美しい自然につつまれた日本の田園風景と、仮想現実。2つの世界をかける少女の美しい歌声。『竜とそばかすの姫』は、『時をかける少女』『サマーウォーズ』『未来のミライ』など、1作ずつ多彩な世界を描いてきた細田守監督の最新作。これまでの集大成を思わせる世界観のなかで、現代のインターネット社会をアニメーションならではの表現で再構築した細田監督は、未来と、まだ何者でもない若者たちへの力強い肯定をにじませ、生き生きとしたキャラクターたちが躍動する新たな傑作を生み出した。

映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』の池ノ辺直子が、細田監督と共に”スタジオ地図”を設立した齋藤優一郎プロデューサーに、映画作りから宣伝、予告に至るまでのコンセプトをうかがいました。『竜とそばかすの姫』の特報・予告、そして映画本編のタイトルは、池ノ辺が代表を務める予告編制作会社バカ・ザ・バッカが制作。担当したディレクターからの証言をもとに予告にもこだわる細田監督の演出術も明らかに!? 集大成には、新たなチャレンジも必須と語る齋藤プロデューサーが本作で試みたものとは?

細田守監督 最新作 映画『竜とそばかすの姫』プロデューサー 齋藤優一郎が語る制作・宣伝・クリエイティブのこと

映画作りは奇跡の連続

池ノ辺 こんにちは。今日はよろしくおねがいします。『竜とそばかすの姫』、素晴らしかったです! 見終わってまず思ったのは、「次はIMAXで観たい !! 」です。

齋藤 本当ですか。この映画は天地のないインターネットの世界が舞台になるので、映像に浮遊感が感じられると思いますから、IMAXも含めて劇場向きだと思います。それから音楽もの、歌ものということもあって、音も7.1chで作っていますから、まさに映画館へチューニングして作ったんです。

細田守監督 最新作 映画『竜とそばかすの姫』プロデューサー 齋藤優一郎が語る制作・宣伝・クリエイティブのこと

池ノ辺 お〜!IMAXの一番前で見て、インターネットの中の世界観を体感してきます。今回この映画の予告編などの宣伝映像を、バカ・ザ・バッカのディレクターが担当させていただきました。完成報告会見のスペシャル映像の仕上がりを見た時に、感動してドキドキしました。勇気も湧いた。だからこそ、今『竜とそばかすの姫』を細田監督は作りたかったんだと感じました。それで、この作品の制作のお話を聞きたい!と思ったんです。 まず、細田守監督と齋藤さんが2人で立ち上げた「スタジオ地図」について教えていただきたいのですが。

齋藤 スタジオ地図は設立して今年でちょうど10年なんですね。監督と僕のつきあいは18年になりますが、映画を一緒に作るようになってから『竜とそばかすの姫』で6本目になります。3年に1本新作をスタジオ地図で作り、しかも3年毎の夏に映画を公開するということを、ずっと繰り返してきました。

池ノ辺 映画だけを作ってきたんですか。

齋藤 基本は映画しかやらないんですよ。そこは社是じゃないですけどそう決めていて、映画って1回失敗したら次はないという世界じゃないですか。だから映画を作ることって、奇跡の連続だと思っているんですよ。監督は、30代前半のときに、『ハウルの動く城』という作品をスタジオジブリで撮ろうとしていたんです。だけど出来なかった。

それまで監督は、東映アニメーション座付きの演出家だったのでプロジェクトが始まれば映画って出来るものだと思っていたらしいんだけど、映画が出来ないこともあることを実感したんです。 映画が作れることも、作らせてもらえることも、映画を完成させることも奇跡だし、ましてや今のコロナの状況からすれば、公開できないことだってあるわけじゃないですか。そういう中で映画が公開できて、たくさんの人たちに見ていただけるということは奇跡ですよね。だから僕は、映画は奇跡の連続だと思っているんです。

