「悪ぃ子はいねぇがー!」で有名な秋田県男鹿市の伝統文化“男鹿のナマハゲ”。

男鹿市にそびえる山から来訪する神様で、子どもだけでなく大人に対しても、その年の怠惰を戒めます。近年は町おこしのために用いられることもありますが、その際は伝統行事としての”ナマハゲ”と明確に区別するため、ひらがなで“なまはげ”と表記されるほど、男鹿の人々にとっては神聖な行事です。

男鹿のナマハゲ、で浮かんでくるのは上記のフレーズと、鬼のような怒りの形相をしたお面。じつはあのお面は観光用で、基本的にある一人の職人さんが彫ったものなんです。

その職人さんとは、ただ一人のなまはげ面彫師・石川千秋(せんしゅう)さん。

なまはげ面彫師は千秋さんのお父からはじまり、千秋さんで2代目です。

なまはげ面彫師とはいったいどのようなきっかけで始まったのか?2代目と次ぐまでの過程は?そして後継者の存在について、お話をお聞きしました。

なまはげ面を彫る父の背中 なまはげ面彫師という仕事

世界で一人しかいない、なまはげ面彫師・石川千秋さん。そもそも、なまはげ面彫師とはいったいどうやって始まったものなのでしょうか?

千秋さん4

「元々は部落のナマハゲ行事で使う為に、私の父が有志の方達と一緒に、ナマハゲ面を彫ったことがきっかけです。その頃はちょうど、なまはげによる観光が盛んになってきた頃でした。父が独学でなまはげ面を彫っているうちに、噂をきいた行政の方からお話をいただき、『父の彫ったお面を観光に活用しよう』ということになったんです。私が幼稚園あたり、東京オリンピック(1964年)の頃でしたね。」

最初の頃は元々疲れていたお仕事の傍、休日になまはげ面を彫っていた千秋さんのお父様。

お父様の彫ったなまはげ面は、迫力のある独特な表情から次第に評判となっていきました。そうしてお父様は、なまはげ面を彫ることに専念し、なまはげ面彫師という職業が誕生したのです。

「当時子どもながらに、父の彫ったお面はから迫力のある怖さに惹かれていて、『自分も彫ってみたいなぁ』と感じていました。精魂込めてなまはげ面を彫っている父の背中は、今でも鮮明に思い出せるくらい、記憶に残っています。」

そうして千秋さんも成人を迎える頃には、なまはげ面を彫る作業を手伝うように。最初のうちは仕上げから担当し、徐々に担当する作業の幅を広げていきました。

千秋さんは、先代にあたるお父様との間で記憶に残っているやりとりがある、と当時を思い出しながらお話してくれました。

「父が90歳の頃のことです。私が作業のメインを担当するようになってからも、父は現役で面の髪付け作業などをしてくれていました。

そんなある日のこと、私の作ったなまはげ面を父が褒めてくれたんですよね。尊敬する父に褒められたことに対して、素直に嬉しいと感じると同時に、ある種の寂しさも沸いていて、複雑な心境でした。

というのもそれまで、私が面を彫っていた30年近くにおいて、父が私を褒めてくれたことは一度もなかったんです。父はすでに高齢でしたので、褒めてくれたのは気力や体力といったものが尽きかけているのかもしれない、とそう感じたんです。」

先代から受け継いだ “キレイで怖い”なまはげ面 

やがて先代のお父様は93歳で亡くなられ、現在は千秋さん、お一人がなまはげ面彫師として活動に当たっています。

サイズは様々ですが、取材当日彫られていたなまはげ面は直径30㎝ほど。この大きさであれば、丸太一本から削り出し、表情を彫って、形を整えるまでに1週間ほどで作業が完了するとのこと。その後は、木材を乾燥させ、1ヶ月ほどあれば完成品となるといいます。

「素材となるのは、樹齢20年から30年ほど桐の木です。近くであれば私自身が採取に行って、チェーンソーで面の大きさに切り出し、面を作成して行きます。もちろん業者さんに頼んで持ってきてもらうこともありますよ。」

