これはデミ・ムーアが主演した映画『サブスタンス』に、言葉にできないほどの衝撃を受けた旧知の仲の四人の女性によるレポートだ。2024年9月、ロサンゼルスで観た『サブスタンス』は、若く美しい分身を手に入れることができる“再生医療”を受けた元トップ女優の物語。旅を終えて帰国した二人と、ロサンゼルス在住の二人は、誰かと話したい、何か言わずにはいられないモヤモヤを解決するため、急きょオンラインで『サブスタンス』についての“国際会議”を開いた。あのときの興奮たるや!あの緊急会議を振り返り、再度『サブスタンス』を語っていく。
( トークメンバー / 五十音順 )
石橋朋子 / 元映画ライターで配給会社買い付け担当。現在はLA在住の撮影コーディネーター
金田裕美子 / 元映画雑誌編集部の編集者&ライター
関口裕子 / 元映画雑誌で編集長をしていたアラカン映画評論家
町田雪 / Z世代男子とα世代女子の母であるLA在住ライター、翻訳者
観ていない人に具体的なことを言いたくないわけ
金田 そもそも私が“緊急国際会議”の言い出しっぺなんですね。昨年LAに行ったときに、デミ・ムーアが凄いという評判を聞いて興味津々だった『サブスタンス』を観てぶっとんだんです。あまりにも衝撃的で混乱して、これをどう受け止めればいいんだろう、他の人はどう感じるんだろうと思った。観た翌日にLA組の石橋さんと町田さんにお会いしたんですけど、お二人ともまだ観ていなくて、私が「とにかく凄い!」「なんじゃこりゃ!って感じ」「頭おかしい!」と異常なテンションで説明するんだけどネタバレになるから具体的なことは話せなくて、「ああもう早く観て!それからみんなで話そう!」ということになった(笑)。
町田 先に同作を観た映画通&表現のプロのお二人(関口さん&金田さん)に感想を聞いたら、ジャンルも内容もメッセージもすべてにおいて口ごもられている。これはただ事ではないと思いました。そして、これを一緒に観るにはこの人しかいないという深掘りトーク仲間、石橋さんとともに鑑賞。まだ観ていない人に感想を聞かれると、口ごもるしかないのがよく分かりました。
石橋 そもそも観るきっかけが、町田さんが言うように、このお二人でさえ何も語れないってどういうこと?という疑問だったので、「観ましたよ〜!さあ、何が引っかかっていたのか、吐ききってください〜」と聞きたくてたまらなかった。私は鑑賞直後に出てきた一言が「マスターピース (傑作)!」だったので、とにかく興奮して、共有したかったというのもありました。一旦四人で『サブスタンス』のスレッドを立てた後は、座談会だけでなく、ずっとチャットのようにこのスレだけで半年以上盛り上がりましたよね (笑) 。語り甲斐がありますし、頭から離れない作品です。
観る人によって響くポイントが違う一つのジャンルに括れない奥深さ
関口 いま話してるスレの名前は “The Substance” だもんね。観ていた劇場のお客さんの反応はどうでした?LAでの公開後の反応や評価で興味深く思ったことはありましたか?
町田 観たのが公開後しばらく経った平日の日中だったので、LAの劇場にそれほど観客はいなかった気がしますが、周りの気配に気づかないほど没頭していたのかも。一緒に鑑賞した石橋さんとは即カフェに行き、感想を打ち明け合い、頭と心を整理。一人で観て帰宅することなど、できっこない映画でした。公開後もアワードに向けたキャンペーンや作品アイコンなど複数パターンのビジュアルが、街中や配信プラットフォーム、いたるところに押し出されていたのが興味深かったです。目玉焼きが2つ並ぶ象徴的なイメージや、キラキラのスー (マーガレット・クアリー) のアップ、崩れたメイクで鏡を睨むエリザベス (デミ・ムーア) 、バスルームに横たわるつぎはぎだらけの背中‥‥。たぶん観る人によって響くポイントが違うことを意識していて、一つのジャンルに括れない作品の奥深さを象徴しているようでした。
関口 実際にロードサイドに貼られたデミやマーガレットら『サブスタンス』のキャンペーンポスターと、エリザベスの部屋から見えるビルボードやスタジオの廊下に掲出された劇中のポスターがリンクして、リアルとフィクションがない交ぜになる感覚‥‥。そんなところも、この映画にそこはかとない恐怖をもたらすんでしょうね。
石橋 私たち以外は男性客だったかも。途中から町田さんと私は大声でゲラゲラ笑っていましたが、他の観客がシーンとしていて、「あれ? ちょっと浮いてるかな」と思いました。観た後で映画関係者の男性に、「すごく良かったですよー」と勧めたところ、他のハリウッドの映画関係者からも良い評判を聞いていたそうで、案外男性も注目しているんだなと思いました。もしかすると玄人(映画関係者)限定かもしれませんので、一般的な男性がこの映画をどう受け取るのかは分かりません。
金田 観たのが公開された週末のザ・グローブ (LAの繁華街) のシネコンだったので、ほぼ満席でした。往年の人気女優が若さを取り戻すために怪しい薬に手を出して正気を失っていく、という概要を聞いて、最初は『サンセット大通り』や『ブラック・スワン』のようなサイコサスペンスを想像していたんです。
関口 私もそう思っていました。デミ・ムーアが賞狙いで選んだサイコサスペンスなのかなって。もちろんその要素もあると思うんですけど、それだけじゃない!
