オリビア・ワイルドによる監督最新作『ドント・ウォーリー・ダーリン』には、いまをときめくハリー・スタイルズとフローレンス・ピューといった2人のスターを撮ることの喜びが溢れている。そして本作には何よりデザイン性が重視されたショットの連続には特別な閃きが宿っているのだ。

学園コメディの新しいマスターピースとなった前作『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』から1950年代のパーム・スプリングスを舞台とするユートピア・スリラーへ。作品ジャンルは変わったが、オリビア・ワイルドの戦い方は一貫しているように思える。

前作『ブックスマート〜』のカラオケシーンで「あなたは思い知るべき!」とアラニス・モリセットの曲を歌う少女を捉えたあの熱量は形を変え、本作でむしろ鋭さを増している。

スターを撮ることへの熱量

本作『ドント・ウォーリー・ダーリン』(22)は、オリビア・ワイルドの前作『ブックスマート 〜』(18)とは大きく趣きの異なる作品だが、卒業間近の2人組の高校生が放っていたあの異様なエネルギーは、本作でパワフルな存在感を発揮するフローレンス・ピュー=アリスの身体に内包されている。

『ドント・ウォーリー・ダーリン』 オリビア・ワイルドが見せる、旧き良きアメリカの悪夢と新時代における現実

フローレンス・ピューは、マクベス夫人を演じた『レディ・マクベス』(16)の時点で既にそうだったが、対面する相手に不安を見抜かれまいとするときに、その大胆不敵さによって輝きを放つ。フローレンス・ピューの演じるヒロインが勝負をかけるとき、そこには尊大さと共に脆さや怯え、すべてが表出されてしまう。

その息遣いこそが彼女のエネルギーであり、本作におけるキッチンやテーブルでのスリリングなやり取りや、夫のことを信じようとするシーンで、その才能は発揮されている。

また、ハリー・スタイルズとのキスシーンでは、2人のスターによる所作の官能性が画面に炸裂している。疾走する複数のオープンカーを捉えたショットと同じくらいの熱量がカメラに宿っている。

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映画自体をパーティーのようにするために大音量で音楽をかけながら撮影したという『ブックスマート 〜』の熱量は、画面の細部まで徹底的にこだわる官能的なまでのデザイン性に取って替わっている。

レンズフレアにも機能的な美しさがある。閃きと驚きのあるショットの連続なのだ。本作は2人のスターを捉える画面の熱量と圧倒的なデザイン性の構築によって賞賛されるべき作品だろう。

オリビア・ワイルドが無限大のインスピレーション元と語っているブリジット・バルドー。乱れた髪のフローレンス・ピューが、不意にブリジット・バルドーのイメージを纏うショットの美しさ!

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スターを撮ることへの熱量という意味で、フローレンス・ピューと同じく旬の俳優といえるマーガレット・クアリーを撮ったオリビア・ワイルドの短編『Wake Up』(20)は、『ドント・ウォーリー・ダーリン』にも通じる傑作だ。

マーガレット・クアリーによるバレエ仕込みの身体のしなやかさを都市の風景の中にスケッチしていくこの短編には、本作と同じく平行世界が描かれている。カメラマンのマシュー・リバティークとは、この作品で初めて仕事をしている。そしてマシュー・リバティークは『ブラック・スワン』(11)のカメラマンでもある。『ブラック・スワン』も鏡の反射が魔術的に表象された作品だ。

新時代の抵抗するヒロイン

ミッドセンチュリー・デザインのインテリア、華やかなカクテルドレス、プールで開かれるパーティー、そして成功者の勲章であるかのように走るオープンカー。本作は、50年代アメリカ西海岸のユートピアをアメリカの悪夢として再構築する。

『ドント・ウォーリー・ダーリン』 オリビア・ワイルドが見せる、旧き良きアメリカの悪夢と新時代における現実

アナログレコードの回転からスタートするパーティーシーンに続き、砂漠で砂塵を巻き上げながら猛スピードでグルグルと回転する赤いオープンカーの俯瞰ショットが挿入される。そこにいるのは、幸せの絶頂にいるかのような若い恋人たち、ジャック(ハリー・スタイルズ)とアリス(フローレンス・ピュー)。

