東京都に4度目の緊急事態宣言が発令される中、東京五輪が7月23日から8月8日まで、大半の会場で無観客で開催されます。これまでに、菅義偉首相は「安心・安全な大会を実現していく」と何度も強調してきたほか、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長も7月17日の記者会見で、「世界で最も制限されたスポーツ大会で、これほどまでの厳しいコロナ対策はない」と、大会の安全性をアピールしました。

 しかし、空港での検査や合宿先、選手村で、選手や大会関係者の陽性が判明するケースが続出しているほか、来日したばかりの大会関係者らが選手村の周辺を自由に出歩く姿も目撃されており、感染対策が不十分といった指摘もあります。ネット上では「いくら『安心・安全』と言われても…」「地獄の祭典が始まる」「選手村でクラスターが発生しそう」「コロナの祭典にならないことを願う」など、選手らへの感染拡大を懸念する意見が寄せられています。

 もし、選手や大会関係者、ボランティアが新型コロナウイルスで亡くなった場合、主催者である大会組織委員会は法的責任を問われるのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

主催者の安全配慮義務

Q.そもそも、スポーツや音楽などのイベントの開催中に事故やトラブルが発生して、参加者が何らかの損害を受けた場合、主催者側に損害賠償を請求できるのでしょうか。

牧野さん「主催者側の安全管理が不十分だったことで参加者に何らかの損害が生じた場合、『安全配慮義務違反』(1975年2月25日最高裁判決)として、参加者は主催者に対し、損害賠償を請求できる可能性があります。

また、民法717条で『土地の工作物の設置または保存に瑕疵(かし)があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う』と定められているので、施設の管理上の不備が原因で顧客に損害を与えた場合についても、主催者側は損害賠償の責任を負う可能性があります」

Q.主催者がイベントの開催にあたり、「開催中に起きた事故やトラブルについて一切責任を負わない」といった説明書きを契約書などに記載した場合、その書類は有効となるのでしょうか。

牧野さん「『事業者=イベント主催者』と『顧客=消費者である観客』との間で締結された契約については『消費者契約』となります。この場合、事業者が一方的に有利に定めた、消費者に不利な契約条件に対して、消費者を保護する『消費者契約法』が適用されるため、『事故やトラブルがあっても一切責任を負わない』といった説明を記載した契約書や誓約書、免責同意書は無効となる可能性が高いでしょう(同法8条)」

Q.無効となる可能性があるにもかかわらず、なぜ、イベントの主催者は消費者に対して、免責の旨を記載した書類に署名するよう求めるのでしょうか。

牧野さん「顧客がリスクを認識していれば、法律的には『危険の引き受け』を行ったと解釈され、顧客の過失の割合に応じて主催者の損害賠償額が控除される『過失相殺』となり、損害賠償額が減額される可能性があるからです(民法418条、過失相殺)。

今回の東京五輪でいうと、主催者が一部の有観客競技のチケットを購入した顧客(消費者)に対して、免責同意書などに署名をさせた場合、先述の消費者契約法が適用され、書類が無効となる可能性が高いです。それでも、さまざまなイベントの主催者は過失相殺を狙って署名をさせるでしょう。

しかし、無観客競技で顧客(消費者)がいない場合、参加者は選手や大会関係者、ボランティアのみとなるので『事業者対消費者』の図式に当てはまらず、消費者契約法は適用されません。そのため、参加者(選手など)が免責同意書など、免責の旨が記載された書類に署名をした場合、その書類は法的に有効だと思います」

Q.では、東京五輪の開催中に選手や大会関係者、ボランティアが新型コロナウイルスや熱中症にかかって死亡、もしくは療養を余儀なくされた場合でも、選手らが事前に免責同意書などを提出していた場合、主催者側は法的責任を免れるのでしょうか。

牧野さん「東京五輪の主催者には、参加者(選手、大会関係者、ボランティアなど)や観客の健康、安全に配慮して興行を実施する安全配慮義務があります。主催者側の不十分な対策によって、東京五輪の参加者や観客が万が一、新型コロナウイルスに感染したり、熱中症になったりして、死亡、あるいは療養を余儀なくされた場合、安全配慮義務違反に該当し、主催者側は参加者や観客に対して損害を賠償する責任を負う可能性があります。

ただし、先述のように、参加者(選手、大会関係者、ボランティアなど)が事前に免責同意書など、免責の旨を記載した書類に署名をしていた場合、東京五輪の主催者は原則として、賠償責任を免れるでしょう。また、一部の有観客競技の観客が事前に免責同意書などに署名をしていた場合、過失相殺で主催者側の賠償が減額される可能性があるでしょう」

Q.新聞などの報道によると、IOCは「感染症などのリスクについては参加者の自己責任」というスタンスのようで、五輪の参加者に対して、自己責任での参加の旨を記載した同意書への署名を義務付けているようです。この場合も、同意書は法的に有効なのでしょうか。

牧野さん「先述のように、主催者と参加者間の合意が消費者契約に該当しなければ、同意書は原則として法的に有効となるでしょう」

Q.東京五輪の開催前で、すでに新型コロナの新規感染者数が増加に転じているため、人の往来が増える五輪開催中は、さらなる感染者の増加が見込まれます。もし、大会期間中に選手や大会関係者などの間で感染者が続出し、競技や五輪そのものが中止となった場合、主催者側は法的責任を問われるのでしょうか。

牧野さん「感染のまん延が、感染防止措置の不徹底など主催者側に過失がある場合(安全配慮義務違反)や、観客やIOCなどと別途契約があれば別ですが、新型コロナ感染のまん延を防ぐために中止せざるを得ない場合、主催者の責任に帰すべき事由がありません。原則として、主催者側は、中止によって発生した損害について責任を負うことはないでしょう(民法415条1項)」