オリエンテーリングに代表される、ナビゲーションスポーツの1種“ロゲイニング”。日本ではまだ馴染みのない人が多いかもしれないが、チームを組んで地図に表示されたチェックポイントを制限時間以内に、いかに多く回るかを競うスポーツだ。1976年、オーストラリアのメルボルンで行われたのが起源と言われている。

このロゲイニングというスポーツが、茨城県つくば市では、地域活性化に貢献しているという。筑波大学の学生が中心となって、市の周辺地域をめぐる“つくばR8ロゲイニング”が立ち上げられたのだ。このプロジェクトは、地域に大きな気づきを与え、変化をもたらした。そんな学生のチャレンジをサポートした筑波大学芸術系教授・藤田直子氏に、ロゲイニングの魅力についてお話を伺う。

きっかけは「地域活性化プラン」のコンペ。地域の現状と要望を、学生自ら調査

下見では、参加者に巡ってもらうチェックポイントを見つけるのが大事な任務

筑波大学のある研究学園都市として有名な「つくば市」は、1987年に3町1村が合併して誕生し、その後さらに2町が編入されて今の形になった。そんな誕生の経緯からか、市の中心地に比較して周辺の市街地は、少子高齢化、経済情勢の変化などを受け、さまざまな課題を抱えるようになっていた。そこで市が、地域の人にとってより暮らしやすい環境を作るために「地域活性化プラン」を募集しコンペティションを行ったのが2019年のこと(以降も形態を変えながら毎年続けられている)。採択されたプランは市のサポートを受けながら、提案者自らは実証事業として取り組むのがルールだ。

「私の専門は環境デザインで、地域の風景や景観をデザインしたり、地域の自然資源や人的資産を活かした街づくり、行政が地域に対して行う景観計画などについて研究しています。2019年に筑波大学に赴任して大学院生の演習授業で何をしようかと考えたときに、つくば市が“つくばR8地域活性化プランコンペティション”を実施するのを知りました。学生の考えたプランを応募することを演習のテーマにすると決め、みんなで企画を持ち寄ることにしました」(藤田直子氏、以下同)

地域活性化を目的としたコンペであるため、プランを練るにはまず対象地域の現状と要望を的確に把握することに注力しなければならない。その際、学生たちが調査を重ねたことで、各地域では「魅力の発見・発信」「イベント」「賑わい」「交流拠点」「まち歩き・マップづくり」を求めていることが、把握できたのだそう。

その後、学生たちのよってさまざまなプランが考えられたが、その一つに“ロゲイニング”があったのだ。

過半数以上が「知らない」周辺市街地。課題解決にロゲイニングを選定

その地域について調べたことを展示して、参加者に知ってもらう

“ロゲイニング”は、藤田氏にとっても初めて耳にするものだった。しかし、調べていくうちに、“地図を使う” “チェックポイントを探す” “チームで協力しあう” “自由に順番を選んでまわる”というロゲイニングの定義が、学生たちの目指す地域活性化の形に通じるものがあり、これこそ自分たちが提案したい企画にぴったりだということに気づいたのだという。

ところで、先ほどから何度も出てきているR8という言葉。これはつくば市の周辺市街地とされる北条、小田、大曽根、吉沼、上郷、栄、谷田部、高見原の8つの地域(Region(リージョン)8)を示す。藤田氏が講義の中で行った筑波大学生のつくば市周辺市街地に対する認識の調査結果では、各地域によって差はあるものの、これらの地域について「名前を聞いたことがあるか」「行ったことがあるか」という問いに対して過半数以上が「いいえ」と答えた。それには藤田氏も驚いたのだそうだ。

「この調査結果は、彼らにとって“つくば市”が大学周辺とセンター地区や研究学園地区という狭い地域で完結していることを意味していました。学生たちはこの認識のまま大学時代の数年間を過ごし、卒業と同時につくば市を離れていきます。これは市にとっても大学にとっても損失ではないでしょうか。少なくとも私の専門分野であるランドスケープ分野にとってはゆゆしき事態でした」

もし、つくばR8地域でロゲイニングを実施するとしたら、それまで知らなかった、行ったことのなかった地域のことを知らなければならない。学生たちが提案しようと考えたプランは、「地域活性化」を目指す行政にとっても、ランドスケープを研究する学生にとっても得られるものが多かったのだ。コンペティションに応募すると見事採択され、市やコンサルタントの支援を受けながら実施へと向かうことになる。

さまざまな相乗効果を生んだ、地域の住民との交流

「栄」地区の古民家の古材と、庭に生えていた木の幹、かり集めた萱を使って学生たちが作り上げた茅葺き。このような昔ながらの「文化」を目にすることができるのもロゲイニングの楽しみのひとつ

