「サッカー×農業」を大きなテーマに、現役プロサッカー選手の多々良敦斗氏(JFL・ラインメール青森)、久保田和音氏(J2・ザスパクサツ群馬)、ロービジョンフットサル選手の中澤朋希氏の3名で立ち上げた団体「Refio」(リフィオ)。前編では本業の他にもう一つのキャリアを形成することの重要性を教えてもらった。後編は実際に「Refio」で行う農業や障がい者支援、未来を担う子どもたちへの想いなど、現役アスリートだからこそできるSDGsについて中澤氏と久保田氏が語ってくれた。

放置されていた農業の課題をアスリートがサポート

――「Refio」の活動方針として農業というのがひとつの大きな柱になっていますが、元々は多々良さんがいろいろな業種の人と会って話をしていく中で耕作放棄地の問題を知り、農業の課題に気付いたそうですね。それを中澤さんも聞いて、強い興味を持ったと。どんな課題か具体的に教えていただけますか?

中澤朋希氏(以下、中澤):僕の祖父母も農家をしていたのですが、年齢が80歳を超えて、もう自分たちが食べる分だけの畑しか切り盛りできなくなっていて。そうなると残りの畑は放置せざるをえないんですよ。世の中の高齢化が進む中で、そういう土地がすごく増えているということで、耕作放棄地を有効に使う活動をやっていきたいなと思っています。

――農家の方は土地を手放すということでしょうか?

中澤:田舎だと畑を数千円で売ってしまうこともあるようです。1年間で3000円くれれば使っていいよというようなケースも多く、実際に僕の地元の近くも年間数千円で借りられます。維持するのが大変なので、将来のことを考えると使ってくれたほうがいいと聞きましたね。

――なるほど。農家は後継者不足も課題になっているとよく聞きますが……

中澤:そうですね。農業についていろいろと調べていく中で、農業=大変など、すごくマイナスなイメージが多いのも一つの原因かなと思います。それに関してはアスリートという存在がサポートすることでイメージを変えて、少しでも若い人たちや地域の人たちに農業にふれてもらう機会を作っていきたいと考えています。

障がいのある子どもたちは、スポーツをする機会が少ない?

ロービジョンフットサル選手の中澤朋希氏

――中澤さんは大学でロービジョンフットサルに出会い、日本代表強化指定選手に選ばれるなど現役選手として活躍していますよね。それと並行して共生社会の実現を目指して講演やイベントなどを開催し、障がい者支援の活動を行っていますが、活動を始めようと思ったきっかけは何ですか?

中澤:僕自身、元々一般のサッカーをやっていたのですが、高校2年生のときに視覚障がい者になって。やはり当初は僕自身も、障がいがある=サッカーができないという感覚でした。あの頃はSNSも今ほど普及しておらず、調べてもパラスポーツの情報が少なかったこともあって、一度、サッカーを諦めるという挫折を味わったんです。
でも大学に進学してロービジョンフットサルの存在を知って、またサッカーを始めることができました。競技をやっていく中で気付いたのが、障がいのある子どもたちはスポーツをやる機会が本当にないということ。健常者の子どもたちなら地域に少年団やクラブチーム、部活動がありますけど、障がいのあるお子さんを持つ親御さんと話をしていると、怪我のリスクを考えてしまったり、クラブチームに入団の問合せをしても障がいを理由に断られてしまうというケースが多いそうで。そういった状況でスポーツをやらせたいけど機会がない、という話をよく聞いたので、自分でそういう場を作っていけたらいいなと。それがサッカーを通して障がい者支援を行うきっかけとなりました。

――なるほど。支援を続ける中で、さらにもう一つの課題が上がってきたと伺いました。

中澤:子どもたちの「コミュニケーション不足」ですね。特別支援学校や盲学校は、1クラス数名の小さなコミュニティで小中高と過ごして社会に出ていくので、それまで接する人数が健常者の人たちと比べると圧倒的に少ないんです。そのまま社会に出ていって、コミュニケーションをうまく取れなくて会社に行けなくなったり、辞めてしまったりという話をよく聞きました。本人たちはもちろん、企業側もコミュニケーションに関して難しさを感じているのかなと。その一方で障がい者でもスポーツをやっている人たちは、コミュニケーションがすごく上手なんですよ。それはやっぱりスポーツを通して、色んな人と身近に接しているからだと思うんです。だからこそイベントなどを通して、スポーツを楽しむ機会をもっと作っていきたいと考えています。

スポーツをすることで変わる、子どもたちの障がいに対する印象

――これまでご自身でされてきた支援活動の中で、子どもたちと実際にふれあってみて、どんなことを感じましたか?

