虫歯になりやすい、真っすぐ生えてこないことが多い、歯茎が腫れて痛みが出やすい――。こうしたネガティブなイメージを持たれやすい「親知らず」。実際に歯や歯茎のトラブルを引き起こす原因となることも多いため、歯科医院で「抜いた方がいい」と言われた経験がある人も多いと思います。

 そのため、ネット上では「どうせ抜かれる運命なのに、何のために生えてくるんだろう」という疑問をはじめ、「どうして生える人と生えない人がいるの?」「他の歯より、抜いた後の痛みが強いのはなぜ?」との声も多くあります。

 謎の多い歯である「親知らず」のさまざまな疑問について、吉祥寺まさむねデンタルクリニック理事で歯科医師の園田茉莉子さんに聞きました。

大昔の食生活の名残?

Q.まず、「親知らず」という歯について教えてください。

園田さん「親知らずとは、上下左右に1本ずつ、前歯から数えて8番目の位置に生えてくる大きな歯を指します。歯科では『8番』と呼び、最大4本あることになります。

親知らずは18歳以降に生えてくる傾向があり、その名の由来は『分別のつく年頃になってから生えるので、親が生え始めを知らないため』『平均寿命が40歳前後だった時代には、子どもの親知らずが生えてくる前に親が亡くなってしまっているため』など諸説あるようです。『知歯(ちし)』とも呼ばれますが、これは成人して知恵がついてから生える歯であることに由来するそうです」

Q.なぜ、親知らずは真っすぐ生えてこないことが多いのですか。

園田さん「親知らずの生える向きは上下のそれぞれに傾向があります。横向きに倒れるなど正しい方向に生えてこないのは下の親知らずに多くみられます。一方、上の親知らずは下と比較すると正常に近い向きに生えることが多いです。4本ともがきれいに生えそろう場合もあれば、横向きに生えたり、歯茎に埋まってしまったりする場合もある他、親知らず自体がもともとない場合もあります。

親知らずが真っすぐ生えないのは本来生えるべき場所にスペースがないためです。これには、人類の進化において、顎が小さくなっているためという考え方があります。しかし、実はクロマニョン人においてもこうした親知らずの変化はみられていたそうで、日本では弥生時代にも親知らずが埋まってしまったり、横向きに生えたり、そもそもなかったりすることが珍しくなかったそうです。現代になってから、親知らずが正しく生えないことが多くなったように思われがちですが実際はそうでないのです。

親知らずが生えるスペースがなくなっているのは、大昔の段階で食事の内容が徐々に変わっていたからだと考えられます。硬いものをかみちぎる必要があった時代から、少しずつ調理技術が発達して軟らかいものを食べるようになったため、顎がそこまで発達する必要がなくなったという説があります」

Q.親知らずは「抜いた方がいい」と判断されることが多いにもかかわらず、何のために生えてくるのでしょうか。

園田さん「先述の通り、大昔の人は狩りや採集をして、動物の肉や木の実などの硬いものを食べる生活でした。その頃は丈夫な歯がたくさんあることと発達した大きな顎が必要であり、正しく生えた親知らずも、かむ力を発揮するものとしてとても大切だったと思われます。

やがて軟らかいものも食べる生活となり、多数の歯や発達した顎はさほど必要なくなり、かつて、しっかりと真っすぐ生えていた親知らずが正しい位置・向きに生えなくなったり、出てこなかったりするようになったようです」

Q.親知らずが虫歯になりやすかったり、痛みが出やすかったりするのはなぜですか。

園田さん「親知らずが正しい向きに生えている場合、また、上下の親知らずがしっかりとかみ合っている場合には、他の歯と同じように歯磨きをすることで、きれいに清掃できる場合もあります。しかし、横向きに生えていたり、一部分のみが歯茎からのぞいていたりする場合、普段使用している口の清掃器具だけでしっかりと清掃することは容易ではありません。

