酵母と酒米を生かした少量多品種の酒造り

黄金色の稲穂が風にそよぐ実りの季節が終わり、彼方に望む名峰・鳥海山(ちょうかいさん)の頂きが雪をまとうようになると、庄内平野も徐々に寒さを増してくる。

日本百名山のひとつにも数えられる鳥海山。この山から注ぐ水や庄内平野に流れる最上川の水などが米や果実などの農産物、そして酒造りの恵みをもたらす。

全国屈指の米どころは翌年の田植えまで静かな時間が流れるが、一方で日本酒を醸す酒蔵は忙しい仕込みの真っ最中。いわゆる寒仕込みの季節を迎えていた。

朝の冷気の中、酒米を蒸す白い湯気がもうもうと上がり、蔵は一日で最も活気にあふれる。杜氏の指示のもと、蔵人たちは蒸した米を冷やして麹室に運び入れる作業を素早く何度も繰り返す。この時、甑(こしき)で蒸していた酒米は山田錦。蔵人の手と自然の力でゆっくり熟成され、数カ月後にはこれが麗しき大吟醸になるという。

町の中心部にある酒田酒造。近くには「相馬樓」や「山王くらぶ」など、湊町・酒田として華やかに栄えた時代の建物が見られる。通りを歩いていると、壁に書かれた「上喜元」の大きな文字が印象的に目に飛び込んでくる。それも町に溶け込んでいる。

山形県酒田市の市街地に蔵を構える酒田酒造。酒田は北前船の交易の湊町として栄えた歴史を持ち、都の華やかな文化も伝承されていた。今も往時を偲ばせる料亭や廻船問屋などの建物、米どころ・庄内を象徴する「山居倉庫(さんきょそうこ)」などが文化財として残り、時代の薫りを漂わせている。酒田酒造はまさにその町の中心部にて酒造りを続けている蔵元だ。

酒田酒造のモダンな事務所棟。奥に昔ながらの仕込み蔵などがある。試飲販売所は無い。

創業は昭和21年(1946)と若いのだが、それは男山・養老・藤屋・千里井・玉の川という5つの蔵元が合併して再出発した年を指している。太平洋戦争中、小さな蔵は国から酒造り禁止を余儀なくさせられた経緯があり、それぞれの蔵は明治や大正期創業という歴史を持っていた。

酒米は地元・庄内産だけでなく全国から収集。
酒を圧搾する古い槽(ふね)。酒によって今も使用。

社名を酒田酒造株式会社とし、銘柄は「上喜元(じょうきげん)」に。鶴岡の某蔵元から譲り受けた銘柄だが、建物の外壁にも大きく書かれたその意味と想いは、字のごとく“上質な喜びの元となる酒造り”だ。

再出発してから五代目の社長に就任している佐藤正一さんは、庄内の名杜氏の一人としても知られ、獲得した数々の賞などもその実績を物語っている。当蔵の特徴は“少量多品種”。様々な酵母と酒造好適米の持ち味を最大限に生かし、明解に味わいを変える酒だ。少量で丹精込めた酒造りだからこそ、それが可能なのだという。

庄内の豊かな自然と湊町の風情 歴史息づく町に蔵を構える

庄内藩主・酒井家が明治6年(1893)に建てた米の保管蔵・山居倉庫。樹齢150年余のケヤキ並木と共に12棟の蔵が並ぶ酒田のシンボル的風景。
蔵の天井の棟木に、明治28年築「橋本酒造場」の文字が読み取れる。

銘酒を醸す蔵人の情熱

ひんやりとした朝の空気の中熱気と共に作業が続く

洗米と浸水を行う。酒米の種類や気温などによって水に浸す時間が異なる。この加減が難しいという。ここでは10kg単位で浸水を行い、精密なデータを取っているという。
甑で酒米を蒸す作業。蒸し終わると素早く駆け足で冷ます場まで運んでいく。何度も蒸すことを繰り返し、白い湯気が立ち上り、冷たい朝の空気に溶け込んでいく。この時は大吟醸用の酒米・山田錦を蒸していた。甑で少量の米を蒸すのは、大吟醸などを造る場合が多い。
蒸した米を手早く手で広げて冷ます。
蒸して冷ました米を麹室に運び、麹菌をかけて麹米を造る。

熟練の技と新しい技術を駆使しじっくりと酒と向き合う

蒸し米を運び上げる蔵人。長く使い続けた階段はすり減って時代を感じさせる。
酒母造り作業。
上槽(酒を搾る)を終え、パネルに付いた酒粕を取る。
酒造りは様々なデータをとることが欠かせない。
瓶の汚れなどをチェック。

