この世ならざる美しい顔を持つ立花喜久雄は、任侠の一門に生まれる。しかし抗争で父を亡くし、上方歌舞伎の名門の当主、花井半二郎に引き取られ、歌舞伎の世界に飛び込む。そこで、半二郎の実の息子、生まれながらにして将来を約束された御曹司の俊介と出会う。ライバルとして互いに高め合い、芸に青春を捧げていくのだが、さまざまな出会い、そして別れが、二人の運命の歯車を大きく狂わせていくーー。
吉田修一が、自身で3年間、歌舞伎の黒衣を纏い楽屋に入った経験を血肉にして書き上げた「国宝」を、世界最高峰のスタッフ&キャストが集結し、映画化した。稀代の女形喜久雄を吉沢亮、俊介を横浜流星、その父であり名門当主・花井半二郎を渡辺謙がそれぞれ演じ、李相日監督がメガホンを執った。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『国宝』の李相日監督に、本作品や映画への思いなどを伺いました。
国を超えて伝わった「役者」の魂
池ノ辺 今回『国宝』は、カンヌ国際映画祭の「監督週間」部門に出品されました。監督も現地に行かれたんですよね。反響はいかがでしたか?
李 現地で皆さんに観てもらうまでは、劇中の歌舞伎のストーリーもよく知られていない中で、どういう受け止められ方をするんだろうと、ちょっと不安だったんです。でも、観終わった後の皆さんの反応を見る限り、核心的なものがちゃんと届いていると思いました。こちらが最も伝えたい部分、役者という生き物の壮絶な生き様、魂そのものが、ダイレクトに届いたという印象でした。
池ノ辺 会場では拍手が鳴り止まなかったと聞いています。上映後の取材でもかなりの方々が集まったようですね。
李 あまりそういうことはないと現地の方に聞いていたのに、たくさんの方がロビーに集まってくれて、なかなかない感無量感でした。
池ノ辺 吉沢亮さん、横浜流星さん、渡辺謙さんたちも、一緒に写っている写真も見ましたが、皆さんかっこよかったですね。
李 (渡辺)謙さんにご一緒していただいたのは本当に心強かったですね。やはり現地での認知度も飛び抜けていて、普通に「ケン!」と声がかかるんですよ。だからこちらはちょっと大船に乗ったつもりで、背中も丸めず背筋を伸ばして歩くことができました(笑)。
池ノ辺 吉沢亮さんも横浜流星さんも、素敵な立ち姿でした。
李 彼らは、今一番上昇気流に乗っているという時期にあると思うんです。でもまだまだ経験していないことがたくさんある。どんな場所もどんな経験も今の彼らはどんどん吸収していきますから、そのタイミングであの場に立てたということは本当に良かったと思います。
歌舞伎女形の世界に惹かれて15年
池ノ辺 今回の作品は、吉田修一さんの同名の原作本があるのですが、その原作とは別に、15年くらい前から、歌舞伎の女形を中心に撮りたいという思いが監督にはあったそうですね。なぜそう思ったんですか。
李 年齢的なこともあると思うんですよ。あの頃、30代半ばでした。10代、20代の頃は、なかなか伝統芸能に目が行くことはなかったんですけれど、映画の世界に足を踏み入れて、ようやく自分でひとつふたつ形になってきて、この先に何があるのかと考える中で、遅ればせながらですが、伝統とか昔から培われてきたものに目が行くようになったんです。そうしたタイミングで日本の伝統芸能を見渡してみた時に、やはり圧倒的に歌舞伎が目に飛び込んできた。しかも僕は、歌舞伎の中でもどういうわけか女形に興味を持ったんです。歌舞伎を鑑賞するときは立役(たちやく:男性役)に目が行きがちですけど、映画にするとなった時に光を当てたいのは女形だったんです。なぜ女形というものが成り立ち、存在してきたのか。どういった経緯であの異形感が生まれているのか。映画として考えた時に気になった素材でした。
池ノ辺 そこから15年の間、調べ続けてたんですか。
李 15年間ずっとじゃないです。最初の1、2年でいろいろリサーチして大枠のストーリーを組み立ててみたんですけど、そうするといかにハードルが高いかがわかってしまったんですよ。しかも当時僕が考えていたのは、戦前戦中戦後を通しての役者の一代記だったので、かなり莫大なお金がかかる上に、歌舞伎役者の物語を成り立たせるためのさまざまな外部の協力も必要でした。とにかく普通の映画に比べてもいくつものハードルがあって、あの時は「できない」となって一旦寝かせることにしたんです。
