「新ドキュメンタリー『The Beatles:ゲット・バック』はビートルズでなければ成立しなかったと思います。ジョン・レノン、ポール・マカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター―この4人への興味の度合いは並外れたものだと感じました」。

 「ローリング・ストーンズで同じようなドキュメンタリーが作られたとしても見たい人は限られるでしょう」。そう語るのはブロードキャスターのピーター・バラカンさん。

 バラカンさんは11歳の時にビートルズと出会い、強烈な印象を受けてから彼らをリアルタイムで聴き続けたファンである。そして1964年初めにビートルズのライブ(クリスマス・ショー)をロンドンで観た貴重な経験を有してもいる。

 今回のドキュメンタリーの基ともいえる’70年公開の劇場映画『レット・イット・ビー』については「いくらビートルズが好きだといっても、興奮できるものではなかった。映画は一度見たけれど全然面白くなかった」とバラカンさんは語る。

 同名アルバムについては、「すでに解散が決まっていて、期待感なかった。ぼくは白けた感じでアルバムを聴きました。当時はいいとは全然思わなかった」。

 バラカンさんによると、アルバムに関して当時まことしやかにいわれていたことは、「出荷はプラチナ、返品はゴールド」。つまり半分、50万枚は返品されてきたと。

 さらにバラカンさんはいう。「日本ではロックが日本にリアルタイムで入ってくるようになったのが '70年ころという人たちがいて、一番好きなアルバムが『レット・イット・ビー』だという人が多い。最初に聴いたロックアルバムだからだろう」。

 そんなバラカンさんだが、今回のドキュメンタリーについては5分間の予告編を見た時に「あまりに雰囲気が違う」ことに驚かされた。そして印象が変わった一因として、コンピューター技術によって画像と音声がものすごく良くなったことを挙げた。

 新ドキュメンタリーは8時間弱という作品になったが、「もし短く編集されてしまっていたらわからなかったと思うディテイル(詳細)におもしろい場面がいろいろある。見てから『なるほどなあ』と思いました」とバラカンさん。

 バラカンさんが約8時間の中で最も驚いたのは、ジョージが一時セッションを離脱した後、ジョンとポールがスタジオのカフェテリアで相談するのだが、そこの花瓶にマイクが仕込んであり、2人がジョージのことを話し合っている場面だという。

 ジョンもポールもジョージが戻ってこないとは思わなかったと思う、とバラカンさん。「説得の末、ジョージが戻ってくると彼らの態度が変わることが見て取れる。4人は10年以上もずっと一緒にいて仲が良く、夫婦のように遠慮など一切なく思ったことを言い合える仲だったが、ジョージが戻った後は、彼らは遠慮している感じだった」。

 それまではジョンとポールが曲作りにおいて緊密に協力している一方で、ジョージが「しらけた顔」をしていたのが印象に残っていた、とバラカンさん。「ジョージの曲はまともにとりあげてもらえない。ビートルズは圧倒的にジョンとポールの曲」だからだ。

 また、興味深いディテイルでは、新曲「ゲット・バック」を創り上げていく場面で、ジョンがイントロでギターの弦を叩いて音を出していて、だんだんと強くしていく様子が映っており、ものすごく気を配って細かいことをやっていることがよくわかったという。これらの創造過程を見ることが出来て思ったのは、「4人のクリエイティヴな人たちが集まると魔法のように見事に曲が出来上がって来るのがわかった」ことだという。

 停滞気味だったセッションががらりと変わる、ひとつのきっかけはビリー・プレストンの参加だったことがよくわかるとバラカンさんはいう。ジョンが彼をビートルズのメンバーにしたがったぐらい「感度よく、セッションがうまくいくようになった。彼はいわばお客様で、みんな行儀がよくなり、スタジオの雰囲気が良くなった」。

 あるいはジョンとヨーコ・オノ。スタジオのコントロール・ルームに集まったビートルズらがプレイバックを聞いている場面があって、ジョンの右横に座っているヨーコがチューインガムをジョンに渡そうとして難儀する場面もおもしろい、とバラカンさん。

 『ホワイト・アルバム』のレコーディング時、ジョンがヨーコをスタジオなどに連れてきてから「違和感」があるなどと、彼女は「悪者」扱いされてきたが、バラカンさんは、「ヨーコがジョンにとってどれだけ大切な存在だったかということはだいぶ後になって初めて分かりました。そしてヨーコがどれだけメディアの犠牲になってきたかがわかった」。

 ニューヨーク・タイムズ電子版2021年12月8日付の「ヨーコ・オノがビートルズを混乱させるという抜群の見世物」という見出しの評論家アマンダ・ヘスによるレビューの中で、「ヨーコがずっといて、全然しゃべらない。彼女はパフォーマンス・アートをしていたのではないか? そのための無表情だったのでは?」と書いた。

 バラカンさんは、「そういう風にとられてしまうくらいにヨーコの存在は大きかった。彼女はコンセプチュアル・アートをずっとやってきたから、無関心そうにしているのも部分的にはそういう(彼女のアートの)要素があったのかもしれない」と述べた。

文・桑原亘之介