酒田酒造オススメの燗酒に合う酒

米どころ庄内産の酒米はもちろん、日本各地の酒造好適米を使った個性豊かな味わいを持つ銘酒をラインアップ。

多種多彩の酒米で醸すオリジナリティあふれる酒

「もしかすると、当蔵ほど色々な酵母と酒造好適米を使っているところは無いかもしれませんね。昔からそうなんですが、“少量多品種”が当蔵の製造理念。その目的は、酒米の味の違い、バリエーションを愉しんでほしいからなのです」と話すのは、杜氏も兼任している社長の佐藤正一さん。

東北地方をはじめ、全国でも名杜氏として名高い佐藤さんの丹心込めた銘酒には多くのファンがいると聞いている。東京農業大学醸造科を卒業して、長年当蔵で杜氏としての実績を積み重ね、仙台国税局主催東北清酒鑑評会をはじめとする多くの鑑評会においても高評価に結びつけている。

なかでも全国新酒鑑評会では、「大吟醸 上喜元」が20年間の間に16回も金賞を獲得。大吟醸酒というカテゴリーにおいて、その実力を維持し続けている。試行錯誤で取った膨大なデータを基に、旨い酒造りに明け暮れる毎日を送っている。近年は酵母の培養設備も整え、自社酵母も積極的に採用しているという。

さて、そんな佐藤さんに燗酒にして美味しい酒5本を選んでもらった。それぞれぬる燗から熱めの燗にして愉しめる酒だが、ほんのり温めるなら、「純米吟醸 雄町」がお薦めだ。岡山の酒造好適米の雄町を使用した貴重な一本。

「山田錦が主流になる前はよく使われていた酒米ですが、今は栽培量も少なく、醸すのも難しいとも言われています。香りは控えめですが、濃厚でコクのある味わいに。純米吟醸なので、ほんのり温めるくらいが美味しいです」

酒田酒造には多くの種類の銘柄があるが、直販所や試飲できる場が無い。それは地元の酒販店を大事にする考えから、酒造りと酒販売は分けているという。

まだまだ控える多彩な酒 選ぶ愉しみが限りない

「山田錦を使った燗酒に最適な純米酒。少量多品種で、多くの人に愛される日本酒を」

そのほかにも「生酛 特別純米  美郷錦」と「特別純米 からくち ぷらす12」の2本の特別純米酒は、旨味と優しい香りが料理との相性がとてもいいという。前者は秋田の酒米の美郷錦を使い、生酛ならではのコクと旨味が引き出された表情豊かな酒。いっぽう後者は、“ぷらす12”が示すように、かなり辛口。しかし、燗酒にすると不思議に柔らかく甘みが増すのだ。

そして「お燗純米 山田錦」。山田錦といえば、数ある酒米のなかでも最高峰。本来、大吟醸など高級酒に使われる酒米として知られるが、それをあえて燗専用の酒として造ったのである。「一般の純米酒よりもアルコール度数が低く、さらっとした酒質ですが、お燗にするとほんのり柔らかく、まるい味になります」

そして、燗酒の定番はやはり「本醸造 上撰」。ほんのりと吟醸香のするスムーズな飲み口で、後味も軽快。料理も温度も選ばず、様々な愉しみ方ができる酒だ。

数少ない雄町で醸し出す熟練の味「上喜元 純米吟醸雄町」

ぬる燗でやわらかな味に変貌

岡山の貴重な酒造好適米の雄町を100%使用した純米吟醸。香りは控えめだが、飲みごたえと旨味のある純米吟醸酒。きめ細かい伸びやかな味わいが特徴。飲み頃はほんの少しだけ温めて酒が柔らかくなった頃。バランスが崩れない酒だ。

上喜元 純米吟醸雄町(じょうきげん じゅんまいぎんじょう おまち)
容量/720ml、1,800ml 
価格/1,925円(720ml)、3,850円(1,800ml) 
原料米/麹米 雄町(岡山県産)
掛米/雄町(岡山県産)
酵母/自社酵母
精米歩合/50%
日本酒度/+1〜+3 
酸度/1.6〜1.8
アミノ酸度/1.4

生酛造りで醸し上げた特別純米「上喜元 生酛特別純米美郷錦」

ソフトな味、穏やかな余韻

秋田県生まれの希少な酒造好適米「美郷錦」を55%まで磨き、酒造り伝統の「生酛造り」で醸し上げた特別純米酒。人肌燗ほどで表情豊かになる。開栓後2〜3日経つとさらにしなやかな伸びのある美郷錦の繊細な味わいのラインが愉しめる。