池ノ辺 そして、そこから復活したと。
李 『悪人』(2010)の後、原作・脚本の吉田修一さんと定期的に何度かお会いしている中で、歌舞伎映画の顛末をお話をすることがありました。
池ノ辺 それで吉田さんが書いてみようかなとなったんでしょうか。
李 そのあたりは謎です(笑)。ただ、面白がってくれてはいました。でもそこからじゃあすぐに書くか、ということではなくて、さらに数年を経てから、リサーチを始めようと思うと言われたので、僕はそれを楽しみにしていました。結果的には、女形と一代記という点以外は全く別のもので、吉田さんが見てきた世界をベースにしたオリジナルのキャラクターで、物語として非常に素晴らしいものでした。
池ノ辺 それが吉田さんの小説「国宝」ですね。小説が出た後なら、映画会社さんも、それならやってみようか、となったんじゃないですか。
李 それでも簡単ではなかったです。お金も時間もかかる上、歌舞伎界がどういう反応をするかということも重要でした。結局僕が最初に企画を考え始めた時と変わらないくらいのハードルがありました(笑)。でも、今回は吉田さんの原作がある。しかも綿密な取材に基づいた壮大な叙事詩ですから。そして原作を読んだ時に、これは吉沢くんしかない。彼がやらないなら、この映画は成立しないと思いました。
火花散らす二人の役者の壮絶な美
池ノ辺 吉沢さんにお話をした時はどういう反応でしたか?
李 吉沢くん本人というよりは、彼のデビューからずっと帯同してきたマネージャーさんと懇意にしていたので、その方に吉沢くんでやりたいと伝えました。それで「ぜひ」と進み始めましたが、聞かされた本人が実際どう思ったのかは、いまだにはっきりとは聞いていないんです。
池ノ辺 これは、やりたいけど大変だぞ、と思ったでしょうね(笑)。
李 おそらく(笑)。
池ノ辺 舞も所作も、本当に素晴らしくて、あそこの域にまで到達するにはかなりの時間がかかっただろうと思いましたから。
李 そうですね。ほぼ1年半をかけて、あそこまでたどり着きました。その間、いろんなものをシャットアウトしてこれに集中してくれたというのは、なかなかできることじゃないですよね。
池ノ辺 観客が入っての舞台のシーンがありましたが、あれはエキストラの皆さんが観客として観ている前で舞っている、それを撮影しているんですよね。
李 そうですね。本人だけの舞台向けの場合は別に撮ったりもしていますが、観客が映り込む場面では、観客のいる状態で撮影しています。
池ノ辺 涙を拭っている方も映っていて、確かにあれを目の前で観たら感動するだろうなと思いました。私もエキストラに混じってあの場で観たかった(笑)。二度と観られないですよね。それともこの後公演などあるんですか。
李 もうやりたくないんじゃないですかね(笑)。やりたくないというよりできないといってましたね。あの時、あの瞬間だからできたと。
池ノ辺 横浜さんはどうでしたか。
李 彼は本当にストイックに、高いハードルに挑むということに躊躇しないですね。僕は “追求魔”と思っています(笑)。でも、あの追求魔ぶりがなければあの域までは行けないでしょうから、そこは最も信頼できる部分です。これは本人が言っていたのですが、今回のように自分とかけ離れたキャラクターを演じる機会はそう多くないので、それは難しさもあるけれどチャレンジとして貴重な機会だったと。ただ、僕は、あのキャラクターがそんなに彼とかけ離れていない、意外と似ているところもあるんじゃないか、と思ってオファーしたんですけどね。本人的には「自分はあんなに甘ったれじゃない」ということなんでしょうか(笑)。
池ノ辺 横浜さんは骨格的には男性的なものが強いので、舞う時にも見せ方にすごく気をつけて、ずいぶん勉強されたんだろうなと思いました。
李 確かに、肩の落とし方など、劇中でも謙さん演じる父から、直され意識させられていましたよね。元々が空手家のビシッとした立ち方をする人ですから、そこは大変だっただろうと思います。
役者の生き様が舞台に残像をもたらし、人を感動させる
池ノ辺 前作、『流浪の月』(2022) でお話を伺った時に、撮影のホン・ギョンピョさんが素晴らしいということを監督はおっしゃってましたが、今回の撮影も素晴らしかったですね。今回のソフィアン・エル・ファニさんも、やはり「風が来るまで待とう」という方ですか(笑)。