池ノ辺 スタジオ地図は、10年にわたって奇跡を連続させてきたんですね。

齋藤 奇跡の連続をどう紡いでいけるか・・・。そのためにはやっぱり一番良い形で映画を作って、一番良い形で日本以外の国も含めて送り出して、可能であれば内容的な評価と経済的評価を、きちんと作った人や、絵を描いた人たちに戻して、また新しい映画につなげていくというサイクルを作るのがプロデュースであり、スタジオ地図の役割だと思っているんです。

細田守監督 最新作 映画『竜とそばかすの姫』プロデューサー 齋藤優一郎が語る制作・宣伝・クリエイティブのこと

集大成は新たなチャレンジ

池ノ辺 今回の『竜とそばかすの姫』は、細田監督の集大成だと思ったし、未来への肯定をすごく感じました。

齋藤 集大成ということで言うと、例えに出すのは不遜ですけど、作家って黒澤明監督もそうですが、ぐるっと一周回ってまた同じモチーフとかテーマにチャレンジすることはあると思うんですよ。でもそれは縮小再生産ではなくて、そこに新しいチャレンジというものが加わって出来るものだと思うんですよね。今回も積み上げてきたものを全部結集した上で、やっぱり何か新しい要素を入れたい。それで今回は、僕らの考えるクリエイティブやプロデュースを担ってくれる人を大きく変えてみようと。

池ノ辺 今回、予告編のディレクターやポスターのデザイナー、宣伝プロデューサーも初めて組んだ方なんですよね?

齋藤 そうなんです。もちろん、これまでの宣伝プロデューサーも、ものすごく優秀で才能溢れる方だったし、デザイナーも編集マンもみんな才能ある人たちだったんだけれど、僕と監督は9歳の差があるんですが、『時をかける少女』を始めた頃に20代後半だった僕も、今では40代半ばです。今作では、感覚も体力も時代を見る目も含めてもっと若い人たちの感覚と時代を見る眼差しを新たに入れるべきだろうということを、監督と決めていたんです。

池ノ辺 そうだったんですね。最初に作った特報映像も、まだ本編の映像が何も完成していなくて、コンテを元に作ったとか。

齋藤 アニメーションって、最後に一気に出来上がるんです。先行して絵を作ることができない。だから、かなり緻密に計画しておかないといけないんです。平均するとだいたい公開前年の10月ぐらいにコンテが上がってきて、それまでにタイトルを決めて、宣伝プロデューサーを決める。だから、コンテが上がったら一気に宣伝に入るぞという体制を作っておいて、コンテからこの画を使いたいというものを宣伝プロデューサーに100カットぐらい出しておいてもらう。それを宣伝スケジュールに合わせて作ることによって現場もさらに加速して、いいペースになっていくみたいなところもあるんです。

ただ、コロナ禍の中で映画を作るのは僕らも初めての体験だったこともあって、ものすごくいろいろな困難がありました。特報出しの段階で、十二分な画を揃えられなかったこともあったので、相当苦労をかけたなと思っているんです。

細田守監督 最新作 映画『竜とそばかすの姫』プロデューサー 齋藤優一郎が語る制作・宣伝・クリエイティブのこと

池ノ辺 でも、「このカットは最後の頃に出来上がるものだから特報や予告に入れるのは無理」とか、「違うカットに変えてくれますか?」って言われる事がよくあるんですが、この作品に関しては「スタジオ地図の誰一人、無理だって言わなかった」と宣伝部の方が言っていたそうですね。妥協をしないものづくりの姿勢から映画ができたと思いました。しかも、次の予告編は歌だけで見せようとか、監督は考えてくる。

齋藤 今回、映画の大きな売りとしても、監督がチャレンジしたかったところとしても、やっぱり歌と音楽があるんです。それを予告で見せたかったということですね。

池ノ辺 あの歌も、予告用に歌ったときと本編で歌っときではちょっと違うんですよね。

齋藤 そうです。しかも予告を作ったときって、アフレコの前なんです。主演の中村佳穂さんはシナリオを読みこんだ上で歌っていると思うんですけど、アフレコを通して他の役者さんと一緒に掛け合いをして”ベル”という人物が作り上げられた後で歌うと、やっぱり表現の仕方とか、キャラクターに対する理解や魂の呼応の仕方がまた変わっていったんだと思うんですよね。