お父様から作業を引き継いで40年近く、なまはげ面を掘り続けている千秋さん。なまはげ面を掘っていくにはあるポイントがあると話してくれました。

「父や私のお面の特徴は“キレイで怖い”ことです。左右の目、口元、鼻、目尻、それらをバランスよく左右対称に吊り上げることで、迫力のある怖さがつくられていくんです。」

千秋さん5

「そして最終的に、黒目を入れたとき、なまはげ面の怖さが決まります。バランスと黒目の形、それらがポイントとなって、“キレイで怖い”なまはげ面が完成するんです。

幼い頃に見続けてきた、父のなまはげ面から学んできたことです。」

千秋さん6

後継者に伝えていること 石川流を身につけ、自分なりに進化させていってほしい

お父様から継がれた、なまはげ面彫師というお仕事。これまで2代目の千秋さんの後は、後継者となる人材がいませんでした。

しかし一年ほど前、後継者となる人が現れたといいます。

「隣町に住む男の子でね、もともと何かを彫るのが好きだったみたいなんです。それで私や父が彫ってきたなまはげ面を見てくれて、一年ほど前に直接ここを訪ねてきて『なまはげ面を掘りたいです』と言ってくれたんです。すごく嬉しかったですね。」

後継者の方は、千秋さんがお父様から継いで行ったときと同じように、仕上げから作業を手伝っているそう。指導の際は、まずはお父様から継いだ面彫りの技術、いわば石川流を身につけてもらうことに気をつけているといいます。

「わざわざ、ここまできて私の元でなまはげ面を彫りたい、と言ってくれたのだから、まずは、石川流を身につけてもらいたいなと思っています。石川流を身につけた上で、いつかそれに自己のアレンジを追加して、実力を発揮していってくれたら嬉しいですね。」

まるで歌舞伎のように、技術を身につけ、それを破り、離れていく。“守・破・離”や“型破り”といった諺にもある想いが、なまはげ面彫師にも流れていました。

千秋さん2

その上で、千秋さんも現在、面の形について新しいアイデアがあると言います。

「今のところツノが真っ直ぐですから、そこを曲げてみるのはおもしろいかもなと思っています。今はほとんど初代の形のままですからね。いろんな形をプラスして挑戦して行きたいと思っています。

後継者の方にも、私にも言えることですが、永遠にこの形でいい、ということはありませんからね。」

後継者探し 大切なのは継続すること 

現在多くの伝統芸能が直面している後継者不足の問題。デリケートな部分も多い課題ですが、千秋さんは後継者の方がこられたことについてどう感じられていたのでしょうか?

「来てくれてとても嬉しかったですね。面を見て気に入ってくれたわけですから。私は『彫りたい』という気持ちがあるなら女性の方でもなまはげ面を彫っていいし、技術を伝えたいと考えています。」

千秋さん1

「実際、なまはげ面には、男面と女面があるわけですからね。女性が被ってはいけないという部分には多少なりとも疑問を抱いています。まぁ荒々しい行事ですので、女性には厳しいというのもあるかもしれませんが……。」

また後継者問題に悩んでいる方々へのメッセージを伺うと、

「できる限りは自分で一生懸命やっていけば、何らかの形でなんとかなると思っています。どうにもならなければ、それはそれでその人の運命なのではないでしょうか?

少なくとも大切なのは、やり続けていくことだと思いますね。」

と話してくださいました。

千秋さん3

おわりに

伝統文化・男鹿のナマハゲを支える、なまはげ面彫師・石川千秋さん。後継者の方へ「基本を学んだ上で自分を発揮してほしい」と話す彼もまた、大切なものを受け継ぎつつ、変化を求める職人でした。

きっとなまはげ面彫師という仕事は、技術面の変化を続けつつ、変わることのない想いとともに受け継がれていくのでしょう。

千秋さんの工房があるのは、男鹿のナマハゲ文化を伝える“なまはげ館”の中。男鹿のナマハゲ、そしてなまはげ面に興味のある方はぜひ訪ねてみてくださいね。

なまはげ館HP