回転するレコード盤に続き、このショットで再び提示された「円形のイメージ」は、卵や眼球等、様々な物質に対象を変え、本作の大きなモチーフとなっていく。そしてこのモチーフこそが、カリフォルニアの眩しすぎる陽光を残酷な光線へと変化させていく。西海岸のユートピアに射す眩しすぎる光は、アメリカンドリームを叶えてくれる希望の光ではなくなっていく。

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郊外の生活がSF的で残酷な共同体の相貌を露わにしていくという本作のプロットは、ブライアン・フォーブスが手掛けた『ステップフォード・ワイフ』(75)のプロットとよく似ている。

本作と同じく郊外を舞台にSFホラーのような趣きで、男性社会に都合の良い「理想の女性」を皮肉たっぷりに描いたフェミニズム映画だ。この映画のラストは「理想の妻」としてロボット化が完了した主人公ジョアンナ(キャサリン・ロス)の瞳のクローズアップで終わる。オリビア・ワイルドは、ジョアンナの瞳のクローズアップを拡大解釈、そして新時代の抵抗のヒロイン像としてアップデートするかのように『ドント・ウォーリー・ダーリン』を撮ったといえる。

騙されやすさの論理

完璧な生活が約束された町「ビクトリー」にジャックとアリスは住んでいる。50年代アメリカの絵に描いたような富裕層の風景である、この町では妻は専業主婦でなければならない。夫の仕事内容について決して聞いてはならない。そして何があってもこの町を出てはならない。

この封建的なルールを強いた共同体のカリスマ的リーダー、フランク(クリス・パイン)の「進歩の敵は何だね?」という質問に、住民は「混沌(カオス)」と答える。

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カオスのない人生。それは分かりやすさという強さ。恐怖や不安を感じている人間にとって、強さ(に見えるもの)は惹かれやすいものだ。おそらくこの共同体には、外部からの恐怖を煽ることで支持を得ていく疑似科学的な「騙されやすさの論理」のようなものが渦巻いている。そしてそれはどんな人にとってもまったく他人事ではない。

「ビクトリー」では度々地震が起こる。しかし住民たちは、この深い地響きを伴う揺れに動揺する様子がない。彼らにとっては日常的な揺れであることが伝わってくる。この地震について映画の中で説明されることはないが、夫たちが秘密裏に進めているビクトリープロジェクトとの関わりがあるのかもしれない。

制作陣は舞台となるパーム・スプリングスという土地の発展の歴史に留まらず、秘密結社の存在や第二次世界大戦の際に、核兵器開発の指揮を執ったマンハッタン・プロジェクト等についてリサーチしている。フランクの指揮するビクトリープロジェクトの本社とされる建築物(実際はニューベリー・スプリングスにあるボルケーノ・ハウス)が、元は原子力発電所だったというエピソードは興味深い。

フランクが地震に似た恐怖をわざと作ることで、何かしらの抑圧を住民に与えている可能性は考えられる。それはサブリミナル効果のように住民の恐怖心にすっと忍び寄る。生活を支える拠り所となるはずだった物が、元の役割を変え、いつの間にかこちら側に牙を向けてくるようになる。物質的な価値に囲まれた「戦後アメリカ人の理想の生活」が、むしろアリスを牢獄に閉じ込めてしまったように。

『ドント・ウォーリー・ダーリン』 オリビア・ワイルドが見せる、旧き良きアメリカの悪夢と新時代における現実撮影に使われたのは、建築家リチャード・ノイトラ設計のカウフマン・ハウス。自然風景との調和を志向するこの豪邸の別名は「砂漠の家」

アナザー・ゲイズ(もうひとつの視線)

『ドント・ウォーリー・ダーリン』では円形のイメージ(ビクトリーという町の形自体が円形!)以外に、多面体の鏡のイメージを多用している。鏡は万華鏡のごとく魔術のイメージを提示すると同時に、アリスが常に共同体によって監視されていることを観客に意識させる。

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自宅の大きな窓ガラス。ダンス教室の鏡。そしてアリスが毎日欠かさず掃除するバスルームに張られた何枚もの鏡。アリスは謂わば「鏡の国のアリス」であり、囚われの女だ。アリスが日々対面する鏡は、監視の視線のように彼女を苦しめるだけでなく、ときにアリス自身へのメッセージを送る「もうひとつの視線」があることを示している。アリスは少しずつ何かがおかしいことを感じ始める。

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作中アリスが何度も幻視するダンスに、オリビア・ワイルドという映画作家のコアがある。これは、女性に対する倒錯的な問題を抱えていたハリウッド・ミュージカルの最大の天才振付師、そして映画監督であるバズビー・バークレーを意識している。

