人前でご飯を食べようとすると耐え難い不安や恐怖を感じ、吐き気が収まらなくなったり、震えが止まらなくなったりして、社会生活に支障をきたす「会食恐怖症」。この会食恐怖症と関連した病気に、気持ち悪くなることや吐くことに異常な不安や恐怖を覚える「嘔吐(おうと)恐怖症」があります。

 こちらもなかなか人には理解されず、「なぜ、自分だけこんなに苦しむのか」と孤独感や絶望感を覚え、うつ病など他の病気を併発したり、ひきこもりのような状態に至ったりするなど、社会生活に大きな支障をきたします。

 かつて会食恐怖症となり、団体を設立して会食恐怖症の人の悩み相談を受けている筆者が、嘔吐恐怖症から会食恐怖症になり、うつを併発し外出もままならなかった30代女性がどのようにして病気になり、どのように克服したのかをご紹介します。

友人との外食時に突然発症

 会食恐怖症は思春期に発症する人が多いですが、中には、年齢に関係なく突然発症する場合もあります。今回の30代女性は、突然発症するパターンでした。彼女は2016年のある日、友達との外食のときに、急に喉が詰まったような違和感を覚えました。吐いてしまいそうな感覚に襲われ、口に入れた食べ物を飲み込めなくなったといいます。

 これがきっかけで、別の外食のときにも「また食事中に気分が悪くなったらどうしよう」「吐き気がして食べられなかったらどうしよう」と不安を感じるようになり、次第に外食を避けるようになってしまいました。避ければ避けるほど、次に会食をする機会が怖くなってしまい、“負のループ”に陥ってしまったのです。

 このように、食事をするときやそれ以外の場面で、気持ち悪くなること、吐くことに異常な不安や恐怖を覚え、日常生活に支障が出る状態を「嘔吐恐怖症」といいます。この女性は「気持ち悪くなってしまうことで、外食で残したらどうしよう」という、食事を残すことへの恐怖感も強かったようです。

 子どもの頃は、給食を絶対に残してはいけない学校だったようで、お昼休みに遊んでいる時間まで泣きながら食べさせられることもあったといいます。特に苦手なメニューについては、「また泣きながら食べないといけないのか…」と、献立表をもらったときから気分が悪くなることもあったそうです。

 それだけではありません。子どもの頃は母親から、「栄養のあるご飯を作っているのだから、風邪をひくわけがないよね」とよく言われ、食事を残すことだけでなく、体調を崩すことさえ許されない雰囲気だったといいます。彼女は「その経験があったから、全部食べなければいけないだけでなく体調を崩してはいけないという考えが強くなった」と自己分析しています。

 ちなみに、2019年11月に日本会食恐怖症克服支援協会がネット上で実施した、会食恐怖症の当事者の意識調査(642人回答)では、「ご自身の会食恐怖症発症のきっかけに、親からの食の強要が関わっていると思いますか」という設問に25.2%、およそ4人に1人が「はい」と回答しました。親からの食の強要が会食恐怖症の発症に影響していることが分かります。

 子どもという身近で大切な存在だからこそ、「いっぱい食べて大きく育ってほしい」という気持ちが強くなり、無理に食をすすめてしまうのかもしれません。

「死にたい」とメールしたことも

 彼女の話に戻りますが、悩んでいた当時は「なんで自分だけ、こんな意味の分からない症状に悩んでいるのだろう…」と絶望していたといいます。一時期は、うつも併発していたので外出することも難しく、「死にたい」というメールをもらったこともあります。

 会食恐怖症に悩む人の傾向の一つとして、「不安になってはいけない」という考えを持つことがあります。本来、生きていれば不安になるのは当たり前のことで、不安とうまく付き合いながら生きていくことが大切なのですが…。

 彼女も当初はやはり、「食事という一般的には楽しいものに対して、不安になってはいけないし、それはおかしいことだ」という考え方が強かったのです。そこで「『不安になってもいい』と考える方が結果的に不安も軽減されますよ」と何度も繰り返し伝えました。

 外出への恐怖については、「家から一歩だけでも出てみましょう。それも難しい場合は無理する必要はありません。できそうだなというときにやっていきましょう」という、とにかくスモールステップから始めました。食事に対しても、外食自体のハードルが高そうだったので、「飲食店の前に行き、自分が食べているところをイメージしたらOKにしましょう」という小さなステップも踏んでいきました。

 また、彼女は吐くことへの恐怖感が強かったので、「吐くことに対して不安にならないための対策や準備を少しずつやめる」という行動も、様子を見ながら実践してもらいました。「対策や準備」は「安全確保行動」といって、嘔吐への恐怖心を持っている人はこれらが過剰になることが多いです。具体的には…

・満腹になるまで食べないようにする
・脂っこいものを食べないようにする
・食べてからすぐ動かないようにする
・賞味期限切れのものは食べないようにする
・マスクを常にしている
・ミントスプレーやタブレット菓子を常に携帯している
・手洗いやうがいを必要以上にする

 などがあります。先述の内容を「これくらいなら、やめてみてもよいかも」というように本人が思えるところから、対策をやめていきます。彼女の場合、「吐いても大丈夫なようにビニール袋をカバンに入れておく」という対策をしていました。そのため、それをすぐ取り出しやすい位置から、同じかばんの取り出しにくい所へ移動するということから実践しました。

 ほとんど意味がないことと思う人もいるかもしれませんが、実は、こうした少しずつの変化を促すことで、「そういえばビニール袋の位置を変えたけど、忘れていた」という体験ができ、「他のものも手放していけるのではないか」という自信につながるのです。ほんの少し、何かを変えるだけでも効果があるのです。

 経過に波はあったものの、彼女の症状は次第によくなっていきました。カウンセリングの最後の日、発症して以来ずっと避けていたというラーメンを一緒に食べに行きました。それまで避けていた理由は「ラーメンのような脂っこいものを食べたら、気持ち悪くなって吐いてしまうかも」というものです。最初は不安がっていましたが、結果的にペロリと完食できました。店を出たとき、彼女の表情にそれまでは見られなかった自信がうかがえました。