国立の競技場というと、東京2020大会を機に新たに建造されたメイン会場の「国立競技場」を思い浮かべる人が多いだろう。だが、そこから南西におよそ2kmの場所にある2つの屋内体育館も、その名に国立を冠した競技施設だ。

原宿駅から渋谷駅に向かう道すがら、右手にある2つの貝のような屋根の建造物。それが「国立代々木競技場第一体育館(以下、第一体育館)」と「国立代々木競技場第二体育館(以下、第二体育館」)である。そして、2021年8月に重要文化財の指定を受け、今、改めてその価値が広く評価を受けている建造物だ。

1964年に完成した名建築


手前が第一体育館。奥に見えるのが第二体育館
photo by JAPAN SPORT COUNCIL

建造は、1964年(昭和39年)。最初の東京オリンピック、パラリンピックの中心的施設として建てられた体育館だ。競技者や観戦者が、競技を楽しみ、集中できるスポーツ施設であることは当然命題であったが、当時この体育館に課せられた使命は、他にもあったと考えられる。世界の大舞台にふさわしい、芸術性に優れた建物であること。そして、日本の技術力を世界に示す千載一遇のチャンスに、当時、国内最高の建築技術をフル稼働して作り上げること。完成した2つの体育館はその使命をまっとうし、20世紀の名建築としておよそ57年を経た今もなお、人々に強烈なインパクトを与え続けている。ちなみに、国立競技場の隣にある円盤の様な形をした体育館は「東京体育館」。風変わりな建物という点でも共通していて間違えてしまう人も多いとか。

設計を手がけたのは、丹下健三氏(1913-2005)。戦後から高度成長期まで日本建築界をリードした建築家だ。独特のシンボル的な存在感を持つデザインの作品が多く、「東京都庁」や「フジテレビ社屋」なども彼によるものだ。 第一・第二体育館の魅力を語るうえで欠かせないのは、なんといっても「吊り屋根」と呼ばれるダイナミックな構造の屋根だろう。第一体育館は、2つの支柱に張ったワイヤーに屋根を吊るした構造。第二体育館は、1本の支柱に屋根が巻貝のように巻き付く構造をしている。


2本の支柱の間に張られたワイヤーに、吊りさげる様に屋根を展開している、第一体育館。当時すでに世界屈指と言われていた日本の高い建築技術をもってしてもなお、工事は困難を極めたとか
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第二体育館は、1本の支柱に屋根が巻き付く構造をしている
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天井の曲線が印象的な第一体育館

第一体育館は、見る角度によって建物の形の見え方が変化するので、パッと見どんな形をしているのか分かりづらいが、上から見ると、半円を少しずらした様な形をしているのが分かる。そのずれた断面となる場所にはエントランスが配置されており、入場者は、半円の孤に吸い込まれる様に入場する。


吊り屋根の下に設置されたガラスウォール部が、第一体育館渋谷口のエントランス。ちなみに反対側の原宿口も、ほぼ同じデザイン。自分が現在どちらの入り口にいるのか迷う人は今も多い
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このエントランスで注目しておきたいのが、2018年の耐震改修時にバリアフリー化が施された、スロープに続く石畳だ。隣接している道路からエントランスまで続く石畳は、でこぼこが激しいタイプの石畳だが、車いす用に施したスロープに続く部分のみ、フラットな石畳に変更されている。


スロープやエレベーターからエントランスをつなぐフラットな石畳。もっとも幅が狭いところでも、車いすがゆとりをもってすれ違える幅で設置されている。
歩行者用のでこぼこした石畳は、改修前まで石と石の隙間が広く、ヒールが挟まって抜けなくなるという事故もよく発生していたという

原宿口から第一体育館に入ると、目の前でお出迎えしてくれるのは一風変わった壁と思いきや、実はアート作品。この他にも、国内外の作家によるアート作品が、敷地内に合計9点設置されている。1960年代は、パブリックアートという概念が日本に入ってきた頃。まさに時代の先端を行く取り組みだったのだろう。


志水晴児(1928 -2005)作「岩」。多彩な岩肌を組み合わせた大理石で造られた彫刻が入場者を迎えてくれる
最大収容人数12,934人。屋根の形状をそのまま引き受ける天井の曲線は圧巻。天井の照明は、光を会場全体に分散させる板が施され、穏やかな光を放つ。床の下には、かつて使われていたメインプールが今もそのまま残っている
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第一体育館内部は、すり鉢状。アリーナには当初プールがあり、1964年の東京オリンピックで競泳の会場として使用されていたが、現在はプールの上に床を張り込み、体育館やコンサート会場として利用されている。今夏の東京パラリンピックでは、バドミントン、車いすラグビーの会場として利用され、里見紗李奈の2冠や、車いすラグビー日本代表が2大会連続銅メダルの快挙に輝いた、まさにその場所である。


今年のオリンピックではハンドボール会場だった第一体育館。パラリンピックでは車いすラグビーの会場に
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東京パラリンピック後半はバドミントン。ここから9つのメダルが生まれた
photo by Takashi Okui
第一体育館の車いす席。パラリンピックは無観客だったが、車いすユーザーのメディアらが利用した

改修時に設置された車いす席は、入り口の一番近くに配してある。アリーナにおいてもスロープが用意されており、競技者やコンサート時の車いす利用者への配慮が行き届いている。


大勢が同時に移動することが見込まれるアリーナへのメイン入口には、幅広のスロープが設置されている

一般の観客が入れない場所も少しだけ紹介しよう。ラウンジ、来賓室は、その名の通りVIPが通されるエリアだ。最初の東京オリンピックの際には、皇族の方々や海外の来賓の方々が利用された場所だという。


星空の照明はここでも踏襲。壁と天井を連続した曲線でつなげ、洞窟の様な穏やかな空間を作り上げている

温かな印象の第二体育館


1964年のオリンピックではバスケットボール会場だった第二体育館
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一方の第二体育館。ダイナミックな第一体育館に主役を奪われがちだが、こちらもコンパクトながら秀逸なデザインで「第二推し」のファンも多い。インテリアは、木を基調としており、第一体育館よりも温かな印象。バスケットボールやプロレスの試合に利用されている。


最大収容人数4,002人と小さな体育館だが、木を基調とした落ち着いた雰囲気が人気。1本の支柱かららせん状に降ろした屋根(天井)を室内から見上げると、光をまとったらせん構造が美しい
最大4,002人を収容。高い稼働率を誇っている
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重要文化財の建造物というと、その多くが慎重に扱われがちだが、この体育館は「誰もが入って、楽しめる重要文化財」だ。

1964年の東京オリンピックから始まり、現在まで時代を超えて多くの人々が選手の技に酔いしれ、コンサートに感動する場であり続ける代々木体育館。そこは、新しく作られた現代的な会場とはひと味違う、その場所で長らく引き継がれてきた物語を持ち帰ることができる場所なのではないだろうか。

代々木体育館に限らず、人々がスポーツに熱狂してきた場には、数知れずさまざまな物語が横たわっているもの。スポーツ観戦をするときには、ぜひその会場やそこにある歴史に目を向けてもらいたい。きっと、より深くスポーツを味わうきっかけがそこに息づいているに違いない。

text by TEAM A
key visual by JAPAN SPORT COUNCIL