李 さすがに室内での撮影が多かったので、風を待つことはなかったです(笑)。ソフィアンは、ホンさんとまた違ったタイプですね。彼が撮影監督を務めた『アデル、ブルーは熱い色』(2013 / アブデラティフ・ケシシュ監督)という作品をご覧になったことがあるかと思いますが、あれは全編、手持ちカメラで撮影しているんです。3時間くらいの長編作品で、本当に生々しく芝居を撮っています。『国宝』は全編ということはないんですが、ここぞという時には手持ちカメラです。つまり、歌舞伎を撮っているようでいながら演じる者の心のうちを撮ろうという、そういうタイミングですね。それはソフィアンの手持ちカメラでの撮影のセンスが、最も生きた瞬間だったと思います。
池ノ辺 確かに普通に舞台を観る時とはまた違った感じがありました。さて、それでは最後の質問です。前回のインタビューの際にもお聞きしましたが、今の監督にとって映画とはなんですか。
李 影、あるいは残像のようなもの、でしょうか。役者は、舞台やカメラの前で輝くものですけど、観客はその輝きだけを観て感動しているわけではないと思うんです。その役者が舞台からはけてもそこに残る何か、つまり残像まで浴びて、観客は感動しているのだろうと。そしてその残像というのは、舞台に上がるまでの役者自身の生き様がもたらすものだと思うんですね。映画も、突き詰めていけばそういう域にまで達することができるんじゃないかと思うのです。映画は、フィルムという形で切り取っていますけれど、映画が終わって何もないスクリーンがそこにあったとして、そのスクリーンに残像として浮かび上がる何かまで含めて、観る人の心を動かす。そんな映画が撮れればいいですね。
インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
撮影 / 岡本英理
監督
1974年1月6日生まれ。大学卒業後、日本映画学校に入学し、映画を学ぶ。99年に卒業制作として監督した『青 chong』が、2000年のぴあフィルムフェスティバルでグランプリ他4部門を独占受賞してデビュー。以降様々な作品で受賞し、2006年『フラガール』では、第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞を受賞。初めて吉田修一作品に挑んだ『悪人』(2010年)は、第34回日本アカデミー賞13部門15賞受賞、最優秀賞主要5部門を受賞し、第35回報知映画賞作品賞、第84回キネマ旬報日本映画ベストテン第一位、第65回毎日映画コンクール日本映画大賞など国内のあらゆる映画賞を総なめにし、第34回モントリオール世界映画祭ワールド・コンペティション部門で最優秀女優賞を受賞するなど、海外でも高い評価を得る名作に。更には『許されざる者』(2013)、『怒り』(2016)、『流浪の月』(2022)など、常にその最新作が期待と評価をされている、日本映画界を牽引する監督のひとり。
作品情報
映画『国宝』
抗争によって父を亡くした喜久雄は、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎に引き取られ、歌舞伎の世界へ飛び込む。そこで、半二郎の実の息子として、生まれながらに将来を約束された御曹司・俊介と出会う。正反対の血筋を受け継ぎ、生い立ちも才能も異なる2人はライバルとして互いに高め合い、芸に青春をささげていくのだが、多くの出会いと別れが運命の歯車を狂わせていく。
監督:李相日
原作:「国宝」吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
主演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、黒川想矢、越山敬達、永瀬正敏、嶋田久作、宮澤エマ、田中泯、渡辺謙
配給:東宝
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会
©Kazuko Wakayama
公開中
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