新型コロナウイルスワクチンの3回目の接種(ブースター接種)が12月に始まりますが、今春、接種の打ち手不足が問題になった際、歯科医師が特例で接種をしたことがニュースになりました。そもそも、内科や外科、産婦人科は「医師」なのに、歯科だけ、「歯科医師」という別の資格になっているのはなぜでしょうか。医療ジャーナリストの森まどかさんに聞きました。

明治初期は同じ資格だった

Q.「医師」資格と「歯科医師」資格について、それぞれ概要を教えてください。

森さん「医師は『医師法』によって規定された資格で『医師国家試験に合格し、厚生労働大臣の免許を受けなければならない』と定められています。

医師国家試験は学校教育法に基づく大学において、医学の正規の課程を修めて卒業、あるいは卒業見込みの人が受験することができます(外国の医学校を卒業した人、外国で医師免許を得た人などはこの限りではない)。また、病気の診断、治療、予防、リハビリテーションなど『診療』に従事する場合は国家試験合格後、2年以上の臨床研修を指定病院で受けなければなりません。

一方、歯科医師は『歯科医師法』によって規定された資格で、日本国内で養成課程に進む場合、歯科大学や大学の歯学部で歯学の正規の課程を修めた上で、歯科医師国家試験に合格して免許を取得する必要があります。診療に従事する場合、免許取得後、指定施設で1年以上の臨床研修が義務付けられています」

Q.医師と歯科医師で資格が分かれている経緯を教えてください。

森さん「日本歯科医師会ホームページによると、日本の医師資格付与制度は1874(明治7)年に公布された『医制』という制度によって、医師として開業するためには試験を受けて合格し、免許を得ることが求められるようになったのが始まりです。

この制度では、医師と歯科医師は資格として分かれておらず、近代日本で最初の歯科医師とされる小幡英之助氏は翌年の第1回の試験で『歯科』を専門に受験し合格。『歯科を専攻する医師』として、『医籍』(医師免許所有者の氏名、本籍などを登録する国の帳簿)に登録されたそうです。その後、1883(明治16)年、新たに『歯科医籍』が作られて、歯科は独立した存在となり、1906(明治39)年には『医師法』『歯科医師法』が公布され、現在の法律へとつながります」

Q.そもそも、なぜ、医師と歯科医師で資格が分かれているのでしょうか。

森さん「先述したように、医籍と歯科医籍が存在していたものの、もともとはどちらも医師の資格であったわけですが、なぜ、『医師法』を制定する際に歯科医師を含めなかったか、その理由は定かではありません。歯の欠損部の修復や詰め物といった知識や技術の特殊性から、分岐していったのではないかと考えられています」

Q. 法令上、医師ができること/できないこと、歯科医師ができること/できないことの主な違いを教えてください。

森さん「1949年の厚生省(現厚生労働省)医務局長通知で『抜歯、う蝕(うしょく)の治療=充填(じゅうてん)の技術に属する行為を除く=、歯肉疾患の治療、歯髄炎の治療等、いわゆる口腔(こうくう)外科に属する行為は、歯科医行為であると同時に医行為でもあり、従ってこれを業とすることは、医師法第17条に掲げる“医業”に該当するので、医師であれば、右の行為を当然なし得るものと解される…』と示されています。

つまり、歯を抜く治療や、う蝕(虫歯)治療で詰め物やかぶせ物をしない診療、歯周病など歯肉疾患の治療などは“法的には”医師でも可能です。一方で、歯が欠けたり、なくなったりした場合の、金属など人工物のかぶせ物や詰め物、入れ歯などの治療、歯列矯正といった治療は法的に医師はできず、歯科医師のみができます。

歯科医師は、先述した虫歯治療や歯周病治療などを含む一般的な歯の診療のほか、口腔内の良性腫瘍、がんの診療も行います。歯科口腔疾患の診療であれば、全身麻酔や呼吸管理なども行います。これは歯科医師法17条で定められた『歯科医業』の範囲です。しかし、どの行為が歯科医業に該当するかについては、実際の状況などに応じて、個別具体的に判断する必要があると考えられています」

Q.新型コロナウイルスのワクチン接種で打ち手不足が問題になった際、歯科医師が接種を担当したことがニュースになりました。これは法令上、どんな問題があり、今回はなぜ、可能になったのでしょうか。

森さん「先述の通り、歯科医師法17条に定められた歯科医業には、歯科医療に関連した医行為を含みます。しかし、歯科医療と無関係に行われるものは歯科医業には含まれず、歯科医師は行うことができません。新型コロナウイルスのワクチン接種のための筋肉内注射は歯科医療と関係ないため、『医行為』に該当し、医師、または医師の指示の下で保健師、助産師、看護師、もしくは准看護師が行います。

これまでの法律の解釈では、医師免許を持たない歯科医師が反復継続的に行えば、基本的には医師法違反となる行為でした。しかし、ワクチン接種のための看護師などの確保が困難な自治体への特例措置として、『条件付きで、集団接種のための特設会場に限り、歯科医師による接種が認められる』という内容の通達が今年4月に厚生労働省から出されました。

歯科医師は養成課程で、筋肉内注射に関する基本的な教育を受けていて、診療においても、口腔外科や歯科麻酔の領域では実際に筋肉内注射を行うことがあることを踏まえた判断です。ちなみに歯科医師の養成課程では、解剖学、生理学、病理学他の基礎科目で全身のことを学び、関連した臨床医学のことも学んでいます」

Q.「医師であって、歯科医師でもある」という人もいるのでしょうか。

森さん「医師免許と歯科医師免許の両方を持つ人は少数ながらいますが、厚生労働省医政局医事課試験免許室に確認すると、『その数を調査した既存の統計はなく、どのくらいの人がダブルライセンスで診療や研究に従事しているかは分からない』そうです。

開業している歯科医師にも尋ねましたが、『歯学部を卒業して、国家試験に合格してから医学部に編入した人はいるが、現在は医師として診療している』『歯学部を卒業してから医学部の大学院に進学した人はいるが、医師免許を持っているわけではない』『日本の歯科医師免許とアメリカの医師免許を持ってる人がいる』と、医学と歯学両方の専門教育を受けた人は身近にいても、両方の国家資格となるとまれで、持っていたとしても、臨床ではどちらかの資格で診ているというのが実際のようです。

一方、医科と歯科の診療範囲が重なり合う病気や治療は複数あり、それぞれの専門の立場からの連携が重要と考えられています。例えば、口腔内にとどまらず、全身の治療や経過観察が必要な口腔がん(舌や歯肉、頬粘膜等にできるがん)などにおいて、医師と歯科医師の両方の資格を持つ視点が生かされることはあると思います。

ほかにも、歯科で行われているインプラント手術や根管治療などは耳鼻咽喉科の専門である顎顔面領域とも関わるため、両方の専門性(知識、技術)を持っていることは、患者からすれば心強いことです。また、虫歯や歯周病などは糖尿病、心疾患、慢性腎臓病、呼吸器疾患といった、さまざまな全身の疾患と関連しており、口腔機能の低下は高齢者の低栄養につながり、要介護のリスクを高めることなども指摘されています。

このように、口の中の健康と全身の健康を同時に考えることが求められる昨今、医師と歯科医師のダブルライセンスでの視点が、より生きてくるのではないでしょうか」