もし目が見えなくなったら…、誰でも一度はそんなことを考えたことがあるはず。しかし、どんなに目を閉じたり部屋の明かりを消したりしても、慣れた場所や微かに光を感じる場所ではいつもと同じように身動きが取れてしまうため、見えない感覚を味わうのは難しいかもしれない。では、はじめて訪れた場所でどんなに目を凝らしても何も見えなかったとき、人は何を感じ、どう行動するのか。そんな未知の感覚を体験できる「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の魅力に迫る。

世界的ムーブメントのダイアログ・イン・ザ・ダークとは?


昨年11月に明治神宮外苑にオープンした常設展『内なる美、ととのう暗闇』の入り口。この壁の向こうに完全なる暗闇が存在する。

その名の通り「暗闇での対話」をコンセプトとするダイアログ・イン・ザ・ダーク(略称:DID)。数名のグループで純度100%の暗闇空間に入り、視覚障がい者の案内のもと、さまざまな体験をしながら対話を楽しむソーシャル・エンターテイメントだ。
1988年にドイツの哲学者 アンドレアス・ハイネッケ氏によって発案され、これまで世界約50カ国で開催。延べ800万人以上が体験した世界的なムーブメントとなっている。

今回筆者は、日本の文化と禅をベースにしたプログラム『内なる美、ととのう暗闇』を体験。エンターテイメントとして楽しめるのはもちろんだが、マインドフルネスで心とからだを落ち着かせて、チームメンバーや自分自身と対話することができた。暗闇の中で、人の姿形が見えると錯覚する想像力豊かな人がいたり、水面に触れてやわらかいという感想を持つ人がいたりと何が起きるかは人それぞれ。筆者はなぜか、体験後にそこはかとなくポジティブで清々しい気分を味わうことができた。このように、DIDを体験するだけで世界が変わって見えるのは一体なぜか。近年は、小・中学校でもオリンピック・パラリンピック教育や障がい者教育としてDIDが行われるほか、チームビルディングやダイバーシティ向上、SDGsへの理解促進などの目的で研修にDID取り入れる企業が増えているという。

そこで今回は、1999年から国内でDIDを展開してきた一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事の志村季世恵さんに、この「暗闇での対話」が人々にもたらす秘密について伺った。

真っ暗闇に入ると、なぜか人のことが好きになる!?


セラピストでもある志村さんは、30年間で4万人以上のカウンセリングやターミナルケア(余命わずかな人の心のケア)に携わってきた。

――― 今回、『内なる美、ととのう暗闇。』を体験させてもらいましたが、体験後の今、とてもポジティブな気分で、電車で隣にいる人や道ですれ違った人さえも大切な存在のように思えてしまいそうです(笑)。 これは、DIDにセラピーのような効果があるということでしょうか?

私は元々セラピストの仕事をしていたのですが、心に悩みを抱えているとき、人って、自分や他人を肯定できるとどんどん元気になれるんですよ。DIDのプログラムには、暗闇の中で色々な体験をしながら、みんなで手を繋いで助け合ったりしていくうちに、まわりの人の大切さに気付いたり、自分も誰かの役に立つ存在だと気付ける効果があると私は思います。

DID発案者のハイネッケが言っていたのですが、どの国でも「I’m here」という言葉が必ず出るそうです。普通に生活していて「私はここにいるよ」なんて主張することなんてほとんどありませんが、ちゃんと存在していることを伝えられるって、ある意味、素敵だと思いますね。

――― 暗闇にいると、誰かに助けてもらうことや誰かを助けることが当たり前なので、困ったときはとても素直に「助けて」とも言えました。

普段、困っているときに「助けて」と言えないからみんな苦しくなってしまうのですが、ここではどんどん言っていいんです。必ず誰かが助けてくれますからね。
しかも、ここでは大人が子どもに助けてもらうこともよくあるんですよ。何もできないと思っていた子どもが頼もしく思えたりして、暗闇の中では年齢や体の大きさ、地位などが関係なくなります。

――― たしかに、暗闇の中では見た目や肩書きなんて意味がないですよね。ちなみに企業研修で行われるDIDはどのような内容なのでしょうか?

通常の内容とは異なり、チームビルディング、リーダーシップ、フォロワーシップ、ダイバーシティなど、チームで目的を達成するために必要なことを感じてもらうためのワークショップになります。
真っ暗闇だと、コミュニケーションの癖が出たり、思っていることを言いやすかったりするので、与えられた課題にチームで取り組んでいるうちに、個人の性質や能力、欠点などが明らかになることもありますね。

――― 視覚情報がない状態で人と関わると、いつも以上に個々のキャラクターや内面的な部分が浮き彫りになるということは今日の体験で実感しました。それと同時に、姿や肩書きが見えていたら関わりたくないと思えるような人だったとしても、暗闇なら抵抗なく助け合える気がします。

私たちは日常の中で、無意識のうちに自分に関わる人間と関わらない人間を線引きしているところがあると思うのですが、暗闇にいるとそのラインを楽々と超えていけるんですよ。
特に子どもたちは、視覚障がいのあるアテンドのことをヒーローや救世主だと感じるようで、DIDの体験後は視覚障がい者を不自由な人とは思わなくなるだろうし、白杖をついている人を街で見かけたら『暗闇で助けてくれた人の仲間』と思ってくれるかもしれません。 こういった経験が、今世界中で必要とされているD&I(※)なマインドに繋がっていくような気がしますね。
※D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)= ダイバーシティとは多様性、インクルージョンとは包括・包含の意。マジョリティ(多数派)やマイノリティ(少数派)を区別せず、あらゆる全ての人を含んだものの見方や考え方。

様々なダイアログを体験することで、幸福度がアップ?