上喜元 生酛特別純米美郷錦(じょうきげん きもと とくべつじゅんまい みさとにしき)
容量/720ml、1,800ml 
価格/1,250円(720ml)、2,500円(1,800ml) 
原料米/麹米 美郷錦(秋田県産)
掛米/美郷錦(秋田県産)
酵母/自社酵母
精米歩合/55% 
日本酒度/+5 
酸度/1.7
アミノ酸度/1.4

名前の通り日本酒度+12の辛口タイプ「上喜元 特別純米からくち ぷらす12」

ミネラル感あふれるシャープさ

ぷらす12は日本酒度を表す数字。10を超えるとかなりの辛口になる。価格は割安感があるが、精米歩合は吟醸酒並みの55%となる。すっきりとした抜群のキレと、ミネラル感あふれるシャープな味わいが特徴。燗をすると柔らかい味わいになる。

上喜元 特別純米からくち ぷらす12(じょうきげん とくべつじゅんまい からくちぷらす12)
容量/720ml、1,800ml 
価格/1,348円(720ml)、2,695円(1,800ml) 
原料米/麹米 出羽燦々(山形県産)
掛米/五百万石(富山県産)
酵母/自社酵母
精米歩合/55% 
日本酒度/+12 
酸度/1.3
アミノ酸度/1.2

手頃な価格で日常酒にぴったり「上喜元 お燗純米山田錦」

燗にするとほんのり柔らかく

山田錦といえば大吟醸などに使われる酒米。それを65%までの磨きにとどめ、旨味を最大限に引き出し、あえて純米酒に、しかも燗専用の純米酒として醸した。14度のアルコール度数なので、燗酒で呑むとすっと体に染み渡る滋味深い一本。

上喜元 お燗純米山田錦(じょうきげん おかんじゅんまいやまだにしき)
容量/720ml、1,800ml 
価格/1,155円(720ml)、2,310円(1,800ml) 
原料米/麹米 山田錦(富山県産)
掛米/山田錦(富山県産)
酵母/自社酵母
精米歩合/65% 
日本酒度/+1 
酸度/1.7
アミノ酸度/1.4

ほんのり感じる吟醸香が特徴「上喜元 本醸造 上撰」

どんな料理にも合う晩酌酒

本醸造ながら山形県産米を58%まで磨いた吟醸造りの本醸造。ほのかな香りと体になじむ優しい旨味と爽やかな膨らみを感じさせる。自然体で愉しめるオールマイティな一本。燗にするとふくよかな飲み口を愉しめる。日常の晩酌酒として最適な酒だ。

上喜元 本醸造 上撰(じょうきげん ほんじょうぞう じょうせん)
容量/1,800ml 
価格/2,090円(1,800ml) 
原料米/麹米 出羽の里(山形県産)
掛米/はえぬき(山形県産) 
酵母/自社酵母
精米歩合/58% 
日本酒度/+2 
酸度/1.5
アミノ酸度/1.3

飽きの来ない酒造りを念頭に 佐藤正一さん

社長でありながら山形の名杜氏として知る人も多い。頑固なまでに妥協を許さない昔ながらの製法を後世に伝えるている。

酒田酒造(さかたしゅぞう)
山形県酒田市日吉町2-3-25
TEL/0234-22-1541
https://yamagata-sake.or.jp/publics/index/67/
酒蔵見学/無し

上喜元が呑める地元の名店

気分の良い、雰囲気と料理、そしてなお熱燗が旨いお勧めの2軒。

熱燗の味を引き立てる鶏料理を堪能「あぶり家 ろわ蔵」

炭火串焼は鶏もも、せせり、砂肝、つくねなど(各1本160円)。特にふわふわのレバーが人気。冬の定番の白子は山形で“だだみ”という。だだみポン酢(650円)。ホヤの塩辛(300円)。「上喜元」の特別純米のにごり酒(1合850円)。

自慢の鶏の炭火焼きに合う香り豊かな熱燗のにごり酒

北前船で栄えた時代の面影を残す酒田市の日吉町エリアに「あぶり家 ろわ蔵」は店を構えている。真向かいには国の登録有形文化財に指定されている料亭「相馬耬(そうまろう)」があるので、店を探す目標にするとわかりやすいだろう。

一方で、ユニークな響きの店名“ろわ蔵”の意味は、フランス語の“ロアゾ=鳥”をアレンジ。その名が示す通り鶏肉の炭火串焼、ハーブ鶏水炊、鶏すき焼きといった鶏料理をメインに多彩な一品料理を提供している。

店内はカウンターのある純日本的な居酒屋の風情。小上がりのテーブルは卓板を取ると囲炉裏が仕掛けてあり、自分で炭火焼きや酒の燗づけも愉しめるようになっている。今回はこちらに座してまずは日本酒を一献。県内の地酒を多数揃え、壁には写真付きの酒メニューも掲げられている。 

