札幌市教育委員会は、1993年3月に市内の中学校に通っていた女子生徒(当時)が翌1994年にかけて、同校の男性教諭からわいせつ行為をされたとする問題を巡り、この教諭(56)を1月28日、懲戒免職処分にしました。東京高裁が昨年12月、女性が起こした民事訴訟で、わいせつ行為を受けたことによる損害賠償請求は年月の経過によって、賠償請求権が消滅したとして棄却したものの、わいせつ行為は事実として認定したためです。

 刑事事件は殺人事件など一部を除いて「時効」があり、民事訴訟でも時効が問題になることがありますが、教員の懲戒については時効がないのでしょうか。そもそも、時効とは何のために存在するのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

地方公務員法に「時効」の規定なし

Q.時効というと、強盗事件などで「時効成立直前に容疑者を逮捕!」といった報道を思い出します。主な法律の時効を教えてください。

佐藤さん「時効は民法や刑法、刑事訴訟法などの法律に定められています。刑事事件に関する時効は大きく分けて、『公訴時効』『刑の時効』の2つがあります。

このうち、公訴時効は、犯罪行為から一定期間がたつと検察官が起訴することができなくなり、刑事責任を問えなくなるというものです(刑事訴訟法253条、250条)が、殺人事件の遺族などから、『公訴時効を見直してほしい』という声が高まり、法改正がなされ、殺人罪や強盗致死罪といった一部の犯罪については公訴時効が廃止、その他の犯罪についても公訴時効が延長されました。この改正刑事訴訟法は2010年4月27日に施行されています。ちなみに強制わいせつ罪の公訴時効は7年です。

民法上の時効は、大きく分けて『取得時効』『消滅時効』があります。このうち、消滅時効は法に定められた期間の間に権利を行使しないと権利が消滅するもので、例えば、債権者(お金を貸した人など)が権利を行使することができることを知った時(返済期日など)から5年間権利を行使しないと消滅時効が完成し、権利が消滅します(同法166条1項1号)。民法上の時効制度は、より分かりやすいものにするため改正され、2020年4月1日から、新しいルールが適用されています」

Q.なぜ、時効が存在するのでしょうか。

佐藤さん「時効は一般に『長期間経過することで証拠がなくなり(あるいは見つけにくくなり)、裁判で証明することが難しくなる』『長期間継続した事実状態を尊重し、法律関係の安定を図る』『権利を長く行使しない者は保護に値しない』といった理由から存在します。時間が経過しただけで、刑事責任を問えなくなったり、本来あったはずの権利が消えてしまったりするため、時効制度は一般国民、特に被害者には理解されにくい面があります。

しかし、時効制度をなくしてしまうと、例えば、関係者の薄れつつある記憶や古くなって劣化した証拠などに基づき捜査を続けることになり、冤罪(えんざい)を招く恐れが高まります。

また、軽微な刑事事件が発生し、数年かけて捜査したけれど証拠が集まらなかったような場合まで捜査を継続しなければならなくなるでしょう。警察や検察の人員には限りがあり、他にも捜査が必要な事件が次々に起こるため、永続的な捜査継続は現実的ではないといえます。従って、社会全体の利益を考えれば、時効制度には一定の合理性が認められるといえるでしょう」

Q.札幌市教委の件はなぜ、民事訴訟で「賠償請求権が消滅した」との判断が出たのに教諭は懲戒処分されたのでしょうか。

佐藤さん「地方公務員の懲戒処分については地方公務員法に定めが書かれていますが、時効の規定はないので、相当期間の経過後でも懲戒処分をすることが可能です。本件では、被害を訴える女性が2016年、札幌市教委に懲戒処分を申し立てたため、市教委は複数回にわたって聴き取り調査を行うなどしましたが、20年以上前のことであり、教諭が事実を否定したことから、市教委はそのときは事実認定ができずに処分しませんでした。

その後、被害を訴える女性が裁判を起こし、時間の経過によって訴えは棄却されたものの、東京高裁はわいせつ行為の事実を認定しました。市教委はこれを受けて再度、教諭を聴取しましたが、裁判所の認定を覆すには至らないと判断し、今回の懲戒処分に至っています。

ちなみに今回、裁判所が訴えを棄却した根拠は『除斥期間』20年の経過です。除斥期間は時効と同じく、一定の期間が経過すると権利などが消滅する期間のことですが、時効と違い、何らかの条件で中断することはありません。不法行為に基づく損害賠償請求権に関する除斥期間は2020年4月施行の改正民法で、消滅時効に変更されています」

Q.なぜ、地方公務員法には時効の規定がないのでしょうか。また、国家公務員法にも時効はないのでしょうか。

佐藤さん「地方公務員法にも国家公務員法にも懲戒処分の時効の規定はありません。公務員に対する懲戒処分は公務員の道義的責任を問い、公務員制度の信用や秩序を守ることを目的としています。そのため、相当期間が経過しても、公務員制度への信頼が失墜したままであるような場合には、目的達成のため、懲戒処分を下すことが可能になっていると考えられます。

問題となる行為から、どれだけ時間がたっても懲戒処分をできることによって、事実認定が困難となるなど難しい面はあるとは思いますが、大きな混乱なく運用されているように思います」

「30年前の被害」でも訴えられる?

Q.今回の札幌市教委の件で、教諭側が異議を申し立てるなど法的な対抗措置は取れるのでしょうか。それに関して、時効は関係してくるのでしょうか。

佐藤さん「懲戒処分を受けた教諭は人事委員会に、処分の違法性や不当性を審査するよう請求することができます(地方公務員法49条の2)。また、その判断に納得がいかなければ、教諭は懲戒免職処分の取り消しを求めて裁判を起こすことも可能です(同法51条の2)。

本件と類似の事案で裁判になり、一審(福島地裁)と二審(仙台高裁)で判断が覆った事例があります。一審は問題となる行為から20年以上の月日が経過したことを考慮し、懲戒免職処分を取り消しましたが、二審(仙台高裁)は『20年以上前のことであるとしても、極めて悪質な行為であって、県民の学校教育に対する信頼を根底から覆す悪質極まりないものであるから、処分は有効』であると判断しました。

一審、二審とも、問題となった行為から長期間経過していることを、懲戒処分を取り消すか否かの考慮要素としていますが、期間の経過をどれほど重視しているかに差があるようです。仙台高裁の考え方によれば、民事訴訟で時効が認められたとしても、懲戒処分の有効性判断への影響は限定的だと考えられます」

Q.もし、「30年前に先生からわいせつ行為をされた」「35年前に先生から殴られた」といった訴えを今から裁判所や教育委員会に主張した場合、認められる可能性はあるのでしょうか。

佐藤さん「30年、35年と時間が経過すると当時の記憶はあいまいになり、客観的な証拠も関係者も見つかりにくく、事実が認められにくいのは確かです。しかし、例えば、当時の日記が残っていたり、問題となる行為を目撃していた人の証言があったりすると、札幌市の件のように裁判所などで事実が認められ、懲戒処分につながる可能性はあるでしょう」