DID『内なる美、ととのう暗闇』/館内のレセプションフロアから新国立競技場が間近に見える。
体験時にはリラックスできる服装&素足で、五感を研ぎ澄ますことができるよう、作務衣の貸し出しがある(有料)。

―――今回のダークだけでなく、他のダイアログ体験もあるとのことですが、どのようなプログラムなのでしょうか。

ひとつは、音のない世界を体験する『ダイアログ・イン・サイレンス』です。聴覚障がい者のアテンドでノンバーバル(非言語)なコミュニケーションを楽しんでもらう内容なので、外国人など、言葉が通じない人とも一緒に楽しむことができます。
もうひとつは、『ダイアログ・ウィズ・タイム』といって、70歳以上の高齢者がアテンドとなり、豊かに歳を重ねるとはどういうことかについて感じてもらうプログラムなのですが、アテンドしているうちにお年寄りがすごく元気になるんですね。子どもたちにとっては、お年寄りがいかに知恵ある存在であるかを知ることができて、みんなとても感動するんです。アテンドを務める高齢者にファンクラブができたこともあるんですよ(笑)。

――― いずれのダイアログも子どもにこそ体験させてあげたい内容ですね。

そうなんです。実は、学校の課外授業にダイアログを取り入れている国が多いのですが、日本で実施している学校はごくわずか。世界中で行われているダイアログの入場者の内、6割近くが子どもであるの対し、日本は子どもの利用が3%程度しかありません。
ぜひ、日本でもたくさんの子どもたちにこれらのダイアログシリーズを体験してもらいたいですね。一度でも体験すれば、子どもたちのD&Iに対する意識は確実に変わると思います! 

https://youtu.be/Zh-F4S3Ov7E
佐賀県内の小学校で行われていた「ダイアログ・イン・ザ・ダーク佐賀プロジェクト」の様子。

ちなみに小さなお子さんがいるご家庭には、自宅で手軽に体験できる“DIDごっこ”もおすすめです。例えば浴室は、真っ暗闇に近い状態を作りやすいと思います。私も孫とお風呂に入るときに、浴室の電気を消して“DIDごっこ”をすることがあるのですが、暗闇で体を洗ったりするのって意外と難しいんですよ。ぜひ、一度試してみてください。

――― つまるところ、ダイアログシリーズの魅力、体験するメリットとは何でしょう?

ひとつは、人と関わることの大切さに気付いてもらえるということ。人はいろんな人と関わることで成長できる生き物だと思うので、ダイアログを通して、自分と違う考えや特徴を持つ人と出会ってもらえると嬉しいです。
もうひとつは、自分自身と出会えるということ。今の世の中では特に大人も子どもも、誰かとつながっていることに必死で、内なる自分とつながることを忘れてしまっていることが多いような気がします。誰かに合わせる前に、まずは自分と自分を合わせることを忘れないでほしいですね。

――― なるほど。他者へのリスペクトとセルフエスティーム(自己肯定感)を同時に感じられる、幸福度が高まるプログラムと言えそうですね! 

2020年7月、新しいダイアログ・ミュージアム『対話の森』が浜松町にオープン!

―――今年の7月14日(2020年2月現在)に、さらにパワーアップしたダイアログ施設、ダイアログ・ミュージアム『対話の森』が浜松町にオープンする予定だそうですが、どのような内容なのでしょうか??

これまで、ダーク、サイレンス、タイムの3つのプログラムは、バラバラで開催されていましたが、『対話の森』では3つのプログラムが集まる予定です。同じ場所でさまざまなダイアログを楽しめるので、よりダイアログの魅力が伝わりやすい施設になると思います。気軽に体験していただける価格にしたいと思っていますので、ぜひ親子でも楽しんでいただきたいですね。

――― 3つを体験したら、未知なる感覚がさらに広がりそうですね。

はい。私自身の話ですが、2017年にサイレンスをはじめることになったとき、長年ダークで培ってきた経験とノウハウがあればサイレンスのアテンドも育成できるだろうと高を括っていたら、視覚障がいのある人の世界と聴覚障がいのある人の世界ではまったく違うアプローチが必要だったんです。「私は偏った世界しか知らなかったのか」とショックを受けると同時に、「これでまたさらに世界が広がる!人生がより豊かになる!」とも思ったんです。皆さんにもぜひ、多様な感覚、多様な世界を知るととっても面白い!ということを経験してもらえたらと思います。

2020年は、ダイアログを体験する絶好のタイミング!

いよいよ今年の夏は、東京オリンピック・パラリンピック。期間中は多くの外国人や障がいのある人が来日するが、言葉の通じない外国人とコミュニケーションを取りたい、障がいのある人にどう声をかけていいかわからないと思っている人もたくさんいるだろう。また、オリパラをきっかけに、D&Iって何?と思う人や子どもにD&Iを学んでほしいと思う人もいるだろう。ダイアログシリーズは、まさにそんな人たちにおすすめのエンターテイメントだ。体験後は、きっと、多様な文化や特徴を持つ人々と、お互いを尊重し、違いを楽しみながらコミュニケーションを取ることができるようになるはずだ。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク
https://did.dialogue.or.jp

東京・浜松町「ウォーターズ竹芝」内に2020年7月14日オープン予定
ダイアログ・ミュージアム『対話の森』
https://taiwanomori.dialogue.or.jp
※『対話の森』のロゴ作成のため、2月29日まで上記WEBにて、あなたにとっての「#対話とは」を募集中!

text by Uiko Kurihara(Parasapo Lab)
photo by Tomohiko Tagawa