金田 でもだんだん描写がグロくなり、スプラッター・ホラーになっていって、痛そうなシーンでは隣の席のお兄さんがいちいち「ひっ」と全身で反応していたのが面白かった。しまいにはTシャツの襟を引っ張って顔を覆ってました(笑) 。終盤はグロさが突き抜けて、場内はもう笑うしかないって感じで大爆笑になりましたけど。
全てを曝け出す覚悟を決めて臨んだデミ・ムーア
関口 デミ・ムーアについては、これまで貧困な子ども時代のこと、母親の手引きによるレイプやアルコールや麻薬性鎮痛薬の依存症のこと、ブルース・ウィリスやアシュトン・カッチャーらとの3度の結婚と離婚、妊婦ヌードや美容整形など、様々なことがスキャンダラスに伝えられてきました。そんなデミが、渾身の、または自虐的とも思えるこの作品のオファーを受けたことへの反響はどんなものでしたか?
町田 往年のスターが、刺激的な作品でイメージを覆す役を演じてカムバックするのは、ハリウッドの王道ストーリー。映画を観る前は、デミもその流れを期待して、これ系のオファーを受けたのかなと少し戦略的に見ていたのですが、実際に作品を観たり、その後の数々のアワード賞でのデミのスピーチを聞いて、感動しました。カムバックを期待するぐらいで挑める役ではなく、まさに魂をかけた挑戦だったのだなと。
石橋 観たときはデミへの当て書きかなと思いました。それにしてもこの役を演じるのは、全てを曝け出すことになるので、かなり勇気が必要だったはず。彼女はゴールデングローブ賞の受賞スピーチで、そもそも自分が演技力を求められない “ポップコーン女優” だとプロデューサーから認識させられていたこと、現在ではもう女優として終わったと感じていて、この作品をチャンスと捉えていたと語っています。それを知って、胸が熱くなりました。どんなに成功した人生を歩んできても、いや、成功が大きければ大きいほど、陰は深い闇となってまとわりつくんだなと。
金田 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス (エブエブ) 』のキー・ホイ・クァンがゴールデングローブ賞の授賞式で「子役時代の自分はもう超えられないと思っていた」とスピーチしたのを思い出しました。『エブエブ』を初めて観たときも「なんじゃこりゃ!」とぶっとびましたけど、『サブスタンス』を観た今はごく普通の映画に思える(笑)。
関口 デミは、『スカーレット・レター』や『G.I.ジェーン』などラジー賞 (その年の最低映画賞)の常連だったけど、どれも従順じゃなく、一筋縄ではいかない女性の役。『ア・フュー・グッドメン』『ディスクロージャー』など含め、リスクのある役に果敢に挑んできたと思うし、もう少し評価されてもよかったのではと、いまは思います。この頃のデミは、ギャラやビリング (役の格を示す順番)で製作側と戦ったりしていて、男性だけでなく、女性からもちょっと疎ましい存在だと思われていた。いまなら当然の権利と言われることなのにね。
金田 一世を風靡した『ゴースト/ニューヨークの幻』のあと、『G.I.ジェーン』では頭を丸めたり、体当たり演技で自分についてしまった可憐なイメージから脱却しようと苦戦して、プライベートもでもいろいろあって、近年ではちょっと残念なかつてのアイドル、みたいな感じになっていたと思うんです。そういうところが、『サブスタンス』のエリザベスと重なるところがあって、だからこそあの役に説得力がプラスされたのもあると思う。どんなに演技がうまい俳優でも、デミのような本物の大スター・オーラがないと成り立たない。
コラリー・ファルジャ監督がヨーロッパの出身だったから描けたこと
関口 確かに。私は町田さんが緊急国際会議で、「コラリー・ファルジャ監督がヨーロッパの出身だったから描けたのでは」と言っていたのも印象的でした。「リベラルに見えて実はそうでもないところもあるハリウッドでは作りづらい」かもと。
町田 舞台裏映像が本編と同じぐらい面白くて、すっかりファルジャのファンになりました。フランスらしいというのか、遊び心満載でおしゃれで、皆で作る文化祭のようなプロダクションの雰囲気に、自分もあの輪に入りたい!と。辛辣な社会派メッセージとグロテスクな描写の連続なのに、スタイリッシュに感じられるのは、ファルジャのセンスなのでしょうね。
