最近、筆者が困っていることが1つあります。葬儀について雑誌やテレビの取材を受けるとき、丁寧に「家族葬」と「密葬」の違いを話しているのですが、ライターさんや制作会社の人に伝わらないことがあるというものです。「で、結局どちらが得なんですか?」と聞かれて、頭を抱えてしまうことがあるのです。

 実際、家族葬と密葬の違いをはっきり分かっている人は少ないでしょう。これは「『家族葬』という言葉は『商品名』のようなもの」ということがあまり理解されていないためです。今回は家族葬とは何か、密葬とは何かという話を分かりやすくしてみようと思います。

「誰かに伝えない」のが密葬

 まず、密葬の定義は「通知範囲の限定」です。葬儀について、どこか一部に対してでも秘密にするのであれば、つまり、「誰かに伝えない」のであれば、それは密葬(=秘密の葬儀)ということになります。対比となるのは一般葬で、こちらは誰かに言わないことがない、広く皆さんに知らせる葬儀です。

 密葬は人数の問題ではありません。例えば、親族30人と近隣住民15人、故人の知り合い20人の計65人が参列する葬儀であっても、「喪主の勤め先には言わない」などの事情があれば、喪主の職場からすれば「密葬」ということになります。

 別の例でいえば、親族7人、近隣3人、故人の知り合い2人、喪主の仕事関係1人でも、葬儀があることを言わない先が特にないなら、「参列者13人の一般葬」になります。このように、「葬儀があることをどこかに秘密にする」のが密葬という言葉の定義です。

「密葬は本葬の前に行うもので、本葬がないなら密葬とはいえない」という一部の意見もありますが、実際には昔から、事情がある場合は密葬のみで本葬はしていないケースも多々ありました。そのため、本葬の有無は密葬と呼ぶかどうかには関係なく、密葬という言葉は葬儀における通知の形式といえるのです。

定義自体が曖昧な「家族葬」

 では、家族葬とは何なのかというと「家族を中心としたお葬式」という意味しか持ちません。知らせる範囲は葬儀を主催する家族の自由で決められます。そのため、どこか知らせない範囲があれば家族葬は密葬の一種であり、往々にして家族葬は密葬になるといえます。ただし、家族葬の定義は「家族を中心としたお葬式」という意味だけなので、知らせる範囲がどんどん広まっていき、一般葬と変わらない形になることもあり得ます。

 一方で、「家族を中心としないお葬式」は社葬や団体葬しかありません。規模にかかわらず、ほぼ全ての葬儀が家族を中心として行われていることからも分かる通り、家族葬は定義自体が非常に曖昧なものなのです。どうして、こんなにあやふやな定義の言葉が広がったのか。それには「家族葬」という言葉が生まれた背景と時代が関係しています。

 家族葬という言葉が生まれたのは1990年代。好景気で、葬儀も社葬などが多く行われ、大会社の部長クラスだと500〜800人という会葬者が仕事の付き合いで多く参列していました。大半が、故人を知らない喪主の仕事関係の人が多かったのが実情です。

 当時の葬儀業界の業界紙「SOGI」で、「故人を知らない会葬者に来てもらうよりも、『家族葬』として、故人のことを知る親類や友人などで送ってあげる葬儀」が特集されました。そのときの家族葬の表現が「家族を中心とした葬儀」だったわけです。密葬とほぼ同じ意味合いなので、2005年ごろまでは「密葬」の方が言葉として流行していました。

 しかし、1995年ごろから、「家族葬」を商品名とした新聞広告などを繰り返し制作する業者が現れ、10年ほどかけて認知度が逆転したといういきさつがあります。当時の新聞の訃報欄などを見ると、「葬儀は密葬にて執り行います」から、「葬儀は家族葬で行います」へと言葉が変化していったのがよく分かります。

 このように、家族葬と密葬は同じような概念ですが、家族葬は「家族を中心としたお葬式」というふわっとした意味なので、確かに分かりにくさはあります。しかし、商品名として流行させられたようなものですから、定義が曖昧なのはごく自然なことなのです。「家族葬は密葬の一種です」ではキャッチコピーとして弱いので当然、明確な説明もされません。

 雑誌のライターさんが書く際には「○○葬で節約!」とか「○○葬でお得!」というフレーズで誌面を構成したいのでしょうが、「家族葬は密葬の一種であり、個々の状況による」では文章として面白くなりにくいです。また、取材では誤解のあるまま、「家族葬と密葬ではどちらが得なんですか?」「密葬は一般葬と比べてどのくらい節約できるんでしょうか?」という質問になるのでしょうが、親族の人数やどこまで知らせるかなどを含む「個々の事情次第です」という答えになります。

 誌面を書くために都合よく、「密葬」「家族葬」の言葉の概念ができているわけではないので、ここで誤解が生まれているケースもよくあります。「『家族葬』は汎用(はんよう)的な商品名で、密葬の一種である」ということが分かれば、「どちらが損でどちらが得」がないことも分かると思います。仮に一般葬でも、参列者が多くなってもかかる経費(飲食、返礼品)などは香典で賄えます。分不相応な見えを張らなければ、遺族が負担する金額はあまり変わりません。

 死は、生きてきた時間が閉じるときです。旅立ちは、その人が生前に縁のあった人たちの手で送り出されるのが最も望ましい形です。どこまで知らせて、どんな人たちに送り出してもらえるか――家族葬、密葬、一般葬という呼び名にこだわらず、最期は、生きてきた人生にふさわしい見送りをしてあげるのが弔いの形ではないかと思います。