東京2020オリンピックで注目を集めた新競技のサーフィンやスケートボード。選手たちが健闘をたたえ合う姿に感動を覚えた人も多いのではないでしょうか。
実は、パラスポーツでも盛り上がりつつあるのがパラサーフィンです。ロサンゼルス2028パラリンピックでは新しい競技として採用が検討されています。選手たちはどうやって波に乗るのか。そして、サーフィンの醍醐味とは? 編集部は日本初の大型パラサーフィンイベントに潜入。躍動感あふれる選手たちの姿をお伝えします!

初めてのパラサーフィンの世界

天候にも恵まれ、みんな笑顔、笑顔、笑顔

7月のある日。静岡県牧之原市の人工サーフィン施設「静波サーフスタジアム」に、全国から障がいのあるサーファーや体験希望者が集まりました。

カラフルなサーフボードを車いすで巧みに運び入れるのは、日本代表として世界で活躍中のトップ選手、小林征郁選手です。

「サーフィンで世界一になりたいから、ほぼ毎日、海に入っています。ポイントは愛知県の伊良湖や内海とか。全国をちょろちょろしているかな。海に入っちゃえばずっと浸かっていたいくらい自由で最高。だけど、入るまでが……ね。駐車場から海まで近づけるところってあまりないけど、車いすでもアクセスしやすい場所は少しずつ増えているんですよ」

サーフボードを乗せてプールサイドへ。第一人者は「日本でこんなイベントができるなんて素晴らしいこと」と話します

パラサーフィンフェスタの第1部は、競技会です。準備が進む中、取材班は初めて目にするパラサーフィンの世界に興味津々。用具をちょっと工夫して競技を行うパラスポーツの真髄も感じることができます。

腹ばいで乗る選手のボードには、体が落ちないように工夫が施されていました

さまざまな障がいの選手が参加できるのもこの競技の特徴です。今回は、上肢障がいの<Stand1>、膝下障がいなどの<Stand2>、二―ボードを使用する<Kneel>、腹ばいの<Prone1>、腹ばいかつサポートを必要とする<Prone2>、視覚障がいの<VI>(ビジュアリーインペアード)の6つの障がいクラスに分かれて競技が行われました。

車いすの選手たちはリフトを使ってプールサイドから移乗します
水陸両用の車いすでプールへ向かう藤原智貴選手。介助犬のダイキチが見送ります

トップ選手のライドを見よ

パラサーフィンは採点競技。スピード、パワー、ターンの積極性などが評価のポイントとなります。今回は、3本ずつライディングして、ベストスコア2本の集計スコアで順位を競いました。

なかでも、パラサーフィン日本代表として知られる藤原智貴選手、伊藤健史郎選手、そして小林選手のパフォーマンスは、会場の注目を集めました。各クラスの優勝者でもあるトップ選手たちのライドを写真でお楽しみください。

Prone2クラスで初優勝を果たした藤原智貴選手のライディングは圧巻でした
Stand2クラスは伊藤健史郎選手が初代王者に輝きました
膝立ちのKneelクラスは小林征郁選手が優勝しました

見えなくても波に乗る!

続いて登場したのは、視覚に障がいのあるサーファーです。VIクラスの選手は、波の情報を声で伝えるガイドとともに競技を行います。

この競技会には、なんと東京2020パラリンピックの水泳で3つのメダルを獲得した富田宇宙選手が出場しました。

「自然の中で行うスポーツで、水泳とは違う感覚を味わっています。まだ始めたばかりのため、波に自由に乗ることができないので、週1回くらいのペースで続けてうまくなりたいですね。視覚障がいがあると海水浴なんてなかなか行く機会がないと思います。そんな中、サーフィンって自然と触れ合いながら、そしてガイドやキャッチャーなどいろんな人と協力しながら行う独自の魅力があります」

そう教えてくれた富田選手。拠点とする神奈川県藤沢市の鵠沼の海水と、身体の浮きにくい静波のウェーブプールとの違いに戸惑いながらも、人工ウェーブプールならではのパワーがあって高い波に果敢に挑戦。「思い通りにならないところも楽しむのが、サーフィンの魅力なのかも」と笑顔で話しました。

富田選手にとって初めての競技会。まずは練習のためにプールへ。ガイドの葭原さんが先導します
富田宇宙選手(左)と葭原隆之さん。「こんなに高い波に乗ったことはない!」と戸惑いながらも、とても楽しそうな富田選手です

富田選手のガイドを務めた葭原隆之さんはサーフィン歴35年のベテラン。海から近い茅ケ崎で暮らすほどのサーフィン好きです。実は、往年のパラリンピアン、葭原滋男さん(シドニーパラリンピック自転車金メダリスト)の実弟であり、子どもの頃から視覚障がいのある兄の手引きをしていたこともあって、選手の目線をイメージした声がけができます。

パドリング*を始めるタイミングは「5、4、3、2、1」とカウントダウンで伝え、「あとひとかき」、「ちょっと右」というような言葉で指示をします。

*パドリング:サーフボードに腹ばいになって両腕を回し水を漕ぐこと

選手はガイドと一緒に波を待ちます
ガイドはパドリングの間も細かく指示を出し、波の乗る位置やタイミングを知らせます
うまくテイクオフできれば、仲間たちから歓声を浴びることができます!

