ゴルフの松山英樹選手が4月11日、ゴルフ界世界最高峰とされる大会、マスターズ・トーナメントで初優勝しました。日本人男子で初、女子を含めても日本人3人目のメジャー制覇という快挙です。マスコミ各社も大きく報道しており、快挙だということは分かりますが、ゴルフに詳しくない人が見ると「どのくらいすごいのだろう?」と想像のつかない面もあるようです。

「マスターズ優勝」の価値やその経済効果について、スポーツビジネスにも詳しい一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事の江頭満正さんに聞きました。

2000億円近い経済効果

Q.そもそも、「マスターズ」とはどのような大会、位置付けで、優勝することはどのくらいすごいことなのでしょうか。

江頭さん「マスターズは、男子ゴルフ界における世界の4大メジャー大会の中でも最も権威ある大会です。テニスで例えるならウインブルドン、野球で例えるなら大リーグのワールドシリーズといえるでしょう。

その理由は、このトーナメントの創設者にあります。創設者ボビー・ジョーンズ(1902〜1971年)は28歳の時、1930年当時4大タイトルだった『全英オープン』『全米オープン』『全英アマチュア選手権』『全米アマチュア選手権』を同一年度にすべて制覇したのです。メディアはその偉業を、完全制覇を意味する『グランドスラム』と呼ぶようになりました。

現役を引退したジョーンズは、ゴルフコースを造りました。それがオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ(米ジョージア州)で、このコースに世界中から名だたるゴルファーを招待してトーナメントを開催することにしたのです。こうして誕生した『マスターズ』はゴルフ界の『神』であるボビー・ジョーンズの影響力もあり、メジャー大会となりました。

現在の4大メジャー大会のうち、マスターズ以外の3大会は開催コースが毎年変わりますが、マスターズはボビー・ジョーンズが造ったオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブで毎年開催されることになっています。そして、マスターズに招待されるのは、世界各地の主要大会優勝者など限られた名手(マスター)だけです。その中で優勝するということには、大きな価値があるのです。

開催地がジョージア州というアメリカ南部ということもあって、開始からしばらくは白人のみの参加でした。それもあって、アジア人の制覇も松山選手が初めてです。日本の男子ゴルフ界を長くけん引してきた青木功さん、尾崎将司さん、中嶋常幸さんも何度も挑戦してかなわなかった夢だったのです」

Q.オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブのコースはとても難しいと聞きます。

江頭さん「名手であるボビー・ジョーンズが考えに考えて造ったこともあり、起伏に富み、攻略の難しいコースです。マスターズを5回制覇しているタイガー・ウッズ選手も、2020年の大会では、パー3のホールで10打という事態に陥ったことがあります。松山選手も最終日、池に落とす場面がありました。そういう難コースを制しての優勝ということも快挙といえる理由の一つです」

Q.松山選手の優勝は日本のゴルフ界にどのような影響を与えるでしょうか。

江頭さん「まず、幅広い年齢層や女性層がゴルフに関心を持つことが期待できます。2019年12月にCCCマーケティングが実施したゴルフに関する調査によると、ゴルフをする人は60〜70代の男性が41%、40〜50代の男性が30%と7割以上が40代以上の『おじさん』でした。女性ゴルファーは全年代を合わせても20%にすぎませんが、この比率に変化が起きるかもしれません。

また、この調査では『ゴルフを1年以上していない』人たちにもアンケートをしているのですが、その層が松山選手の優勝をきっかけにゴルフを再開する、もしくは始める可能性があります。『ゴルフを1年以上していない』という人の中に『過去にゴルフをしたことがある』と回答した人が29%、『ゴルフをしたことはないが、関心がある』人が17%いて、この人たちは『潜在ゴルファー』といえるからです。

その潜在ゴルファーやゴルフ未経験者がゴルフをしない理由の85%が『ゴルフ用品が高いから』(同調査結果より)なのですが、コロナ禍でリモートワークが増えたことで、多くの人が通勤時間から開放されて時間的余裕が生まれ、東京都だけで2兆5500億円近くの経済効果がありました(2020年12月〜2021年2月末、江頭試算)。このリモートワークで生まれた余裕と松山選手の優勝、3密にならないというゴルフならではの環境、そして、初夏を迎えるタイミングと好条件は整っています。潜在ゴルファーである46%が動き出してくれることに期待します。

ちなみに『小学生がなりたい職業』の調査で近年、バスケットボール選手が上位に入ることが増えています。NBAで活躍する八村塁選手の影響があるのでしょう。だとすれば、松山選手のメディア露出がこれまで以上に増えることによって、子どもたちの『憧れの的』になることも考えられます。今回の優勝賞金が2億2697万円だったこともあり、子どもにゴルフを習わせる親が増えることも考えられそうです」

Q.松山選手のマスターズ優勝による経済効果はどのくらいだと考えられますか。

江頭さん「2021年4月から1年間に発生する経済効果は1957億9000万円と試算できます。日本のゴルフ人口は580万人(レジャー白書2020)で、ゴルフ用品とゴルフ場での1人あたりの消費額は6万9900円(矢野経済研究所)でした。これが松山選手の優勝により、ゴルフ人口が10%増加し、消費額が10%増加すると仮定すると、国内でのゴルフ関連消費額の増加は851億6130万円となります。

アジア諸国の中で、100カ所以上のゴルフ場が稼働している国(中国、韓国、タイ、マレーシア、インドネシア)のゴルフ人口の合計は633万人になります。これが松山選手の優勝によって、ゴルフ人口が5%増え、消費額が5%増加すると仮定すると、アジア諸国でのゴルフ関連消費額の増加は453億6500万円となります。

松山選手優勝による日本とアジア諸国のゴルフ関連消費額の増加は1305億2600万円となり、一次波及効果と二次波及効果を合わせると1957億9000万円になります。この経済効果試算には、松山選手のスポンサー増加や獲得賞金は含んでいません。市民ゴルファーの消費増加だけを計算しても、これだけの規模になるのです」

Q.松山選手の活躍はゴルフ界以外も含めたスポーツ界にどんな影響を与えそうでしょうか。

江頭さん「スポーツにおいては『日本人は体も小さく、世界レベルにはなりにくい』と思われてきましたがそれが大きく変わるでしょう。野球、サッカーはもちろん、テニスの大坂なおみ選手、錦織圭選手、バスケットボールの八村塁選手、バドミントンの桃田賢斗選手、水泳の池江璃花子選手ら、世界レベルのアスリートが活躍する種目が多くなりました。

東京五輪出場が決まっているアスリートも発展途上のアスリートも、松山選手の優勝で勇気づけられると思います。『日本人には難しいといわれる大会でも世界一になれるんだ』と思える要因の一つになったことは間違いありません。今まではアスリートの夢といえば『オリンピックに出て(金、銀、銅いずれかの)メダルを取ること』でしたが、これからは明確に『世界一になること』が夢になると思います。

松山選手の優勝で、日本人に死角がなくなってきました。スポーツもものづくりも科学もビジネスも、世界一を狙うことが『特別な夢』ではなく、『身近な目標』に変わっていくと思います」