石橋 作品全体にスタンリー・キューブリックやブライアン・デ・パルマ、デイヴィッド・リンチらへのオマージュがふんだんに盛り込まれていたところも、この作品のエンタメ性を上げたと思います。ハリウッドを描いているのに、色調や空気感がハリウッドっぽくなく、やはりヨーロッパっぽいですよね。冷たく無機質なところにはホラー色をより強く感じました。あと、ディテールが凝っていて、傷口が縫われている特殊メイクなどは、実際にはあり得ない“SF”なのにリアルに感じられるという不思議な感覚を味わいました。
金田 メイキング映像、本当に面白かったですね。CGではなく徹底的に実写にこだわってるのがよくわかる。もちろん本物の体を使っているわけじゃないですけど、CGじゃないからこそ映像が生々しくて、見ていて痛みさえ感じる。隣のお兄さんは正しく反応していたわけです(笑)。いろんな映画作品へのオマージュ、特にキューブリックの『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『シャイニング』へのオマージュがファンとしてはワクワクしたし、そこにどういう意味が込められてるんだろう、と考えたり。でもこの映画はやっぱり、宣伝コピーにも使われている「阿鼻叫喚」という言葉がいちばんしっくりきます(笑)。
関口 阿鼻叫喚(笑)! 作品の中の描かれ方で「これはないだろっ(笑)」と感じた部分は?
石橋 家の廊下が長い(笑)!バスルームが寒そう(笑)!こういう部分は意図したのかどうか不明ですが、観客のイライラを募らせるサブリミナル効果になっている気がします。毎回汚くなっていく部屋は結局誰が片付けるんだろう‥‥とか、ストーリーと無関係な部分でツッコミどころ満載なので、座談会したくなるはずですよね。派手に怒りながら料理をしているシーンでは爆笑しました。
関口 オスカー女優であるエリザベスが、なぜエクササイズの番組を担当しているのかも謎ですよね。ジェーン・フォンダあたりがモデルなんですかね?
ジャンルを絞れない映画なのに共感性がある不思議
石橋 一番共感したのは、デートに出かけようとしているのに、若い彼女の写真を見ては鏡に戻って化粧を直してしまい、なかなか出かけられないシーン。年々メイクにかける時間が長くなって、必死で毛穴やシミ、シワを隠そうとしている自分と重なって苦笑しました。
関口 私も ! 顔を洗った後などにふと鏡で自分を見て驚くことがあります。老けたなーと(笑) 。頭の中は30代くらいから変わっていないので、自分で認識している自分と、現実のギャップになおさら驚くのかも。エリザベスの気持ち、分かります。
町田 ここまでやるか !? の先の先の先まで行くので驚愕の連続でしたが、エリザベスの傷口にスーが何度も注射針を指すところは、体がうずいてつらかった‥‥。デニス・クエイド演じるギラギラしたプロデューサーが、大量のエビの殻を向いて、くちゃくちゃ食べている口元のアップは、大画面映写禁止レベルでしたが、メッセージとしてはとても効果的でしたね。
関口 デニス・クエイドといえば、『ライトスタッフ』や『ワイアット・アープ』『エデンより彼方に』ですが、実生活では39歳年下のパートナーと何回目かの再婚をしたり、過去にドラッグ使用の噂があったり‥‥。彼も人の醜いところを凝縮させた、リスキーかもしれないプロデューサー役をよく引き受けたなと思いました。
金田 石橋さんや関口さんが「エリザベスを自分と重ねて見た」と言うのを聞いて、やっぱり感じ方は人それぞれだな、面白いな、と思いました。私は「二人があの状態のとき、内臓はどうなってるんだろう」とか、「そんな大量の血、どこから出てきたんだろう」とか、しょーもないことばかり考えてました(笑)。後半、話がどんどんとんでもない方へ転がって行って、一体どうやって決着をつけるんだろうと思ったら‥‥あんなに美しくストーリーがまとまるとは思わなかった。
石橋 美しく(笑)? ! たしかに、エンディングがどうなるのか想像つかなかったですけど、カタルシスはありましたね。