ファミリーでできるスポーツ

膝立ちで波に乗るクラスで「フー!」という喝采を浴びていた秦秀名選手。現在、50歳ですが、15歳からサーフィンを続けていると言います。

34歳のとき、医療ミスにより右脚と左足首から下などにまひが残り、車いす生活に。パラ水泳でパラリンピックを目指した後、2010年に引退。今は千葉県の勝浦で家族とともにサーフィンを楽しんでいるんだとか。

「サーフィンは子どもにもやらせていて、今では共通の趣味です。美しい海を見てきれいだなと思う感性や自然を大切にする心が養われるスポーツだと思います」

秦選手が1本終えるたびに小学4年生の息子が歩くために使うストックを持って駆け寄ります。

「いつもやってくれるわけではないですが(笑)優しく育っているかな」

そして、第2回大会にもチャンスがあればまた出場したいという秦選手。「今日は緊張せず、いつも通りにできたことが何よりでした。めちゃくちゃいい波でした!」

テイクオフの瞬間、スタジアムからは歓声が沸きました
「この身体(機能障がい)でも水に入れば自由だし、幸福感を感じます」と秦選手(左)。傍には家族の姿がありました
4年生と1年生の息子も波乗り。「共通の趣味なんです」

サーフィンの魅力とは

ライド後はライバル同士でもたたえ合います。これぞ横乗り系スポーツの真骨頂です

世界選手権の銅メダリストで、パラサーフィンの普及にも力を注ぐ第一人者の藤原選手は、「これまでは皆がこのスポーツのために個々で頑張ってきましたが、今回はいろんな団体が一緒になってイベントを開催し、実際に想像以上に盛り上がってすごく嬉しいです」と感慨を込めて語ります。

サーフィンにハマる理由はどんなところなのでしょうか。
「大自然の中で行うスポーツで、動くフィールドが相手。いかにもハードルが高そうだけど、その分、海のすばらしさを感じられるし、他にはない魅力があります」

パラサーフィンの普及によりビーチの環境も良くなっていくことを願います。

いえーい! 笑顔全開の伊藤健史郎選手です
水に揺られる姿は本当に気持ちよさそうで、見ていた人たちも思わずプールに足先を入れてしまうほどでした

イベントは競技会や体験会の他、ゲストプロサーファーによるエキシビジョンやテーマソングを歌う東田トモヒロさんのアコースティックライブも盛り上がりました。

ゲストとして(写真右から)プロサーファーの3きょうだい井上鷹、楓、桜さんが登場しました

エキシビジョンで鋭いターンなど一流の技を披露した井上鷹プロは「サーフィンとは波に乗ること。立って乗るだけではないことを再発見させられました」とニッコリ。

サーフボードの選択も、乗る体勢も……みんな違って、みんないい。それがパラサーフィンの最大の特徴かもしれません。

東田トモヒロさん(左)と歌うパラアスリートでレゲエアーティストのJahliさんもノリノリです

笑顔になるスポーツ

「僕もサーフィンが好き」。医療従事者として医学的安全性を担保しながら、さまざまなイベントを開催します

障がい者の遊びを支援する団体として一般社団法人ユニバを立ち上げた、主催者の田中慎一郎さんは「皆さんの笑顔がどれくらい見られるかが大事。この日はすごくたくさんの笑顔が見られたので安心しています」と笑顔で語ります。

田中さんの言う通り、取材陣もたくさんの笑顔に出会うことができました!

東京パラリンピックパワーリフティング日本代表の三浦浩選手は競技会に出場。力強いパドリングはさすがでした
冬季のパラリンピアンで、障がいのある子どもたちを支援する活動をしている野島弘さんは自らも楽しむ姿勢を貫いています
車いすユーチューバーの渋谷真子さん。前言通り、3回挑戦してすべて波に乗ることができました。「楽しかった!」
車いすラグビーのパラリンピアンで現在は自転車競技者。一般社団法人ユニバ官野一彦理事はサーフィンの事故で頸椎を損傷しました

ロスパラリンピック採用に向けて波に乗るパラサーフィンは、まさに楽しいパラスポーツ、「たのパラ!」でした。

text by Asuka Senaga
photo by Hiroaki Yoda