池ノ辺 映画を見たときに、なぜ彼女が起用されて”ベル”になったっていうことが、すごくわかりました。この映画はキャストが全員素晴らしかった。

齋藤 先日も監督が言っていましたが、あのキャストがいなかったらこの作品は成り立たないと思うし、この作品を大きく持ち上げてくれたと思いますよ。

細田守監督 最新作 映画『竜とそばかすの姫』プロデューサー 齋藤優一郎が語る制作・宣伝・クリエイティブのこと

細田守監督の演出術

池ノ辺 今回、弊社のディレクターが予告編と共にオープニングタイトルも作らせていただいたんですが、細田監督とどんなやり取りをして作ったのか訊いたら、監督は「タイトルに合うものを作って」って、それだけなんですって。それで何タイプか作ったら、「こことここが良いね」と言われて、ということは、全部ダメってことだと思って(笑)、また何タイプか出したら、「これは良いね」って。じゃあもう少しこういうことかなって思いながら作っていったらしいんです。

齋藤 監督の常套手段ですね、それは(笑)。まあ監督ってみんなそうかもしれないです。やっぱり自分の中だけのイメージで終わりたくないんですよね。みなさん勘違いするかもしれないけど、監督ってすべて分かっているかというと、そうじゃないんですよ。人に教えられたりとか、作品に教えられたりとか、観客の皆さんに教えてもらうみたいなところもあったりすると思うんですよね。映画を完成させるためには、映画が必要としている正解に辿り着かないといけない。たぶん、予告編のディレクターと一緒に悩みながら、映画の正解を探して行ったんだと思うんです。

細田守監督 最新作 映画『竜とそばかすの姫』プロデューサー 齋藤優一郎が語る制作・宣伝・クリエイティブのこと

池ノ辺 その時に予告編のディレクターが思ったことは、監督は何も言わないで、自分を監督と同じ思いに近づけて引き出してくれているって思ったらしいんですよね。最後に出来上がったものは、監督の思いに近づけられたんだろうかって、今も思っているみたいですよ。

齋藤 大変だと思いますよ。全部自分の中の引き出しを開けられて、さあ全部出せって言われるわけですからね。でも一緒に正解に辿り着くまで頑張って切磋琢磨した結果、あのオープニングタイトルのデザインが出来たわけですから、あれが2人の正解であり、映画の正解になったと思います。

映画に対してチャレンジャーでありたい

池ノ辺 齋藤さんのプロデュース術とも通じるところはありますか?

齋藤 僕は映画の中での自分の役割を、ようやく20年ぐらい前に見つけて、それを今もやってますけど、たぶん20年前に比べると、自分の役割は少しずつ変わってきていると思います。今回の作品は、宣伝プロデューサーにも予告編のディレクターにも、やりたいことをやっていただくということが、この映画のクリエイティブのひとつだと思っているので、基本はおまかせでした。全部を自分でやれるわけじゃないし、やったほうがいいわけじゃないですから。やっぱり最適な人が映画のために頑張ってくれるのが一番いいんですよ。

細田守監督 最新作 映画『竜とそばかすの姫』プロデューサー 齋藤優一郎が語る制作・宣伝・クリエイティブのこと

池ノ辺 音楽に対しても同じスタンスですよね。だって特報や予告の音楽をダビングをする時って、レーベルの人が来てチェックするぐらいはあるんですが、今回は音楽監督、作曲家、エンジニアの方まで来てくれて、予告に合わせた音楽をその場で作ったんですよね。

齋藤 この映画は、さまざまな歌と音楽が主人公の成長に不可欠だったので、それをどう作ればいいかということは、『未来のミライ』を公開した年の年末ぐらいから話し合っていたんです。結局、岩崎太整さんという音楽監督にたどり着くまで2年弱かかっているんですよ。

池ノ辺 最近じゃないですか?