金田 映像はグロいけど、物語の展開としては美しく、ちゃんと円が完成する。アカデミー賞脚本賞候補になったのもわかります。
関口 コラリー・ファルジャは、脚本の構成も、映像的な理解のさせ方もうまいですよね。エリザベスが着ると不安をかき立て、スーが着るとポップに見える黄色いコートの使い方や、“薬”を受け取るロッカーの入口のシャッターがお茶室のにじり口みたいに下半分しか開かないとか、いろいろ意味深です。
石橋 IDが番号のみ、とかもそうですね。
「誰かの物差しではなく、自分で自分の価値を知ることが大切」
関口 本作は、精神的かつ肉体的に追い込まれていくサスペンスフルなホラーですが、ルッキズムの問題や男性主導のハリウッドの在り方などを、巧みに皮肉っている作品でもあります。ショービズ界はそんな状況を変えていけると思いますか?
町田 映画を観る前は、ジェンダー差別や年齢差別を扱った女性向けのエンパワーメント映画なのかと思っていたのですが、むしろ、女性を固定観念で見てきた人は誰でも、感じるところの多い作品だと思いました。デミは数々の受賞スピーチで、他人の評価で自分を追い込んでいたことを振り返って、「誰かの物差しではなく、自分で自分の価値を知ることが大切」と語っていました。業界全体が変わるには時間がかかるかもしれませんが、ショービズ界に身を置く一人ひとりには、世代を超えて響くメッセージだった気がします。
金田 ボディホラー (肉体の破壊や変容によって抱かせる恐怖)とか、コメディとか、ひとつの言葉でくくれるような単純な作品ではなくて、いまだに若さやルッキズムを重視するハリウッドやエンタメ業界に対する強烈な批判が根底にあると思います。今年のアカデミー賞主演女優賞は下馬評が高かったデミではなくて、若くてキャリアも浅いマイキー・マディソン( 『ANORA アノーラ』)が受賞したのを見て、「ああ、『サブスタンス』が描いてる通りじゃん」と思っちゃった。あ、マイキーが素晴らしかったことに異論はないですけど。でもやっぱりデミに取ってほしかったな。
関口 デミは、本作でゴールデングローブ賞、放送批評家協会賞 (クリティクス・チョイス・アワード)、全米映画俳優組合賞などを受賞しましたが、アカデミー賞は取っていませんものね。あるインタビューで、「CM中、直感的に自分は受賞しないことが分かったから結果に落胆することはなかった」と言っていたのを、ちょっと意味深に感じてしまった。
石橋 アカデミー賞で受賞するタイプの作品ではないと分かっていながら、ほとんど無視されてしまったことには、やはり私も残念な気持ちです。でも、数年前の#OscarsSoWhite (俳優部門のノミネートがすべて白人であったことへの批判を表明するハッシュタグ) のムーブメントをきっかけにハリウッド映画やアメリカの広告全体のキャスティングが変わってきたことを考えると、このような作品が一石を投じることの積み重ねは大事かなと思います。いつか50代以上の女性が主人公のディズニー作品なんかが作られることも期待したいです(笑) 。
文・構成 / 関口裕子
作品情報
映画『サブスタンス』
50歳の誕生日を迎えた元人気女優のエリザベスは、容姿の衰えから仕事が減少し、ある再生医療“サブスタンス”に手を出す。だが治療薬を注射するやいなや、エリザベスの上位互換体“スーが、エリザベスの背を破って現れる。若さと美貌に加え、エリザベスの経験を武器に、たちまちスターダムを駆け上がっていくスー。だが、一つの心をシェアするふたりには「一週間ごとに入れ替わらなければならない」という絶対的なルールがあった。しかし、スーが次第にルールを破りはじめてしまい‥‥。
監督・脚本:コラリー・ファルジャ
出演:デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイド
配給:ギャガ
©The Match Factory
2025年5月16日(金) 公開
公式サイト gaga.ne.jp/substance/


プロバイダならOCN















