東大は言うまでもなく、日本の最難関大学ですが、その合格者数学校別ランキングに近年、異変が起きています。ランキングトップは40年連続の開成(東京)で変わりはありません。平成と令和の時代、いずれもトップを独占していますが、上位10校(トップ10)や、そこに迫る11〜20位の顔ぶれを見ると大きく変化してきています。昭和期からの流れを振り返ってみましょう。

最多だった日比谷、制度変更で激減

 もともと、東大ランキングは昭和20〜40年代前半までは、東京の都立高を中心とした東京圏の公立高が圧倒的に強かったのです。中でも、日比谷高校は今の開成のようにずっとトップを走っていました。前回、東京五輪が開かれた1964年には193人合格で、日比谷として、最も合格者が多い年となりました。

 ところが、都立高の「学校群制度」導入で、都立高の東大合格者は激減します。学校群制度とは、複数の高校で「群れ」をつくり、その群の中で学力が均等になるよう合格者を振り分ける方法で、有名公立高に優秀な生徒が集中することがなくなる制度です。このような制度は東京以外でも実施され、各地で公立高の大学合格実績が見る見る下がりました。代わって台頭したのが国立、私立の中高一貫校です。

 東大合格者数ランキングのトップ10の推移を見ると、1993年に県立千葉高校が56人合格で9位に入ったのを最後に、公立高が姿を消しました。くしくも、この年はかつて、東大合格者トップを独占していた日比谷の合格者が1人になった年です。日比谷の合格者数は底になったわけです。

公立高改革が成功

 しかし近年、その公立高から東大合格者が増えてきているのです。1999年には公立高からの合格者の割合は34.9%でしたが、今年は38.9%にまでアップしています。こうなってきた理由は公立高改革の成功です。

 学校群制度は1982年に東京で廃止となるなど、姿を消しましたが、都道府県内を幾つかの「学区」に分割して、居住している学区内の公立高校にしか原則として進学できない「学区制」は全国で続いていました。しかし、現在は多くの地方自治体で、学区制を撤廃しています。東京も2003年の高校入試から学区制をなくし、都内全域から、希望する高校へ進学できるようになりました。

 さらに、東京では「進学指導重点校」を指定して予算を多めに配分し、大学進学に力を入れる学校づくりを始めました。日比谷もそのうちの一校です。他にも、都立の中高一貫校を設置しました。このような公立高改革は東京だけで行われたわけではありません。いろいろな自治体で実施され、東京を含む各地で、公立高の大学合格実績が伸び始めたのです。

日比谷がトップ10に復活

 日比谷は2018年に東大合格者が48人になり、9位に入って、トップ10に復活しました。1970年以来48年ぶりにトップ10入りを果たしたのです。表を見てください。今年のデータを見ても、日比谷は63人合格で9位に入りました。60人を超えるのは、99人合格を果たした1970年以来のことです。

 他の公立高でも、11位に横浜翠嵐(神奈川)50人、15位に県立浦和(埼玉)46人、20位には愛知の旭丘、岡崎の公立トップ2校が入りました。このように公立高の躍進が目覚ましいことが分かります。

 また、中高一貫校も顔ぶれが変わってきました。トップ10の常連だったラ・サール(鹿児島)が2009年を最後にトップ10から姿を消し、同じく、国立の東京学芸大付属(東京)も2018年を最後にトップ10から落ちています。代わりに台頭しているのが共学の私立中高一貫校です。

 もともと、東大ランキングトップ10は男女別学校が多いのが特徴です。その中で、渋谷教育学園幕張(千葉)は2012年に初めてトップ10入りしてから、トップ10を維持しています。今年は西大和学園(奈良)が初めてのトップ10入りを果たし、6位でした。

 また、今年は16位ですが、2019年に初めてトップ10入りを果たしたのが久留米大付設(福岡)です。久留米大付設はかつては男子校でしたが、2005年に高校、2013年に中学を共学化。2019年は女子の中高一貫生が初めて卒業した年でした。

 このように、東大ランキングも教育界の動きや社会の動きに影響を受けながら、変わりつつあります。私立中高一貫校の顔ぶれの変化、公立高の躍進など、今後も大きく動いていきそうです。