中澤:障がいのある子どもたちが、純粋にスポーツが好きなんだなとすごく感じましたね。学校や親がスポーツをやらせるのにあまり前向きじゃなくても、実際にそういう機会を作れば、本人たちはすごくサッカーが好きなのが分かりました。
健常者の子どもたちも、最初は障がいというものにマイナスのイメージをもっている子も多いのですが、スポーツをするとポジティブな印象に変わる。今年の2月に名古屋で体験イベントを開催したのですが、そのときは全盲の子が一人で、他はみんな健常者の子どもだったんです。僕たち運営側は全盲の子とプレーするときどうすればいいか特に教えなかったのですが、全盲の子がシュートにいけるようにゴールの位置を教えたり、参加した子どもたちが自分たちで考えて行動していたんです。それがすごく良かったですね。

――こうしなさいと言うより、自分たちでどうすればいいんだろうと考える。そのほうが得られるものや気付きが大きいんですね。

中澤:そうですね。スポーツを通すことで自然と共生社会を知る、良いきっかけになったと思います。

アスリートだからこそできることを追求したい

久保田和音氏(J2・ザスパクサツ群馬)

――「Refio」として、今後はどんな活動をしていく予定ですか?

中澤:本年度中に特別支援学校への訪問を実施し、内容は検討中ですがイベントを開く予定です。それと並行して農家さんを募集して、実際に農業をしていくことを考えています。将来的に障がいのある子どもや地域の方々に田んぼや畑に来てもらって、農業体験や収穫体験をしてほしいなと思っています。

――最後に、「Refio」は「アスリートだからこそできること」にこだわっているとのことですが、それはなぜですか?

中澤:スポーツは人に感動を与えるとよく言われますよね。僕自身以前はあまり感じたことがなかったのですが、いざ自分が視覚障がい者になったときに、テレビで放送されていたサッカーの日本代表戦にすごく感動して救われた気持ちになったんです。でも、アスリートの方には自分なんてそんなにすごくないと、謙虚すぎて自分自身を過小評価している選手も意外と多い。日本代表選手に限らず、Jリーグの選手、チームのエースじゃなかったとしても、アスリートはもっと子どもたちに対して色々と発信してもいいと思います。自分が思っているよりも、たくさんの人に感動を与えているはずですから。そういった意味も込めて、アスリートだからこそできる社会貢献ってあるんじゃないかな、と思っています。

久保田:僕も小さい頃にプロのサッカー選手が地元のスクールに来て指導してくれたのは、いまだにいい思い出になっていて、その時にプロサッカー選手になりたいと強く思ったんです。自分が実際にプロサッカー選手になれたので、競技や「Refio」の活動を通して、子どもたちに何か夢を与えるきっかけになれれば嬉しいですね。

中澤:そういった想いもあり、農家さんや障がいのある方は、どちらかというと社会では太陽が当たらないイメージを持たれているので、これからは僕たちがアスリートの強みを活かして光を当てて、夢や目標にチャレンジできるようにサポートできたら、と考えています。そしてたとえ障がいがあっても自分らしく輝ける社会に向けて、今後も支援を続けていきたいですね。

中澤氏と久保田氏が語るさまざまな体験や想い、活動を通して、アスリートだからこそできるSDGsの可能性を感じた。ひいてはアスリートに限らず、今私たちができるSDGsとは何か?について考えるきっかけにもなったのではないだろうか。「本業×異業種」をヒントに今後も多角的なアイデアや活動が生み出されることに期待したい。

text by Jun Nakazawa
写真提供:Refio

PROFILE 久保田和音
1997年生まれ、愛知県豊橋市出身のプロサッカー選手。2015年に鹿島アントラーズに入団後、ファジアーノ岡山FC、松本山雅FCを経て、現在J2・ザスパクサツ群馬に所属。ポジションはMFで、豊富な運動量を活かしたプレースタイルに定評がある。

PROFILE 中澤朋希
1997年生まれ、三重県鈴鹿市出身。高校2年生のときに難病「レーベル遺伝性視神経症」を発症し、視覚障がい者となる。大学進学後にロービジョンフットサルと出会い、技術を磨いていく中で日本代表強化指定選手に。2019年にスペインやトルコの国際大会に出場。ロービジョンフットサルを広く知ってもらうためにイベントや講演なども行っている。