ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、ジョン・レノン、ポール・マッカートニーというビートルズの4人と身近に接し、そしてジョージの妻だったパティとリンゴの元妻モーリーンとは幾多の試練を乗り越えて変わらぬ友情を保ち続けた女性がいる。

 それはクリス・オーデルである。彼女はロサンゼルスでビートルズの広報マン、デレク・テイラーと知り合い、1968年に英国に渡り、それから約2年間、アップルの秘書として働いた。グループ解散後もジョージのアシスタントとして働いた経験などもある。

 クリスはアーティストの創作意欲を刺激したミューズでもあった。ジョージは彼女から電話がかかってこないことを題材に「ミス・オーデル」という作品を残した。

 クリスがアップルで働き始めたのは'68年の5月のこと。数年前には高校生でビートルズの曲で踊っていた自分がファンタジーの世界にいた4人と現実に接するなんてと思うと「畏敬の念に打たれてしまった」(2021年12月28日付ウェブサイト「Tucson.com」)。

 デレクがポールにクリスを紹介すると、ポールは笑顔を見せて挨拶をしたが、かたや彼女は緊張のあまりその場で固まってしまった。その頃のポールは毎日のようにオフィスにやってきて、皆に声をかけて回ったりして、長時間過ごしていたという。

 そして初めて会った実物のジョージは驚くほど「超魅力的」、アップで見ると「超男前」で、やや片側に寄った笑みは「信じられないくらいセクシー」だった、と彼女は『ミス・オーデル〜クリス・オーデル回想録』(レインボウブリッジ刊)で記している。

 クリスは「ビートルズと過ごした期間に、私は音楽が生まれる魔法の瞬間に幾度も居合わせました」という。彼女は'69年1月30日のアップル本社ビル屋上でのいわゆる「ルーフトップ・コンサート」などを挙げた。ビルの構造が弱く全員は屋上に上がれないといわれていたが、広報担当トニー・バーロウの「アシスタント」として許可されたという。

 そしてポールが「ゲット・バック」で「ジョジョはアリゾナのツーソンの家を出た・・・戻るんだ、元居た場所へ」と歌っているのを聞き、「私は、彼らが私を排除しようとしているのだと思った」。というのもクリスはツーソン出身なのだ。

 クリスはアップルで働いていた期間の最後の数カ月、ロンドン郊外のフライアー・パークでジョージとパティと暮らした。そこでの生活は、朝食――たいていポリッジ(オートミールを使ったおかゆ)で卵、そしてお茶――の後、ジョージは着古したシャツとズボンという姿で、庭いじりをして過ごしていた。昼間はよくキッチンでギターを弾いていた。

 ビートルズの4人の絆に綻びがはっきりと見えたのは、アラン・クラインが'69年2月にアップルに介入してからだったとクリスはいう。クラインを推したジョン、ジョージ、リンゴと反対したポールとの間に溝が出来てしまった。アップルのオフィスに頻繁に顔を出していたポールもほとんど来なくなった。そしてポールからクリスは「ジョージ陣営の人」だとみなされてしまい、ポールとは疎遠な仲になってしまったという。

 クリスは、'70年4月10日、ポールが抜き打ちで「ビートルズ脱退宣言」ととられるコメントをプレス用に出したのをデイリー・ミラー紙がすっぱ抜いた日のことをはっきりと覚えているという。ジョージは世間の人と同じく新聞を読んで「ビートルズの終焉(しゅうえん)」を知ることになり「激怒」していた。その日のうちにジョンが立ち寄り、ジョージと何か話し合っていたという。ヨーコ・オノが横にいないジョンを初めて見たとクリスはいう。

 クリスは、ジョージは相当な「すけこまし」だったという。ジョージはリンゴの妻モーリーンと不倫をしていたとクリスはいう。ある冬の日の朝、ジョージはフライアー・パークで「モーリーンに恋している」と告白した。後日、リンゴにも気持ちを告げたという。するとリンゴは「どこの誰か分からないやつより、キミのほうがマシだよ」と答えたという。

 '74年初めに親友エリック・クラプトンからパティと親密な仲になったと告白された後のこと、ジョージはクリスにロサンゼルスに行ったら、ダーク・ホース・レコードの秘書だったオリビアの写真を撮ってきてくれと頼んだという。ジョージはクリスに言った、「強い絆を感じるんだ・・・声も美人だから実際も同じくらい美人なのか知りたいんだよね」。

 ジョージとパティは'77年6月に正式離婚。翌年9月、オリビアと結婚する。パティと親密になっていたクリスは複雑な気持ちだったようだ。ただ、クリスが見ても、オリビアといる時のジョージは幸せそうで、やきもちが焼けるほどだったという。

 '74年にはクリスはリンゴと深い仲に陥ってしまった。頭がよく直観力に優れたモーリーンは感づき、クリスは不倫を認めざるを得なかった。クリスは、モーリーンこそ最初にジョージと不倫をして種をまいたのではないか、と自分を慰めたり、あんな気持ちにさせたリンゴにも責任があるのではないか、と考えたりしたという。

 同年秋から冬にかけてのジョージの北米ツアーではジョンとポールがショーを見に来た。ツアー終了5日前のナッソー・コロシアム公演をジョンと愛人のメイ・パンが訪れた。クリスは一緒に見ていたが、「ジョンは笑顔を絶やさず、ずっと足で拍子をとっていました。自分の弟がタッチダウンを決めるのを鼻高々に見ている兄貴のようだった」と回想している。

 そのコンサートの後、ホテルにジョージとジョンがいたが、そこにリンゴとの離婚が正式に決まったばかりのモーリーンが加わったという。モーリーンが話すことといえばリンゴのことばかり。一方、ジョージとジョンは昔話に興じていたという。

 ツアー最終日にはポールとリンダがマディソン・スクエア・ガーデンにやって来た。クリスは記した――「(二人は)かつらや化粧で変装していた。ポールは偽のヒゲをつけていた」。

 ジョージは過去にこだわって生きるのが嫌いだったが、ポールは「自分の過去はファンにとって非常に重要であることを認識していた。同じ質問に答え続け、同じ音楽を演奏し続けています。ポールはビートルズにとって最高の宣伝マンです」(クリス)。

 クリスは、ポールの歌に従い(!?)、故郷アリゾナのツーソンで穏やかに暮らしている。

文・桑原亘之介