親知らずの虫歯は『生える場所が奥まっていて見えにくい』『歯ブラシを当てにくい』ことが主な原因です。また、親知らずに痛みを感じる場合、親知らずにできた虫歯がひどくなったことによる場合もありますが、実際は親知らず周辺の歯茎に炎症が起きて痛んでいる場合が多いのです。歯磨きは“歯”の部分を磨くことで虫歯予防になりますが、“歯と歯茎の間の溝”を磨くことで歯周炎を予防できます。正しく生えていない親知らずの場合、歯と歯茎の間の溝まで正しく磨けず、周りで歯周炎を起こしてしまいやすいのです」

Q.親知らずを抜いた経験のある人からは「抜歯後の腫れがひどかった」「他の歯を抜いたときよりも痛みがつらかった」という声が多く聞かれます。他の歯よりも、抜歯時の腫れや痛みが強く出やすいのはなぜでしょうか。

園田さん「歯の生える方向はすなわち、『歯が動きやすい向き』です。親知らず以外の歯はたいていが正しい向きに生えているので、歯を抜く必要がある際も、通常歯が生える方向に引っ張ることで無理のない動きで抜くことができるので、痛みや腫れも少なくて済みます。

これは親知らずが真っすぐに生えている場合にも同じことがいえるのですが、先述の通り、親知らずは正しい向きに生えないことが多く、それを抜くのは簡単ではありません。例えば、親知らずが1つ手前の歯の方を向いて生えていれば、その歯に向かって引っ張るのが動きやすいのですが、抜くにあたって、その方向に引っ張るのは物理的に不可能です。そのため、親知らずを頭と根っこに分割し、それを1つずつ取り出すしかありません。

また、埋まってしまっている親知らずの場合は、歯茎や埋まっている顎の骨に抜くための道筋を作らなくてはなりません。それには歯茎を切開したり、顎の骨の一部に穴を開けたりする必要があります。こうした手術で動きにくい方向への取り出しなどが加わる分、真っすぐ生えている歯を抜く場合と比べると痛みや腫れが強くなることがあります。

また、親知らずは、その根っこが顎の中を通る大きな血管や神経の管に近い位置に生えることがあります。この場合、親知らずを抜くときの動きや力が管の方まで伝わり、痛みやすいことがあります」

「7番目の歯」守るためのケアを

Q.親知らずがあるものの、そのままでも大丈夫な人の場合、どのような点に注意して歯の手入れをしたらよいですか。

園田さん「親知らずを抜かなくてよいケースとは『清掃ができる生え方の場合』『虫歯などの大きな異常がない場合』『親知らずが全く生えておらず、清掃する必要がない(他の歯に影響を与えない)場合』です。親知らずは他の歯と同様、またはそれ以上にしっかり清掃をする必要がありますが、最も奥まった場所に生えるので、歯ブラシが当てにくく、清掃不良になりやすいです。

ポイントブラシやタフトブラシと呼ばれる毛の束が少ない歯ブラシを使用したり、鏡を見て確認したりしながら磨くことがポイントです。親知らずは他の歯と比べて、形や大きさ、生える向きなどに個人差が大きく現れるので、細かい清掃方法を歯科医院で指導してもらうことをおすすめします」

Q.親知らずを放置していたり、特に気にしていなかったりする人にアドバイスをお願いします。

園田さん「虫歯や炎症などにより、親知らずの治療が必要となった場合には、その治療が煩雑になったり、治療中に口を開けておくことが大変になってしまったりする場合が多いので、できる限り、虫歯や歯周炎を引き起こさないことが大切です。

しかし、それ以上に大切なのは、親知らずのトラブルが原因でその手前の歯(7番目の歯)に虫歯や歯周炎を引き起こさないようにすることです。正しい向きに生えないことが多い親知らずは人類の進化とともに顎が小さくなった分、退化の方向にあると思います。しかし、その手前の歯は、かむのに必要な力や機能を大きく発揮する非常に大切な歯です。そのため、親知らずを抜く必要があると判断する理由には、この『7番目の歯を守ること』が大きく考慮されます。

『もし、親知らずが虫歯や歯周炎になっても抜けばいい』と考えるのではなく、その手前の歯の健康まで考えて、治療しなくても済むよう、できる限り、しっかりと日々の清掃をすることを心掛けましょう」