賃貸住宅を退去する際は、入居前と同じ状態にする、いわゆる「原状回復」が法律で義務付けられています。賃貸住宅の入居中に床掃除や風呂掃除などをサボり続けて部屋がひどく汚れた場合、退去時にどのような影響があるのでしょうか。高額な清掃費や修繕費を請求される可能性はあるのでしょうか。不動産鑑定士・宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士の竹内英二さんに聞きました。

壁と床の張り替えで20〜30万円

Q.そもそも、退去後の部屋の清掃に必要な費用は、入居時に支払った敷金で賄われることが多いのでしょうか。それとも、契約時にあらかじめ退去時の清掃費を請求されることもあるのでしょうか。

竹内さん「生活している上で自然に発生した汚れなどを除去するための清掃費は、原則として敷金で賄われることはありません。そのため、通常であれば清掃費が敷金から差し引かれることはほとんどありません。また、契約時にあらかじめ退去時の清掃代を請求するというケースも通常はありません。

ただし、賃貸借契約書において借り主に損耗などの原状回復負担を課す特約が有効に締結されている場合は、原状回復に必要な費用が敷金から差し引かれます。その際、敷金だけでは費用が足りない場合や、敷金なしの賃貸住宅に住んでいた場合は別途請求されます。

特約が有効となるには、『借り主が通常の原状回復義務を超えた修繕などの義務を負うことについて認識していること』などの一定の要件を満たすことが必要です」

Q.経年劣化による傷や汚れは、原状回復義務の対象外となるのでしょうか。

竹内さん「経年劣化による傷や汚れは、原状回復義務の対象外です。国土交通省の『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』では、原状回復は『賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損(きそん)を復旧すること』と定義されています。

つまり、経年劣化や、日常生活でやむを得ず傷や汚れが生じる『通常損耗』に関しては定義の中に含まれていないため、原状回復義務の対象外となります」

Q.では、賃貸住宅の退去時に入居者側の費用負担となる傷や汚れ、大家側の費用負担となる傷や汚れについて、それぞれ教えてください。

竹内さん「入居者側の費用負担となるものは、先述のように『借り主の故意(わざと)・過失(うっかり)、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損』が対象です。

例えば禁煙物件であるにもかかわらず、タバコを吸ったことで生じたヤニの汚れは『通常の使用を超えるような使用』に該当するため、原状回復の対象です。その他に、ペット禁止であるにもかかわらず、ペットを飼った際に生じた傷なども入居者の費用負担の対象となります。

一方で、大家側の費用負担となるものは、家具の設置による床やカーペットのへこみ、畳やフローリングの色落ちなどが挙げられます」

Q.室内の掃除をサボり続けたことで部屋がひどく汚れている場合、退去時に高額な清掃代を請求される可能性はありますか。

竹内さん「可能性はあります。例えば、壁や窓ガラスなどに水滴が付着する『結露』を放置し続けたことで生じたカビや水あかなどの除去に必要な費用は、借り主の負担となります。なぜなら、原状回復の定義の中に『善管注意義務違反』があるからです。

善管注意義務とは、民法400条で定められている『善良な管理者の注意義務』のことで、借り主は善良な管理者として注意してその物を保存しなければならないとされており、部屋の保管義務を負っています。

結露が頻繁に発生する場合、貸主に伝えてすぐに修繕してもらうなど、対策をすべきです。その通知を怠り、長期にわたり結露を放置していた場合、善管注意義務違反として退去時に原状回復費用を請求される可能性があります」

Q.原状回復を巡り、入居者と大家との間でトラブルになることは多いのでしょうか。よくあるトラブルの内容も含めて、教えてください。

竹内さん「トラブルは多いです。トラブルは、貸主にも借り主にも原状回復に関して誤解があることが原因となっています。例えば、貸主の中には、経年劣化に関しても借り主に原状回復を請求できると誤解している人もいます。過剰な原状回復費用を借り主に請求すれば、借り主の反発を受けてトラブルになります。

一方で、借り主も先述の善管注意義務違反による損傷部分は原状回復の対象にならないと誤解している人もいます。請求されない費用と思って突き返せば、貸主の反発を受けてトラブルになります」

Q.原状回復に必要な金額について、教えてください。費用が数百万円に上ることはあるのでしょうか。また、入居者が退去した後の清掃費用はどの程度かかるのでしょうか。

竹内さん「先述のように、禁煙物件でタバコを吸ったときや、ペット禁止物件でペットを飼ったときは、『通常の使用を超えるような使用』に該当し、脱臭クリーニング費用が請求される可能性があります。費用は、物件の規模や内装にもよりますが、30万円から50万円ほどです。清掃よりも脱臭で金額がかかります。

原状回復のために壁と床を全て張り替える場合、20〜30万円程度かかります。クロスを全面的に張り替える場合は、6〜8万円程度です。場合によっては、さらに修繕費用が請求される可能性があります。

ただ、広めのファミリー向けのマンションをフルリフォームする際の相場は、500〜600万円ほどなので、原状回復費用として数百万円かかるというのは考えにくいです。室内の大部分を破壊して退去したなど、借り主に相当の悪意があるケースでないと請求されないと思います。

なお、入居者が退去した後の清掃費用は、マンションのワンルームで3〜5万円程度です。ただ、生活をする上で自然に発生した汚れは、原状回復の対象外であるため、清掃に必要な費用を貸主から請求されることはありません」