大勢の女性ダンサーの脚線を幾何学的ダンスのように振付けていくバズビー・バークレーが作った画面は、現在においても前衛性に富んでいる。むしろ映画におけるコレオグラフィの最先端として、永遠の新しさを獲得している。

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オリビア・ワイルドは、バズビー・バークレーの映画を見るのが好きとした上で、ダンサーを機械のように変えてしまう、その「美しさ」に問いを投げかけている。万華鏡のように美しいが、同時に悪夢でもあるこの幻視にアリスは苦しみ、ダンス教室で操り人形のようなジェスチャーを見せる。ビクトリープロジェクトの昇進祝いとして舞台に上がったジャックが、同じようにどこか操り人形のような不思議なダンスを披露するのは興味深い。

バズビー・バークレー風のダンスは、相手に疑問を感じながらも、その美しさに惹かれている状態という意味で、本作における「もうひとつの視線(眼球)」というテーマ、そして引き裂かれる官能性というテーマとも共鳴している。

『ドント・ウォーリー・ダーリン』 オリビア・ワイルドが見せる、旧き良きアメリカの悪夢と新時代における現実「人々が信じてはいけないと分かっていても、信じてしまうようなニュアンスのある重層的な関係を映画の中に作りたかったのです」(オリビア・ワイルド)

反逆の狼煙

ビクトリープロジェクトにとって、女性のキャリアやフェミニズムは敵に他ならない。言い換えれば女性をコントロール下に置きたがる臆病な人たちともいえる。コントロールしたいという欲望は、恐怖の裏返しでしかない。ビクトリープロジェクトがシミュレーションの世界だということを突き止めたアリスは、この世界からの逃走を企てる。アリスによる「反逆の狼煙」が始まる。

『ドント・ウォーリー・ダーリン』 オリビア・ワイルドが見せる、旧き良きアメリカの悪夢と新時代における現実

オリビア・ワイルド自身が演じるバニーの存在が作品に深みを与えていく。シミュレーションの世界がいつまでも歳を重ねない世界だと仮定するとき、バニーがペグ(ケイト・バーラント)に向けていた「いつも妊娠している人(Always Pregnant)」という冗談は、反転して正しかったということになってしまう。

そしてバニーにもシミュレーションの世界で生きていく切実な理由がある。女性たちによる反逆の狼煙の背景には、男性社会の中で傷つかないよう生きていくために身に付けた、それぞれの悲劇を読み取ることができる。ビクトリープロジェクトにとって、彼女たちの傷ついた姿すら「理想の女性像」であるとするならば、その底のない悲劇に言葉を失ってしまう。

アリスは曲名を思い出せない鼻歌をいつも歌っている。ハリー・スタイルズが5分で即興的に作ったという「With You All The Time」。子守唄のようにシンプルなこの曲には、相手の耳元で”ドント・ウォーリー・ダーリン”とそっと囁きかけるような親密な温もりがある。そのソフトな囁きは、ロマンチックな甘さと共に、どこか幼児期への退行を誘っている。

アリスは、このメロディーにさよならを告げる。彼女は自分を取り戻さなければならない。しかし取り戻さなければならない自分とは、一体どういう自分なのだろうか? ビクトリーに来る前の記憶がないのだ。元の現実の世界に戻ったアリスが、何者にも汚されていない姿で生まれ変わっていることを願ってやまない。

文 / 宮代大嗣

作品情報 『ドント・ウォーリー・ダーリン』 オリビア・ワイルドが見せる、旧き良きアメリカの悪夢と新時代における現実 映画『ドント・ウォーリー・ダーリン』

完璧な生活が保証された街で、アリスは愛する夫ジャックと平穏な日々を送っていた。そんなある日、隣人が赤い服の男たちに連れ去られるのを目撃する。それ以降、彼女の周りで頻繁に不気味な出来事が起きるようになる。次第に精神が乱れ、周囲からもおかしくなったと心配されるアリスだったが、あることをきっかけにこの街に疑問を持ち始める。

監督:オリビア・ワイルド

出演:フローレンス・ピュー、ハリー・スタイルズ、オリビア・ワイルド、ジェンマ・チャン、キキ・レイン、ニック・ロール、クリス・パイン

配給:ワーナー・ブラザース映画

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公式サイト dontworrydarling