コロナ禍で長引くマスク生活は、単に息苦しいだけでなく、私たちにさまざまな弊害をもたらしている。そこで、メジャーリーガーやオリンピック選手などからも支持されている、合気道家の藤平信一さんに、マスク生活で蓄積した疲れやイライラを解消し、さらに仕事などのパフォーマンスを上げる呼吸法を教えていただいた。

呼吸の前に、あなたの姿勢、不安定ではありませんか?

心身統一合氣道会 会長の藤平信一さん

藤平さんが会長を務める『心身統一合氣道』は、世界24カ国で3万人が学んでいる。合気道と聞くと組んだ相手を気合いとともに投げ飛ばすような派手な武道というイメージがある。しかし心身統一合氣道は攻撃を目的としたものではなく、姿勢や呼吸を整えるなどといったセルフマネジメントが基本にあると言う。

「自分の心身のバランスが悪いと、人を投げることなどできません。ですから心身統一合氣道という武道は人をコントロールするのではなく、まず自分自身を整えることを第一としており、ますは姿勢を整えることから始めます。姿勢が乱れていてパフォーマンスを発揮できるスポーツは1つもありません。姿勢というのは建物の土台のようなものですから、土台がしっかりしていれば、建物はしっかりしている。反対に土台が不安定だと、建物は傾いてしまいます。姿勢が整っていないと正しい呼吸をすることもできません」(藤平さん)

この姿勢や呼吸法を取り入れることによって、実際に一流のアスリートたちがパフォーマンスをあげることに成功している。たとえば藤平さんはロサンゼルス・ドジャースから依頼され、約3年間、若手選手の育成に携わった。その他にも日本のトップアスリートたち、さらには日本の有名企業の役員など、各界の一流人が藤平さんに指導をうけている。

目指すのは「正しい呼吸」ではなく、「元の呼吸」

ただし、「正しい呼吸」と言っても、万人に共通する決まった定型の呼吸法があるわけではないと藤平さん。

「呼吸は本来誰もが自然にしていることで、静かで深い呼吸が基本です。ところが心の状態が乱れてイライラしたり、怒ったり、動揺したりすると、呼吸が浅くなったり、荒くなったりします。ですから我々が目指すのは『正しい呼吸』ではなく、乱れた呼吸を『元の呼吸』に戻しましょうということです。世の中には、何秒吸って何秒吐くなど、良いとされるさまざまな呼吸法があります。それ自体はいいのですが、多くの呼吸法は姿勢のことには触れずにいきなり息の吸い方や吐き方からスタートしている。そのために、どんな呼吸法を試しても効果を感じられないという方が多いんですよね」(藤平さん)

息を何秒吸って、何秒吐きましょうといった型にはまった呼吸法は、人によっては苦しい場合があり、そうなると呼吸自体が抑圧になってしまう。そうではなくて、その人にとって自然で心地よい呼吸をする。そのためには呼吸をしやすいように姿勢を整えましょう、というのが『心身統一合氣道』の考え方だ。

「自然な呼吸ができるようになると、睡眠の質が圧倒的によくなります。また、上ずっていた意識が静まるのでイライラしなくなる。さらに、いざという時にいいパフォーマンスが発揮できるようになります」(藤平さん)

実際、メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースでも呼吸法を指導したそうだが、乱れた呼吸を整えたことでパフォーマンスが上がったと、多くの選手に喜ばれたという。

超簡単、自然な呼吸のための姿勢の整え方

藤平氏に姿勢の指導をうける筆者。自己流で姿勢を正すと腰が反ってしまっている

一般的に姿勢を正すというと背筋を伸ばして肩や胸を張った状態をイメージするのではないだろうか。しかし、その状態で深い呼吸をしようと思っても、うまくできない。それは、そうした姿勢が、見た目がきれいに見える姿勢であって、自然な呼吸をするのに適した姿勢ではないからだ。そこで、自然な呼吸をするための姿勢の整え方をご紹介しよう。

1)体から余計な力を抜いてリラックスした状態で立ち、そのままつま先立ちをする。
2)つま先立ちをした姿勢のまま、ゆっくりとかかとを下ろす。
3)1と2を数回くり返す。

たったこれだけでいいのだと言う。なぜつま先立ちをすると姿勢が整うのだろうか?

