駅の階段には、その中央で「上り」と「下り」に通路を分け、乗客の通行がスムーズに行えるようにしている所もあります。しかし、利用客が多い駅の場合、階段の「下り」の境界を越えて、「上り」のスペースに利用客がはみ出し、階段を上ろうとする利用客とぶつかってしまうケースもあるようです。衝突して、どちらか、あるいは両方がけがをした場合、法的な責任はどちらにあるのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

「境界」に法的根拠はない

Q.階段の「下り」の境界を越えて、「上り」のスペースに利用客がはみ出し、階段を上ろうとする利用客とぶつかってしまった場合、はみ出していた下りの客と上っていた客(上りのスペースを使用)、どちらに法的責任があるのでしょうか。

佐藤さん「階段を上り下りしていた者同士が、ぶつかっただけで、いずれもけがをしていないのであれば、境界をはみ出した下りの利用客も、ルールを守っていた上りの利用客も法的責任を負うことはないでしょう。階段や駅通路の境界は、鉄道会社が乗客の利用状況や階段の位置、駅の出入り口、改札からの流れなどを考慮し、乗客がスムーズに動けるように駅ごとに決めたルールです。

そのため、これ自体に法的根拠があるわけではなく、このルールに従わなかったことによって、直ちに法的責任が生じることはありません。しかし、多くの利用客が行き交う駅で、スムーズに通行するために定められたものなので、駅を利用する際は、矢印の向きに注意しながら、ルールに従って通行することが大切です」

Q.どちらかがけがをした場合、法的責任はどうなりますか。

佐藤さん「誤ってぶつかり、けがをさせてしまった場合、相手から、治療費や慰謝料などの損害賠償請求をされる可能性があります。また、被害者側が刑事罰を求めて告訴した場合、過失傷害罪(刑法209条)に問われ、30万円以下の罰金、または科料が科される可能性もあります。法的責任については、上りか下りかにかかわらず、けがをさせた方に責任が発生します。

損害賠償の金額を決めるときは、当事者双方の不注意の割合(過失割合)が問題になります。階段の『下り』の境界を越えて、『上り』のスペースにはみ出していたことは、はみ出していた利用客の不注意と認められるでしょう。一方、たとえはみ出していなかったとしても、上りの利用客の側も前方を十分確認していなかったり、スマホをいじりながら上っていたりすれば、不注意の程度は大きくなります。

過失割合を判断する際には、歩くスピードや当事者の体格、年齢なども含め、ぶつかった際の具体的状況が総合的に考慮されるため、階段の『下り』と『上り』の境界を越えたことだけで、どちらの責任がより重くなるかは判断できません。しかし、境界を越えたことが、不注意の程度を高める一つの要素として考慮されることになるでしょう」

Q.両方がけがをした場合、法的責任はどうなりますか。

佐藤さん「両方がけがをした場合、境界をはみ出した下りの利用客も、ルールを守っていた上りの利用客も相手に対して、損害賠償請求することが可能です。両方とも、かかった治療費の金額などは異なるので、それぞれが損害額を請求し、実際に支払われる賠償金額は、先述した過失割合を考慮して決められます」

Q.上りの乗客の中には「自分は正しいのに、なぜ、道を譲らないといけないのか」と思い、階段を下りてくる乗客にわざとぶつかるケースもあるようです。道を譲らずぶつかった乗客に法的責任はあるのでしょうか。

佐藤さん「わざとぶつかった場合、道を譲らず、故意にぶつかった側が暴行罪(刑法208条)に問われ、2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金、または、拘留もしくは科料になる可能性があります。

『上り』や『下り』のルールを守らないことはスムーズな通行を妨げ、危険な行為ですが、だからといって、ルールを守らない人に対してわざとぶつかれば、相手が倒れてけがをしたり、倒れた際に周囲の人を巻き込んでしまったりする可能性があります。自分が正しいと思っても、さらに危険性の高い悪質な行為ですから、やめるべきです」

Q.私たちも日常で駅を利用し、通路の境界を越えて通行し、道を譲らない人に出会う可能性はあると思います。トラブルを避けるためにも、どのように対処すればよいですか。

佐藤さん「自分自身は原則として、境界のルールを守って通行し、もし、ルールを破った人が前からやって来た場合には、なるべくぶつからないよう距離を取るようにしましょう。ルールを守らない人に対して不快な感情を抱くこともあるかもしれませんが、自分自身も道を譲らないと接触、衝突につながり危険です。

ルールを守りながら、可能な限り、譲り合いの精神を持って行動することが大切だと思います」