女優・幸地尚子(こうち・たかこ)の芸歴20周年を記念した公演「謝名堂珠緒(じゃなどう・たまお)ライブ」が沖縄県那覇市と名護市で開催される。劇団O.Z.Eの看板俳優の幸地が初の一人芝居に挑戦する。劇団O.Z.Eは従来の「演劇」にこだわらない、観客のエネルギーになるような刺激的な舞台で沖縄の演劇シーンで人気を博している。その中心で輝くのが幸地だ。抜群の存在感で幅広い役柄をこなし、他劇団への客演や、テレビ、映画などにも活躍の場を広げている。◆アイドルからお笑い、そして演劇へ幸地尚子(こうち・たかこ)  名護市出身。名護高校卒。高校在学中にアイドルを目指し、オーディションを受けて業界入り。  アイドル卒業後、オリジン・コーポレーションのお笑い部門に1年所属。同事務所の演劇部門である劇団O.Z.E元頭・真栄平仁のスカウトで演劇界へ。  県内外でドラマ、映画に多数出演。劇団の本公演のほか、県内の舞台にも出演。2017年で芸歴20年を迎える。 名護市出身の幸地はアイドルとして芸歴をスタートさせた。「高校3年の夏休みに、卒業だから一夏の思い出みたいな感じで受けたオーディションに受かって。長崎歌謡祭の沖縄代表になったんです。歌が好きで、名護では少年少女合唱団とか入っていたし」と20年前を振り返った。 大手事務所の傘下で活動していたが、卒業を決意した時に、現在所属するオリジン・コーポレーション(オリジン)のオーディションを受けた。番組で共演していたお笑いコンビ、キャン×キャンの縁でオリジンの真栄平仁(まえひら・ひとし)を知っていたからだ。 オリジンは沖縄の有力お笑い事務所。だが、幸地本人はお笑い志望ではなかったという。「それまで歌とダンスだけ。できることはタレント業だと思っていた」と話す。それでも合格したのは、「面接の時に『タモリになりたい』と言ったからかな」と笑った。 スリムクラブの真栄田賢がリーダーをしていたお笑い部門は、やんちゃなメンバーが多かった。「女の子は一人だったし、いろいろ鍛えられました」。 そんな幸地を見ていたのが、オリジン演劇部門の真栄平だ。「芝居をやってみないか」と声を掛けた。O.Z.Eで上演する「Timer」という作品の出演者を探していた真栄平は、「(幸地の居場所は)ぜったいに、お笑い部門じゃないだろうと。彼女見た時に、この作品の役だと思った。どんぴしゃでした」と話す。 二人暮らし姉妹の“別れ”を描き出す「Timer」。幸地は「私もプライベートは妹で、作品もすっと入っていけました」と思い返す。以来、O.Z.Eの舞台には欠かせない役者に育っていく。客演も積極的にこなし、「いちへき泰期」「海を越えた挑戦者たち」「フラワーズ」などが印象に残るという。オムニバス映画「琉球カウボーイ よろしく、ゴザイマス。」の「See Me?」では主演も務めた。幸地尚子(右)と比嘉あずさが、二人暮らしの姉妹愛と微妙な距離感を演じた「Timer」=2007年3月県外からの移住者たちの居酒屋での会話を描いた「ないちゃーず」。左端が幸地尚子=2013年6月◆成長を続ける幸地、原動力は観客の反応。 「役を調べたりして、勉強したことは財産になる」と芝居に向き合う幸地。 観客の反応もまた、役者を続ける力になっている。「見終わった人の、面白かったです、良かったです、感動しました、元気もらいましたという声とか、笑顔が続けられた理由。好きだけではできないので」 役者を続けてきて自身が変わったことを尋ねてみた。 「最初は感情ありのままでやっていました。そこから技術面、例えば、後ろを向いてしゃべる時の音量とか、体の使い方とかを学び、伝わるものの深さが変わってきていると思います。ワークショップを受けたりとか、外部の客演で学んだりしたものをO.Z.Eに持ち帰る。役がつかめなかった時とか、苦しい時もあるけれど、稽古しながら舞台に載せて、せりふを投げて相手が返してというコミュニケーションができた時はうれしい」と話す。 幸地尚子に演劇を勧めたオリジンの真栄平仁。幸地の20周年公演の作・演出を担う 真栄平も幸地の変化を感じている。「僕らは演劇を体系的に学んだのではなく実践。感情が最初にありき。感動しない人が何を伝えられるのかというのがある。そしてなぜ伝わらないのかということにぶち当たって、技術なんだと分かってくる。目を引く人は感受性の高い人で、彼女はこれを持っていた。今は感情のことは言わずとも、本人が台本(ほん)を読めばわかるので、形の話をしますね」と評する。演劇「エデンの園」ではじけた演技をみせた幸地尚子(左)と当山彰一=2014年5月演劇「みんなのうた」で離婚寸前の夫婦を演じる幸地尚子(左)と上原一樹=2016年4月◆挑戦と感謝の舞台にしたい 20周年記念の「謝名堂珠緒ライブ」は盲目のピアノアーティスト・謝名堂のライブという設定。ピアノを弾き、歌い、MCのように台詞を話すという。作・演出の真栄平は、「幸地が今までやったことのない役」と話した。 幸地から真栄平に脚本と演出の依頼があったのは1年ほど前。「一人でやりたい、ピアノ弾きたい、歌を歌いたい」とリクエストした。「一人芝居をやったことがないので、これは挑戦。20年の周りへの感謝と、これからもやっていきますという決意表明。私をこの世界に導いてくれた方だし、長くやってきたから分かってくれている」と真栄平へ依頼した理由を話す。 真栄平は引き受けたものの「僕は不自然に歌うのが嫌い。一人芝居も書いたことがない」と設定に頭をひねった。「実は。越来栄昇先生(ごえく・えいしょう・・・沖縄で流行しているお笑い芸人のネタ)に乗っかってみました。架空のアーティストがライブをするという設定がおもしろかった」と明かす。 真栄平は「目の見えない方の演技は難しい。その意味で挑戦してもらいたいのもあった。お涙頂戴にもなりたくないし、笑いがあった方がいいし。今まで幸地がやったキャラではないかもしれない」とハッパを掛ける。幸地は「おなかが痛いです・・・」と言いながら「謝名堂はおっとりとした感じなんですけど、そういう役をやったことがないので、ユックリしゃべるのを体にしみこませるのが、難しい」と役作りに余念がない。芸能生活20周年を迎え、舞台への意気込みを語る幸地尚子 誕生したのは、「幸地尚子が、盲目のピアノアーティスト【謝名堂珠緒】に扮してお届けする音楽ライブのような?! 演劇のような?! 新しい舞台!」だ。 「大人になってから、故郷の名護で芝居をしたことはない。本当に恩返しとしてやりたいと思っていた」という、念願の公演を終えたら、「次」が待っている。 「20年の月日はリセットして、新たな幸地尚子を生み出していきたい。まっさらにして、いろんなものを入れて、それを届けて、お芝居に興味を持ってもらえるように。私もきっかけをもらったので、若手がこの業界に入ってくるきっかけにも。なんだかおこがましいではあるのですけど」と力をこめた。(沖縄タイムス社・真栄里泰球)