海外では、自らの非を認めるとすべての過失の責任を負う場合があるため、よほどでなければ認めようとしない人が多いものですが、日本では、自分に非があると思えば、素直に謝ることが是とされています。とはいえ、すべての日本人が自分に非があると思ったとき、素直に認めて謝ることができるわけではなく、中には、客観的に見て非があることが明確であっても意地でも認めようとしない人もいます。

「非を認められる人」「認められない人」の違いは、なぜ生じるのでしょうか。心理カウンセラーの小日向るり子さんに聞きました。

自分の論理で正義に変換

Q.自分の非を認められない人には、どのような人が多いのでしょうか。

小日向さん「プライドが高い人が多い傾向にあります。プライド自体は『自己の尊厳』なので決して悪いものではないのですが、高過ぎると、非を認めるということも含めて、周囲との調和が難しくなります。

さらに、非を認められない人は指摘を受けた際、『自分の正義』を主張してくることが多いです。例えば、仕事上で明らかに自分がミスをしていても、『でも、多忙な自分にこんな仕事を押し付けてきた上司が悪い』と『自分の正義』を守ろうとするのです。

そういう意味では、頭の回転が速く、いわゆる『弁が立つ』といわれる人も多いでしょう。このような特性は読書等による語彙(ごい)の蓄積といった頭脳的なものや、周囲の甘やかしといった環境面など、さまざまな要因が絡み合って形成されます」

Q.自分の非を認められない人は単純に、自分の非に気付いていないから認められないのでしょうか。あるいは、気付いているけど認めたくないのでしょうか。

小日向さん「すべての人に当てはまることはないですが、一般的に『相手が誰であっても絶対に非を認めない人』というのは自分の非に気付いていない、あるいは、先述したように、気付いているのに自分の論理で正義に変換してしまうことが多いです。

一方、相手によって非を認める場合と認めない場合を使い分けている人は、自分の非に気付いていることが多いと思います。例えば、恋人が自分とけんかになったときは絶対に非を認めないのに、自分以外とでは簡単に非を認めている場合、恋人が自身の非を理解した上で、相手との関係性や損得を計算して行動しているのでしょう。

自分に対してだけ、かたくなに非を認めず謝らない場合、恋人が自分のことを格下に見ていることも考えられます」

Q.非を認められる人と認められない人の違いは、なぜ生じるのでしょうか。

小日向さん「唯一の要因ではありませんが、賞罰の体験とそれに伴う意識は大きく関係していると思います。“賞”は非を認めて謝罪したら許してくれたり、非を認めたことを褒めてくれたりという体験と、それにより、『スッキリした』と感情が浄化される体験です。

一方、“罰”は自分が非を認めたことでつらい罰を受けた体験や、自分が非を認めたことで他人も巻き込み、苦しめたり混乱させてしまったりした“自責感情”を伴う体験です。多くの人は体験により、その後の言動が変わります。若いときは非を認めていた人が人生経験を積むにつれて、非を認めない人格に変化していくことはよくあることです。

特に、社会的に責任がある立場の人が非を認めなくなっていくのは、その地位がもたらすプライドの高さもありますが、その立場が背負う組織の大きさや背後にいる人の多さなども関係してきます」

Q.自分の非を認められない人は努力をすれば、非を素直に認められるように変わることができますか。できる場合、どのようなことをすればよいのでしょうか。

小日向さん「『非があると分かっているのに認められない』という自覚と反省があれば、変わることは十分に可能だと思います。まず、非を認めたくないときは『自分なりの正義』があるわけですが、それは『正義ではなく言い訳だ』と自覚することです。

仕事でミスをした際の『だって、指示の仕方が悪いから』、遅刻をした際の『そもそも、分かりにくい場所を指定した方が悪い』はすべて言い訳です。まずは日常で『でも』『だって』の思考をやめるよう意識することから始めましょう」

Q.職場で自分の非を認められない人と一緒に仕事をする場合、どのように接したり、仕事を分担したりすれば、円滑に仕事を進めることができますか。

小日向さん「このタイプの人は『非を認めろ!』と上から押し付けることをすると意固地になり、反発してくる可能性が高いです。『自分はこのように思うのだけど、どうだろうか?』などと提案するように接する方がよいでしょう。そこで自分の正義を主張してくることは想定内として、いったんは受け止めましょう。

また、非を認めない人は口のうまさで、その場を乗り切ろうとする傾向があります。『今はそれでよいかもしれないが、このまま非を認めないでいるとどうなるか』と未来を想像させると本人への気付きになることがあります」