30年近くの時を経て蘇ったレコード生産現場へ

静岡県焼津市にある大井川工場。すぐ近くに大井川が流れるのどかな場所だ。工場自体の規模は大きいが、レコード生産施設はほんの一画。

2018年3月21日、ソニーミュージックグループは実に29年ぶりとなるアナログレコードの自社による一貫生産を復活。第一弾は、ビリー・ジョエルの『ニューヨーク52番街』と大瀧詠一作品集VOL.3『夢で逢えたら』。昭和57年(1982)10月に世界初の商業用CDを発売したアーティストがこの2人だった。

大人は耳に優しい心地良い音を、若者は新鮮な音を求めて、今、世代を問わずアナログオーディオやレコードの人気が再燃している。それは単なる懐古趣味というだけではなく、そのことで失われかけた技術に再び光が当たるという面もあるのだ。

レコード生産再開時から携わる岡村康博さん(右)と最近参加された青島一仁さん。

とはいえ、レコードを聴いて育った世代にもかかわらず、レコードがどのように出来上がるのかほとんど理解していない。というわけで、再開されたソニーミュージックのレコード製作現場に足を運ぶことにした。

レコード生産の第一歩は、レコードのマスターを“切る”ためのカッティングから始まる。カッティングとはラッカー盤と呼ばれているアルミにラッカーが塗られた円盤に、音の溝を刻んでいくことだ。これがレコードの肝になる作業といっても過言ではない。残念なことに、この作業は訪れる工場ではなく、別のスタジオで行われているのだ。

YUME DE AETARA/EIICHI OHTAKI CTHE NIAGARA ENTERPRISES INC.
ソニーミュージックがアナログレコード自社生産を再開した際の記念すべき第1号。大瀧本人のほか、ラッツ&スター、シリア・ポール、吉田美奈子らが同曲を歌う。

スタジオでカッティングされた「ラッカー盤」

東京にあるソニー・ミュージックスタジオに置かれているカッティングレースと呼ばれる機械。アメリカから輸入したもので、生産されたのは1970年代だという。以来、ずっと使われているので、状態はベストだといっても過言ではないそうだ。
プレスされたばかりのレコードには材料のはみ出しがある。
レコードをプレスする前に、A/B面のラッカー盤を元にして、それぞれのスタンパーが造られる。

手間のかかる作業をクリーンな環境でこなす

レコードの原料

上の塊は右がシングル盤、左がLP盤の材料。
レコードの元となるPVC。塩化ビニールが主原料。そのペレットを高温で練り溶かして、1枚分の粘土状の塊にする。

自社一貫生産というのは、カッティング以降の工程のことを指している。それが行われているのは、静岡県焼津市にある「ソニー・ミュージックソリューションズ」の大井川プロダクションセンターだ。ここは光ディスクのプロセス開発と、原盤製造を担っている。アナログレコードも、そこで造られているのだ。

「レコードの生産は、まずスタジオでカッティングされたラッカー盤を元に、レコードのプレスに欠かせないスタンパーという原盤を造ります。これは金型のようなものですね」

大井川製造部部長の岡村康博さんは、ラッカー盤のダミーを手にわかりやすく説明してくれた。岡村さんによると、ラッカー盤から一発でスタンパーを造るわけではないそうだ。

まずラッカー盤からメタルマスターと呼ばれる盤を造る。次にそこからメタルマザーを造り、そしてスタンパーとなる。ラッカー盤は音の溝が刻まれているから凹、メタルマスターは凸、メタルマザーは凹、そしてスタンパーは凸となる。

凸のスタンパーでプレスされるので、レコード盤はラッカー盤と同じ凹の溝が刻まれる、というわけだ。これをA面、B面両方を造る。なぜ、このような面倒な作業をするのだろう。

「スタンパーは消耗品で、そんなに長持ちはしないからです。そのためオーダー数に応じて、メタルマザーから必要な分のスタンパーを取っておくのです」(岡村さん)

最初のラッカー盤は名前の通りラッカー製なので電気を通さない。そのためメッキを施すために銀鏡塗装という、数ミクロンの薄い銀の膜を付ける。そこにニッケルをメッキして厚みを付ける。こうしてメタルマスターが出来上がる。

