各企業で新入社員の入社式が行われています。ところが毎年、入社数日で退職してしまう新入社員や入社直前に内定を辞退する人もいて、採用や研修に多大な費用をかけている企業にとっては頭の痛い問題です。もし、新入社員が入社数日で退職を申し出たり、入社直前に内定を辞退したりした場合、企業側から訴えられるリスクはあるのでしょうか。労働問題に詳しい、グラディアトル法律事務所の刈谷龍太弁護士に聞きました。

2週間の予告期間があれば退職可

Q.そもそも「内定」とは、どのような状態なのでしょうか。

刈谷さん「判例上、『始期』および『解約権の留保』を付した労働契約が成立した状態である、とされています。始期とは、例えば『2019年4月1日より社員として採用する』など、雇用者として働き始める時期を定めたものです。

解約権の留保とは、『履歴書などの書類に虚偽記載がないこと』『在学中の大学を卒業すること』『働き始める時期において、勤務に耐えられる健康状態にあること』など、いわゆる企業からの内定通知書、ないし内定者からの内定承諾書に記載している条件を満たしていない場合、企業から労働契約を解約できるとしたものです」

Q.内定通知書を出さない企業もありますが、内定は口頭でも成立するのでしょうか。

刈谷さん「成立します。ただし、もし裁判などで争われることになった場合、他に証拠がない限り水掛け論になることがありますので、内定通知書をもらった方がよいでしょう」

Q.「退職は法律上、2週間の予告期間をおけばいつでも可能」(民法627条1項)ですが、どのような理由であれ、入社または退職希望日の2週間前までに申し出れば、問題ないのでしょうか。

刈谷さん「労働者には解約の自由が認められていますので、内定辞退や退職は少なくとも2週間の予告期間を置く限り可能です。もっとも、自由とはいえ、信義則(信義誠実の原則)に反する態様での内定辞退、または退職は契約責任や不法行為責任を問われる可能性があります」

Q.「信義則」とは、どのようなものでしょうか。

刈谷さん「『当該具体的事情のもとにおいて相手方(契約その他特別関係に立つ者)から一般に期待される信頼を裏切ることのないように、誠意をもって行動すべきである』という原則です(民法1条2項)。

信義則に反するケースとして想定されるのは、例えば、当該企業で働けない理由があるわけでもなく、単なる気持ちだけの問題で内定を辞退するということです。具体的に言うと、以前から内定辞退を決めていたのに、企業側が労働者の受け入れや対応などの準備を進めていたのを知っていたのにあえて伝えず、入社直前になって、理由を言わずにいきなり内定辞退のみを申し入れるようなことです」

Q.入社直前での内定辞退、あるいは入社数日で退職を申し出た際、訴訟のリスクは。

刈谷さん「信義則に反する形での内定辞退や退職は、契約責任や不法行為責任を問われる可能性があります。ただ、入社直前での内定辞退、あるいは入社数日で退職を申し出ることが、すぐに信義則に反するということにはなりません。申し出の時期、辞退や退職の理由はもちろん、辞退や退職に至る経緯や態様、また、企業側のそれまでの事情や対応など、さまざまな考慮事項を検討した上で判断されるでしょう」

Q.親の介護など、やむを得ない事態が発生した場合、直前での内定辞退や入社後すぐ(2週間未満)の退職は可能なのでしょうか。

刈谷さん「法律上は、2週間の予告期間をもって退職となります。すなわち、内定辞退や退職を申し入れてから2週間を経過することによって、労働契約は解約となります。反対に、申し出てから14日未満で退職または内定を辞退できるかどうかは、企業側が内定者(労働者)の申し入れを承諾するかどうかによります」

Q.入社辞退や退職を申し出た際、「採用や研修にかかった費用を返せ」と言われるなど、半ば脅しともとれる対応を受けた場合、どのように対処すればよいのでしょうか。

刈谷さん「採用や研修にかかる費用は、あくまで企業側が負担すべきものです。つまり、内定者(労働者)がその費用を返す必要はなく、毅然とした態度で対処すればよいでしょう。
ただし、信義則に反する形での内定辞退(退職)は、契約責任や不法行為責任を問われることがあり得ますので、費用を支払わなければならないケースもあるでしょう」

Q.入社直前の内定辞退、入社直後の退職に関する事例や判例はありますか。

刈谷さん「内定者が入社日の前日、留年を理由に内定辞退を申し入れたケースがありましたが、著しく信義則上の義務に違反する態様で行われた場合に当たらないとして、企業側からの損害賠償請求を棄却した判例があります」

Q.企業とのトラブルを未然に防ぐには。

刈谷さん「内定辞退あるいは退職を決めた場合、その旨をすぐに企業側に伝えるのがトラブルを避けることになるでしょう。企業側としても、新入社員として受け入れる準備、企業の一員として教育していく準備を日々行っています。伝えることを先延ばしにすればするほど企業側に迷惑がかかり、場合によっては信義則違反で訴えられる可能性もあります。

一方、内定を受諾する際は、話が違うというトラブルになるのを防ぐためにも、内定通知書はもちろん、給料や休日、福利厚生など内定の際に示された労働契約の条件を書面でもらっておくのがよいでしょう」

採用や研修の費用は請求できる?

 一方で、新入社員から内定辞退や退職の申し出を受けた場合、企業側はどのように対応すればよいのでしょうか。

Q.採用や研修に多額の費用をかけたにもかかわらず、入社直前の内定辞退や、入社後数日での退職の申し出があった場合、人員の補充が完了するまで引き止めることは可能でしょうか。また、採用などにかかった費用などを請求することはできますか。

刈谷さん「引き止めを伝えることは可能ですが、内定者(労働者)が内定辞退や退職を申し入れてから2週間経過することによって、労働契約は解約となります。内定者(労働者)が内定辞退や退職の申し入れを撤回しない限り、2週間の経過で内定辞退(退職)となることはやむを得ません。また、採用などにかかった費用などを請求することは、信義則に反する形での場合には、可能な場合もあり得ます」

Q.入社直前での内定辞退や、入社直後の退職を申し出た新入社員を無理やり引き止め、損害や精神的苦痛を与えてしまった場合、訴訟のリスクは。

刈谷さん「内定者(労働者)には法律上、解約の自由が認められていますので、訴えられるリスクはあります」

Q.もし、新入社員が音信不通となった場合、どのように対処すればよいのでしょうか。身元保証人が親や親族の場合、その人たちに補償を求めることは可能でしょうか。

刈谷さん「いわゆる『とんだ』と思われる場合であっても、電話以外にメールや手紙などでの連絡、自宅への訪問など、すべて証拠に残す形で、企業から積極的に対処することが必要です。それでもなお音信不通の場合に初めて、やむなく解雇という選択肢が出てくることになるでしょう。急病や予期せぬ犯罪に巻き込まれたなどの事情があり得るからです。

実際、判例上、試用期間の社員を対象としたものではありませんが、社員が出勤しなかったことについて特に企業側から注意をしていなかったため、懲戒解雇が無効となったケースがあるほどです。

なお、音信不通だけでは、無断欠勤の期間の給料が支払われないだけです。特段、会社に損害が発生したなどの事情がない限り、身元保証人が賠償する話にはならないでしょう」

Q.新入社員の突然の内定辞退や退職を防ぐために、企業側が気を付けなければならないことは。

刈谷さん「採用段階での選考を適切かつ厳格に行い、応募者の人となりをできる限り見極めて内定を出すしかないでしょう。また、内定時に伝えていたことと、その後の研修や入社時の現状に齟齬(そご)がないよう努めるべきだと思います」