連日、熱戦が繰り広げられているラグビーワールドカップ(W杯)日本大会。日本代表が史上初の決勝トーナメント進出を決め、ますます盛り上がりを見せています。試合では数々の名場面が生まれていますが、中でも、試合後に海外チームの選手たちが一列に並んで深々とお辞儀をし、スタンドから拍手が送られる光景が話題を呼んでいます。

 日本の歓迎やもてなしへの感謝と、伝統を尊重する気持ちを表すためにお辞儀をする海外選手たちに対し、「感動する」「素晴らしい光景でした」「うれしい気持ちになりますね」などの声が上がっています。日本の「お辞儀」に込められた意味やルーツについて、和文化研究家で日本礼法教授の齊木由香さんに聞きました。

3世紀の中国の書物「魏志倭人伝」に登場

Q.日本の「お辞儀」はどのようにして生まれ、根付いたのでしょうか。

齊木さん「日本におけるお辞儀の歴史は古く、3世紀に中国で書かれた『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』には既に記録が残っており、その一文に『倭人は貴人に合う際にひざまずいて頭を垂れる』と記されています。その後、飛鳥時代から奈良時代に中国の礼法を取り入れて、身分に応じたお辞儀の形が制定されました。これは、体の中で急所とされる首を差し出すことで、相手に対して敵意がないことを示す表現に由来しています。

平安時代の頃には、先例に基づき朝廷や公家、武家の行事や儀式を研究する学問『有職故実(ゆうそくこじつ)』が重んじられ、礼儀作法の流儀の家柄が複数生まれました。鎌倉・室町時代には、さまざまな意味でお辞儀が使われるようになります。『辞儀』の語源である『時宜』(物事を行うのにちょうどよい時機)の意味合いが希薄になり、『物事が成立するのにちょうどよい状況・事態』という意味に移行し、さらに『状況に対する考え方や気持ち、状況を見極めて対処する』ことを意味するようになりました。

お辞儀は、もともと庶民には浸透していなかった礼儀作法ですが、江戸時代には庶民も武家の作法をたしなむようになり、裕福な家庭では、娘を花嫁修業として武家へ見習いに出すなど、きちんとしたお辞儀の仕方や礼儀作法を学ばせるようになります。

江戸後期には、考えや気持ちなどを表す用法から、積極的に物事へ関わる意向の意味が派生し、この意向が『他人への配慮や心配り』となり、あいさつの意味へと変わっていきました。礼法と、こうした気持ちの意味合いが伴い、現在のお辞儀が確立されていったのです」

Q.現代の日本のお辞儀が示す意味には、どのようなものがありますか。

齊木さん「現代の日本では、お辞儀はさまざまな意味合いを持ちます。大きく分けて次の3つです。

1つ目は、軽く頭を下げることで『おはようございます』『お疲れさまです』などのあいさつをする意味を持ちます。2つ目は、『ようこそおいでくださいました』などのように歓迎を表す意味です。最後に、深々と頭を下げるお辞儀には『ありがとうございます』『申し訳ございませんでした』など、他者への感謝や依頼、祝辞、謝罪などの意味が込められています。日本人にとってお辞儀は、子どもから大人まで必ず身に付けるべき社会的な素養とされています」

Q.お辞儀と会釈には、何らかの違いがあるのでしょうか。

齊木さん「会釈はお辞儀の一種です。まず、お辞儀には、正座で礼をする『座礼』と立ったまま礼をする『立礼』の2種類があります。さらに、次の3種類のお辞儀の標準的な角度があります。

・「おはようございます」などのあいさつをするとき→15度『会釈』
・「ようこそ、おいでくださいました」などの歓迎を表すとき→30度『敬礼』
・「申し訳ございませんでした」などの謝罪、重大な許可を得るとき→最も深い45度『最敬礼』

つまり、あいさつをする際のお辞儀の15度が『会釈』です。会社の同僚や友達との別れ際に、軽く頭を下げる際に行います」

海外にも、お辞儀文化は存在する?

Q.海外にも、お辞儀の文化はあるのですか。

齊木さん「東アジア地域では、お辞儀は伝統的なあいさつや御礼、謝罪の行為であり、朝鮮半島や中国の一部の地方では顕著にみられる習慣です。しかし、あいさつのときにお辞儀をする日本に対し、中国のほとんどの地域では、出会ったときのあいさつでは使わず、深い感謝やおわび、礼を表すものとして使われます。

ヨーロッパの一部ではかつて、お辞儀は伝統的なあいさつ、御礼、謝罪の行為として、一般的には男性が行う習慣として、相手に比べて身分の低い者が行っていました。現在の欧米では、『頭を低くすること=身分が低いこと』を表すものと考えられ、頭を下げる行為は行いません。頭を下げることによって、目線を下に向けることは失礼とされています。

欧米でのあいさつはお辞儀ではなく、しっかりとした握手が基本です。この起源は『自分は手に武器を持っていない』ことを示しており、相手の目を見ることで、お互いに敵意はないことを証明するものといわれています。あいさつとしては、身分の高い者から握手を求めるのがマナーです」

Q.ラグビーW杯日本大会では、海外選手たちに“お辞儀の輪”が広がっているようです。

齊木さん「スポーツマンシップとは『相手に対する思いやり、ないしは一個人として正しい行いの総称』を指し、相手の選手に対する尊敬や称賛、さらには様式化された礼節の発揮も、マナーという側面から重要視されています。

日本には、相手を思いやり、相手の心に寄り添う文化があります。スポーツマンシップと日本の精神は重なるものがあり、私たち日本の文化に寄り添う姿勢を諸外国の選手が見せてくれたことは、心から喜ばしいと思いました。こうしてお辞儀の輪が広がることは、日本の思いやりの文化が世界で認められ始めている、世界的に見ても新しい時代の幕開けと感じました。

お辞儀は日本社会に深く根差しています。他者に対する礼儀と尊重は、長い歴史の中で育まれた本質であると考えます。世界が認めた日本の作法をいま一度、私たち日本人が大切にするきっかけになったのではないでしょうか」