2021年12月末に開催された「第24回全日本障害者クロスカントリースキー競技大会」。北海道の旭川にある富沢クロスカントリースキーコースを滑走した選手たちの中に昨夏、東京2020パラリンピックに出場した2人の姿があった。

夏冬パラリンピアンを目指す有安諒平

弱視のアスリート・有安諒平は、東京大会ではボート(混合かじ付きフォア)で初出場を果たした。その東京大会では世界のトップには歯が立たなかったものの、目標としていたパラリンピックの舞台を踏み、高揚感を抱いていた。

「パラリンピックに出会い、自分の障がいに対する考え方や価値観が180度変わった。パラスポーツに出会う前は、視覚障がいのある自分は、キャッチボールもできないし、仲間がどこにいるかもわからない。目が悪いということを思い知らされるだけでした。でも目指すべき場所が決まってからは、自分の障がいをポジティブに捉えられるようになりました」


上りは体勢を崩さず、しっかりとスピードをキープし、平地と下りで詰める「ほぼ想定通りのレース展開ができた」と有安(右)

自身が活躍することで「パラスポーツ、パラリンピックの価値を広めたい」と語る有安。その言葉を体現すべく、東京大会の選手村を退村した翌日から、クロスカントリースキーのコーチであり、ガイドを務める藤田佑平とともに北京冬季大会に向けてスタートを切った。

そして昨年11月、有安は北京パラリンピックへの出場に向けてこう意気込みを語っていた。
「北京大会は出場するのが目標。出場権を獲れるかわからないですが、そこに向けて1日も無駄にせず、トレーニングをしていきたいです」

ボートのトレーニングとして2017年にノルディックスキーを始め、昨シーズンから本格的に競技大会に出場。東京大会延期の影響、海外遠征から帰国時の14日間自主待機の影響もあって北京大会への準備不足は否めない。2022年1月の世界選手権(ノルウェー)出場も断念し、夏冬連続出場への道は険しい状況だが、目標はあくまでも2030年大会で金メダルを獲ることだと前を向く。

そんな中、パラレース4戦目という2021年年末の全日本は、昨シーズンからの成長を確かめる場と位置付けて臨んでいた。

結果は、クラシカルショート(立位)で川除大輝に次ぐ2位。10ヵ月前のジャパンカップから川除とのタイム差を縮め、以前は負けていた知的障がいクラスの選手にも初めてタイムで上回った。「ベストのレースができた」と手ごたえを語り、表彰式でもすがすがしい表情で川除らを称える姿が印象的だった。


クラシカルショート種目の表彰台。1位は川除、2位は有安、3位は高村

もうひとつ、有安が収穫として挙げたのは、2018年の平昌冬季パラリンピック代表・高村和人と初めてレースで争ったことだ。国内で大会に出場する視覚障がいのスキーヤーはほぼいない。有安は「この先、日本のスノースポーツでブラインド部門が存在感を示せるようになるといい」と願っており、「他のブラインド選手とレースができ、いい経験になった」と、モチベーションを高めているようだった。

パラリンピアン半谷静香が参戦した理由

その有安の筑波技術大時代の同期で、東京大会では柔道の女子軽量級に出場した半谷静香は東京大会後、新たな挑戦をすべく雪上にやってきた。有安に誘われたのがきっかけで10月からクロスカントリースキーを始め、計3回の合宿を経て全日本に初出場した。結果は、立位2種目に出場し、両種目とも出場2選手中2位。パラリンピックに3回出場、ブラインドサッカーやトライアスロンなどにも挑戦する「スポーツマン」だけに、悔しさもあったことだろう。しかし、全日本参加の目的、そしてクロスカントリースキーへの挑戦の理由は勝負だけではないようだった。


初レースは「こんなに寒いとは思わなかった」と苦笑しつつ、東京パラ以来になる「試合のワクワクを感じられた」と半谷(後方)

半谷は言う。
「ブラインドの女子の中で、スポーツしている人が絶対的に少ないと感じています。その中でもスキーは全然いない。実際にやってみて、スキーをやる人がなぜ少ないのか、現状を知り、社会に還元できたらいいなと考えてます」

もちろん、自分のためでもある。柔道でメダルを目指した東京大会は、3位決定戦で敗れた。試合後「最後に、チャンスを取り切れずに悔しく思います。日本開催なので、何とか全力で戦う姿を見せたいと思っていたのですが……」と声を震わせた。東京大会までの5年は想像以上に長く、もう一度、パラリンピックを目指すかと問われても、「すぐに目指すという気持ちにはまだなれません」と明かす。長年、柔道で酷使した首を休めたい気持ちもあった。

「身体を動かすことは好きです。パラリンピックはチャンスがあれば目指したいですが、今の段階ではまだ言えないかな」

半谷にとって、様々な競技にチャレンジする中のクロスカントリースキー。「もしかしたら、これが柔道を本格的にやり直すための時間になるかもしれない」と迷いは隠さない。だが、「いま33歳ですが、新しい競技を始めるという経験はなかなかないもの。それにガイドにサポートしてもらっていますが、見えない中で形を習得していくのは難しいと感じています。そんな中で習得できたら、(自身が体現したいと考えている)B1(全盲)でもできる、という証明になるかもしれません」。


福島出身。わずかに視力が残っていた子ども時代、家族でスキーをしていたという

2010年のバンクーバー大会以降、冬季パラリンピックにおける視覚障がいクラスの女子日本代表選手は誕生しておらず、半谷の挑戦が女子の新たな道筋になることを期待せずにはいられない。

さらに言えば、視覚障がい選手を増やしたい思いは有安も同じだ。二刀流のメリットについても言及する。

「自分はデュアルで競技をしているが、ボートの練習もスキーに役立ち、スキーの練習も役立つ。とくにブラインドの選手はひとりでできないことがある分、運動経験で得ずらいこともあると思いますが、マルチにスポーツをやる選手が増えていけば、多彩な動きを習得でき、力をつけられるのかなと思っています」

先の東京大会では視覚障がいの日本代表が躍動した。冬季パラリンピックでも日の丸をつけた視覚障がい選手が力強く滑る姿をぜひ見てみたい。

text by TEAM A
photo by X-1