齋藤 そう。去年10月ぐらいに決まりましたから。それで太整さんがたくさんの才能を集めて、みんなで音楽と歌を作ろうっていうふうに言ってくれて、今みたいな形になったので、それはやっぱり予告編でもこだわるというか、予告の音楽もきちんと伝えたいところがあったんだと思います。その結果が、さっき話に出た歌だけで構成された予告になって出来上がったんじゃないかと思います。

池ノ辺 改めて『竜とそばかすの姫』について、メッセージをお願いできますか。

齋藤 自分は何者なのかということを見定めて、葛藤を抱えながらもチャレンジをして、バイタリティーをもって一歩踏み出す。それって、すごく大きな一歩じゃないですか。未来を肯定的に捉えて、苦しいかもしれないけれど、みんなで前に進んでいこうぜっていうことを描いている作品です。

池ノ辺 では最後に、齋藤さんにとって映画って何ですか?

齋藤 自分にとって映画は何かって、ちょうど考えていたところなんです。僕は映画というものを一言でこういうものですって表現できないですけど、映画に対して自分がどういう態度でいるべきなのかってことで言うと“映画に対して、自分はずっとチャレンジャーでいたい”と思っています。

細田守監督 最新作 映画『竜とそばかすの姫』プロデューサー 齋藤優一郎が語る制作・宣伝・クリエイティブのこと

インタビュー / 池ノ辺直子
構成・文 / 吉田伊知郎
撮影 / 吉田周平

プロフィール齋藤 優一郎(さいとう ゆういちろう)

株式会社地図(スタジオ地図)/ 代表取締役社長・プロデューサー

米国留学卒業後、1999年にアニメーション制作会社『MADHOUSE』入社。丸山正雄に師事。MADHOUSE時代の主なプロデュース作品としては細田守監督『時をかける少女』『サマーウォーズ』、川尻善昭監督『HIGHLANDER-Search of Vengeance-』。りんたろう、杉井ギサブロー、平田敏夫、小池健、浅香守生監督作品などにも参加し、海外との共同製作作品や実写とのコラボレート作品なども多く手がけた。2011年、細田守と共にアニメーション映画製作会社『スタジオ地図』を設立し、代表取締役に就任。その後『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』『未来のミライ』を企画・製作し、細田監督作品のプロデュースに専念。2019年からアカデミー会員。

スタジオ地図 https://studiochizu.jp/

作品情報 細田守監督 最新作 映画『竜とそばかすの姫』プロデューサー 齋藤優一郎が語る制作・宣伝・クリエイティブのこと 映画『竜とそばかすの姫』

もうひとつの現実。もうひとりの自分。もう、ひとりじゃない。自然豊かな高知の田舎に住む17歳の女子高校生・すずは、母の死をきっかけに何よりも大好きだった歌うことができなくなっていた。曲を作ることだけが生きる糧となっていたある日、全世界で50億人以上が集うインターネット上の仮想世界<U(ユー)>に参加することに。そこでは、自分の分身<As(アズ)>を作りまったく別の人生を生きることができる。歌えないはずのすずだったが、「ベル」と名付けた<As>としては自然と歌うことができた。ベルの歌は瞬く間に話題となり、歌姫として世界中の人気者になっていく。

原作・脚本・監督:細田守

音楽監督/音楽:岩崎太整

出演:中村佳穂、成田 凌、染谷将太、玉城ティナ、幾田りら、森山良子、清水ミチコ、坂本冬美、岩崎良美、中尾幸世、森川智之、宮野真守、島本須美、役所広司 / 石黒 賢 ermhoi HANA / 佐藤健

企画・制作:スタジオ地図

配給:東宝

Ⓒ 2021 スタジオ地図

7月16日(金) 全国公開

公式サイト:ryu-to-sobakasu-no-hime.jp