プレス工程

粘土状になり、約150℃に温められた材料を両側から紙レーベルで挟み、スタンパーが設置されているプレス機で成形。
プレス機の大きさは、かつて使っていたものよりもかなり小さくなった。そのうえ温度管理など多くの工程がコンピュータ管理なので、品質を均一に保つことが昔と比べると容易となった。多くがクリーンな環境化で行われるので、異物混入もほとんどなくなっている。
紙レーベルは後付けではなく、樹脂に食い込ませてしまう。紙も加熱、冷却されるので、使うインクにも気を使う。

メタルマスターの表面は銀だが、マザーは100%ニッケルでできている。この2枚をきれいに分離させたら、同じような手順でマザーからスタンパーを造ることになる。これらの作業はすべてクリーンルームで行われ、埃などが入らないようにする。もし試聴でノイズが確認されたら、その要因を探るためスタンパーの工程まで戻ってチェックしないとならないからだ。

こうして完成したスタンパーを、AB面同時にプレス機にセット。PVCと呼ばれる塩化ビニールが主原料の材料を温め、粘土状にしたものをプレス機に入れる。その上下にレーベルが置かれたら、両面からプレスして円盤状にする。スタンパー側が凸なので、PVCは凹となりレコードが形成されるわけだ。

出来上がってすぐは熱を持っているので変形する恐れがある。冷やしてから取り出し、周囲にはみ出した余分なバリをカットすれば我々が手にするレコードとなる。

次世代のディスクと言われるアーカイバルディスクの部門から異動してきた青島一仁さんは「逆に驚かされることも多いです。今はコンピュータで管理されているので、品質は格段に向上していますが、職人技のような部分も残されていますから」。

実際、盤を目や耳でチェックして袋に収めるのは、人の手で行われている。マンパワーが不可欠なので、その分厳正な管理体制が必須となる。

最終チェック&袋詰めは人の手で行う

音を確認

スタンパーは消耗品なので、劣化すると音に影響が出る。そのため定期的に出来上がったレコードを実際に聴いてみて、状態をチェックする。

バリ取り

はみ出した材料はカットするが、細かいバリは人の手できれいにする。

最終チェック

何らかのトラブルが発生する可能性はあるので、全数目視検査を行う。

袋詰め

ビニール袋に入れるまでが大井川工場の分担。ジャケット入れは別工場。

【こぼれ話 その1】50台のプレス機が並びフル稼働していた全盛期

1980年代のソニーミュージックのレコード工場。
50台のプレス機が稼働していた。

アナログレコードの生産高がピークを迎えたのは、1980年であった。その額は1812億円(日本レコード協会)。その頃、ソニーミュージックの工場には50台のプレス機がズラリと並んでいて、休む間もなく生産が続けられていた。だが1982年にCDが登場。さらにインターネットが普及することで音楽のリスニング環境が激変。音楽配信サービスが始まると、それらに人気を奪われてしまう。

ソニーミュージックは1989年にアナログレコード生産から撤退する際、設備はすべて処分してしまった。その後、日本国内のレコード生産工場は1社のみ、という時代が長く続いていたのである。

【こぼれ話 その2】拡大するとわかるレコードとCD、再生方式の違い

レコードは音の波形をそのまま溝として刻みつけられたもの。人の耳は自然な音として捉える。一方、CDは音を0と1のデジタル信号に変換。そのデータがディスクに刻まれていて、非接触で読み取る。

レコードの溝
CDの盤面

大前提として、レコードもCDも元の音源は同じだ。アーティストが録音したマスタリングテープである(現在はデジタルでDAWを用いる場合もあり)。そこから記録する媒体が、アナログのレコードかデジタルのCDかということになる。

音は目に見えない波のようなものなので、自然に歪みやノイズも含まれている。その波を盤に忠実に刻んだものがレコード。それに対して音を信号に変換(デジタル化)する際、歪みやノイズをカットして調整し、音の輪郭を強調する傾向にあるのがCDだ。

登場した当初はレコードの欠点を補う媒体と喝采されたが、人の耳には歪みやノイズが心地良く感じられることもある。どちらの音が好みかは、個人差が大きいので一概には言いがたい。

【取材協力】
ソニー・ミュージックソリューションズ
大井川プロダクションセンター
静岡県焼津市相川200-3

文/野田伊豆守 撮影/金盛正樹

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