「日本人は猫背を嫌うので、とにかく背筋を伸ばしなさい、胸を張りなさいという教育をされてきたんですね。その結果、背中が後ろに反ってしまっている人が多い。でも、背中や腰が反った状態ではつま先で立ちづらいので、自然と反りが直ります。

試しにかかとに体重をかけて立ってみると、足先がハッキリせず不安定な状態になります。しかし、つま先立ちをしてから静かにかかとを下ろすと、足裏全体でバランスを取って体を支えることができる。このように、つま先まで全身が繋がった状態を『気が通う』と言います」(藤平さん)

椅子に座るときも同じように、椅子の前で先ほどの1〜2の動きを繰り返して、気が通った状態になってから座るといいそうだ。その際に、胸の余計な力を抜くのもポイント。

「肩や胸の力の抜き方も簡単です。まず腕を体の横に自然にたらし、指先についた水を払うように手を振ります。その振動が足のつま先まで伝われば胸の力が抜けて、リラックスできています。その時に胸やお腹などに余計な力が入っていると、うまくつま先まで振動が伝わりません」(藤平さん)

心を静めて、パフォーマンスを上げる呼吸法

力みのない自然な姿勢がとれるようになったら、いよいよ自然な本来の呼吸を行おう。これも決して難しくはない。

1)気の通った自然な姿勢をとる。
2)自然に口から息を吐く。
3)吸いたくなったら自然に鼻から息を吸う。

「よく例に出すのが、山登りをして視界が開けたときに、思わず「わー!」と口をついて出る息のイメージです。山登りをしないという人は、誰かから素敵なスイーツを貰ったときに箱を開けた時をイメージしてもいいです。アルコールが好きな人は、ビールを飲んだあとに吐き出す息。とにかく心地よいと感じた時の息の吐き方。息を吐くに任せていると自然に呼吸が静まってくるので、そうしたら鼻から自然に息を吸う。その時も、力一杯吸うのではなく花の香りを嗅ぐときのように自然に吸います」(藤平さん)

特に寝る前にこの呼吸をすると体の余計な力みが取れ、質のいい睡眠をとることができるそうだ。その他にも、疲労回復、イライラの解消やパフォーマンスの向上など、さまざまな効果が期待できる。ただし、最近の研究では高性能なマスクをしたままで行うと、自分が吐き出した息をそのまま吸い込むことになり、知らない間に酸欠状態になることがわかっている。そのため、マスクを外した状態の就寝前が理想的だそう。

「私の道場に通っている方が、寝る前にこの呼吸をしても安眠できないとおっしゃったので、詳しく話を聞いてみました。すると、スマホを見ながらこの呼吸法を試していると言うんです。それでは効果はありませんね。何かをしながらではなく、1日3分でいいので呼吸と向き合ってみると効果を実感できると思います。人間は順応性が高い生き物です。長いマスク生活に順応してしまい、マスクを外している時も、呼吸が浅くなってしまっている方が増えています。ですから毎晩寝る前に呼吸と向き合うことで、良い順応がおきて元の呼吸に戻っていくと思います」(藤平さん)

2021年4月、NHKの朝の人気番組「あさイチ」に藤平さんが出演して紹介した「合気道的生活」は大きな反響を呼んだ。コロナ禍で夫の在宅ワークが増えたことで、知らぬ間にストレスが蓄積していた家族が、藤平さんの指導を受けて1週間を過ごしたところ、妻の疲労が回復。ギクシャクしていた家族関係も改善されたと言う。筆者も1時間の取材の中で驚くべき変化を実感することができた。
コロナ禍では疲労回復や安眠にいいとされるサプリメントや栄養食品が売れて品切れ状態になっているものもあるという。しかし、姿勢を正すことも、呼吸と向き合うことも、いますぐ始められて、しかも無料。早速今夜から姿勢と呼吸に向き合ってみてはいかがだろうか。

PROFILE 藤平 信一(トウヘイ シンイチ)
心身統一合氣道 継承者/一般社団法人 心身統一合氣道会 会長/慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
1973年生まれ 東京工業大学 生命理工学部 卒業
幼い頃から父・藤平光一(合氣道十段)より心身統一合氣道の継承者としての教育を受ける。現在は心身統一合氣道会の会長として、国内外で心身統一合氣道を普及している。慶應義塾大学では體育會合氣道部の師範を務め、また、非常勤講師として一般教養の授業で心身統一合氣道を指導。心身統一合氣道を人材育成に活用し、経営者・リーダー対象の講演会、アスリート・アーティスト対象のワークショップ、企業研修、学校の体験学習等を行っている。日本代表チーム、米国メジャーリーグのチーム等で、心身統一合氣道に基づいた「氣」を選手・コーチに指導している。 https://shinshintoitsuaikido.org/


<参考図書>
「調子いい!」が続く姿勢と呼吸の整え方』
藤平信一著/大和書房
日常の疲れやイライラは合気道的生活で解消できる!? 「体の動き」と「呼吸」を整えることで、体の余計な力みを取り、不眠や疲れ、イライラを解消するという、合気道の極意を活用した1冊。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Keiji Takahashi