ひやおろしなど季節の限定品も色々あって迷うところだが、燗酒が呑みたいと言うと、「上喜元」の特別純米のにごり酒を勧めてくれた。しかもこの店では銅製ちろりを使って湯煎する正統派。

「銅だから温度がゆるやかに上がり、お酒も柔らかくなる気がします。にごりは55度くらいが一番香りが立ちますね」と言う店長の冨樫一寿さん。ほんのり白くにごった酒を素朴な風合いの猪口に注ぎ、そっと口に運ぶ。注いだ時からすでに香りが鼻孔をくすぐっていたが、口に含んだ途端、ボリューム感のある旨味と共に果実のような香りが口中に広がった。

燗酒は銅製ちろりで湯煎する。
接客をするのは店長の冨樫一寿さん。

一緒に味わったのは、だだみ(白子)ポン酢やホヤの塩辛、そしてもちろん自慢の鶏の炭火串焼だ。赤ワインが隠し味のタレも塩味も、香ばしく焼いた鶏に絶妙に絡まって、にごり燗酒の味をより引き立ててくれたのは言うまでもない。

串焼きをする代表の安藤力人さん。
カウンターと小上がり、奥には個室がある。

あぶり家 ろわ蔵(あぶりや ろわぞう)
山形県酒田市日吉町2-1-34
TEL/0234-26-9298
営業時間/18時〜22時30分
定休日/水

昭和の懐かしさが漂う美味しい酒場「久村の酒場」

昭和レトロの雰囲気たっぷり。

コの字カウンターに並ぶ手造り料理と熱燗で一献

夜の帳が下りると赤ちょうちんが灯り、「久村の酒場」の文字を染め抜いた暖簾がふわりと風に揺れる。肩をすぼめて足早に歩いてきた人が、開店と同時にひとりふたりと暖簾をくぐって中へ入っていく。戸口からこぼれてくる光と、「いらっしゃいませ」の女性の声が何とも温かく、そのまま客の後について中へと足を踏み入れた。

一歩店に入れば温かい。

外観もそうだが、目に飛び込んできたのは昭和の時代に逆戻りしたかのような懐かしい雰囲気。コの字形のカウンターが配され、「寒かったでしょう〜」と柔和な笑顔で迎えてくれた女将さんがその中に佇んでいる。こちらも思わず頬が緩み、奥には座敷もあるが迷わずカウンターに腰を下ろした。

女将の久村とし江さんが店を切り盛り。

さらに嬉しくなったのが、そのカウンターがガラス張りになっていて料理がずらりと並んでいる光景。全て女将の久村とし江さんが朝から仕込んだ料理だ。季節や日によって内容は変わるが、カレイの煮付け、赤カブの漬物、揚げげそセット、冬の名物の納豆汁……などなど山形の家庭料理が盛りだくさん。汁物は季節で芋煮、寒ダラ汁などに変わるという。さらに酒屋のピザなんて洒落たメニューもあり、常連たちにも人気だ。

コの字形のカウンターはガラス張りになっていて、中に定番料理などがズラリ。

もともとは幕末創業の酒屋をやっており、店の隣に居酒屋を開店したのは昭和30年代。酒屋は徐々に縮小し、今は六代目のお嫁さんのとし江さんが店を引き継ぎ、郷土の家庭料理が旨い居酒屋として酒田はもとより県外にも広く知られるようになった。

「昔はお酒は樽から直接量り売りをし、ついでにお客さんは角枡やコップに注いでお酒を立ち飲みして帰った。これが“角打ち”とか“もっきり”とかの由来ですね」

そんな酒屋時代の趣を残すように、当店では燗酒は“もっきり”で提供。一升瓶をそのまま鍋で湯煎し、グラスになみなみとあふれるほどについでくれるのだ。寒い日はいつもよりちょっと熱めの燗で滋味深い料理に舌鼓を打つ。あぁ、至福のひとときここにあり。

燗酒(グラス200円)を一升瓶ごと湯煎にし、もっきりで提供。
〆に食べたい青菜おにぎり。
「上喜元」は「純米大吟醸 愛山」(グラス850円)や「翁ひやおろし」(グラス460円)がお勧め。揚げげそセット(400円)、赤カブの漬物(380円)、納豆汁(490円)。

久村の酒場(くむらのさかば)
山形県酒田市寿町1-41
TEL/0234-24-1935
営業時間/17時〜21時
定休日/日・月 不定休あり

文◎岩谷雪美 撮影◎秋 武生

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