としたい被爆地と、米国の「核の傘」に依存し条約に反対する政府との立場の違いである。 広島市の松井一実市長は平和宣言で核兵器を「絶対悪」と断じ、政府に対して条約の締結促進を目指し「核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組むよう」に要求した。 一方の安倍晋三首相はあいさつで条約には一切触れなかった。そればかりか式典後の会見で「保有国と非保有国との隔たりを深めてはならない。双方に働き掛けるわが国のアプローチとは異なる」と述べ、条約へ署名、批准しないことを明言した。 松井市長が求める「橋渡し」と、安倍首相の言う「隔たりを深めてはならない」はまったく意味の違う言葉である。 オバマ前米大統領が、昨年5月の広島訪問後に「核の先制不使用」を検討した際、日本が足かせとなったことが米政府関係者の証言で明らかになっている。当時のケリー国務長官が日本を説得するのは時間の制約もあり困難だと主張し、軍部の反対論に同調したという。 「核の傘」にすがり、条約交渉にも参加せず、核廃絶を求める世界の流れを阻むことが日本のアプローチということか。 唯一の被爆国としての自覚と責任が感じられない。■    ■ 核廃絶に向け国際社会をリードすべき日本の姿勢はあまりにも消極的だ。 政府は昨年4月、憲法9条が一切の核兵器保有と使用を禁止するものではないとする答弁書を閣議決定した。自衛のための必要最小限度の実力を保持することは憲法9条2項でも禁止されていないからとするが、必要最小限度の核兵器というものがあるのだろうか。 さらに同じ月、広島市で開かれた先進7カ国(G7)の外相会合で採択された広島宣言には核兵器の「非人道性」の文言が盛り込まれなかった。 戦後70年の広島平和記念式典のあいさつで、安倍首相が国是でもある「非核三原則」に触れず批判されたことも記憶に新しい。 将来、三原則を変えるのではないか、核保有の可能性が出てくるのではないかという不安が消えない。■    ■ 長崎はきょう9日、被爆から72年の「原爆の日」を迎える。 長崎市の田上富久市長は平和宣言で、核兵器禁止条約を評価し、日本政府へ参加に転じるよう求める方針だ。核兵器に依存する安全保障政策の見直しも提言するという。 平均年齢が80歳を超える被爆者たちは、体験の風化に加え、条約への不参加を表明した政府の対応に心を痛めている。  安倍首相は広島でのあいさつで「国際社会を主導していく」と語った。条約に参加せず主導することなどできない。