ロゲイニングを実施するに当たっては、参加者にまわってもらうチェックポイントを決めなければならない。それには、地域に赴き歩き回って住民から話を聞いたり、歴史などについて調べたり、さまざまな作業が必要になる。

「ロゲイニングの準備段階では、その地域について取材したり調べてリサーチ記事を書くことを授業での課題にしました。知らない人たちに話を聞くというのは、決して簡単なことではなかったと思いますが、地域の方々と交流することで自分自身や地域における大学の位置づけを知ることができて、ずいぶん学ぶことが多かったように思います。一方、地域の方々は、それまであまり見掛けなかった若者たちがそのあたりをうろうろしていること自体を喜んでいただいたようです。選ばれたスポットを見て、“こんなところが面白いの?”という反応もあったりして、もしかしたら外部の目が入ってきたことによって、地元に対する見方が広がったかも知れません」

「【公式】つくばR8ロゲイニング」というサイトには、学生一人ひとりが足を使ってその地域を巡って見つけた、とっておきのスポット紹介記事が掲載されている。あえて申し上げれば、それを書いているのは、筆者のように書くことを生業としているライターではない。しかし、純粋にその地域に向き合おうとしている、素直な手触りを感じる記事だった。読む人を“行ってみたい”という気にさせる。

「学生にとっては、演習の一環として取り組んでいるので、単位を得るためだけの活動に過ぎないのかもしれません。それはそれで良いし、私は無理にそれ以上を求めることはしたくないと思っています。地域に入った学生は、それまで行ったこともなかった場所を今では知っていて、“ちょっと語れるくらいには詳しい人”になっています。学生がもたらした成果は地域活性化に貢献し、そこで起こっている活動が気になったりする。そういう場所がつくば市内にあるから、卒業して離れてしまったとしても、その風景を思い出すことができる。それで十分ではないでしょうか」

地域に貢献しながら誰もが自分なりの楽しみ方ができる

難易度によって点数が異なるチェックポイント。どのように回るか、チームで作戦を立てる必要がある

学生一人ひとりが力を尽くして企画したつくばR8ロゲイニング。初年度の2019年には大曽根、上郷、吉沼の3ヵ所で開催された。もう一度ルールを振り返ってみよう。

・個人ではなくチーム制
・勝敗は得点で決まる
・チェックポイントをどう回るか、順番は各チームで自由
(つまり、いかに効率よく回るかによって得点が変わってくる)
・基本は歩いて(走ってもOK)回るが、公共の交通機関を利用することが許可されている大会も(つくばR8ロゲイニングでは徒歩のみ)

「ロゲイニングの良いところは、参加者が限定されないことだと思います。つくばR8ロゲイニングには、地元に限らず遠方からも。そして小さな幼稚園児からおじいちゃん、おばあちゃんまで参加されますが、体力があって走って回るチームもあれば、お散歩気分で簡単なところ、近場をゆっくり回りましょうというチームもあるんです。自分の状態状況に応じて楽しめるのがロゲイニングの良さなので、この利点を生かせば地域の特色に応じた実施も可能になるのではないでしょうか」

つくばR8ロゲイニングは、制限時間をだいたい2〜3時間で設定している。間には必ず昼食の時間を入れるようにしているそうだ。

「地域の中でお昼ご飯を食べてもらったり、お店で何か買ったりするとポイントがアップする決まりを設けています。そうすれば、ただ単にチェックポイントをさーっと回って終わりではなく、お店で地域の人と会話をしたり、地域にお金を落としてもらうことができる。参加者と地域の方との交流が生まれることも私たちが求めるロゲイニングの面白さ、効果であると思います」

地域活性化の秘訣は、互いに与え合い、継続すること

優秀な成績を収めたチームは表彰される

このつくばR8ロゲイニングのプランを“つくばR8地域活性化プランコンペティション”に応募するに当たっては、1回開催してやりっぱなしにならないこと。その後も継続して関わり続けるということを強調したのだそうだ。それも、採択する際の評価につながったのではないか。

「プランを考えるとか、提案を行うというと、つい自分の主張が中心になりがちです。そうなってはいけないと思ったので、今考えていることは、本当に地域が求めていることかどうか、私たちは常に自問自答を繰り返していました。地域が求めていることを徹底的に聞き、それを把握したうえで、寄り添った提案をすること。さらに、つくばR8ロゲイニングは、単に地域の活性化のために、こちらから何かしてさしあげて終わりではなく、地域の方からも何かいただく。お互いに与え合う、分かち合うことが大事だという考えに行き着いたんです。ロゲイニングを開催するに当たっては、大学側、学生の側も学ばせてもらう、教育に役立てさせていただくという気持ちが強いですね」

今まで足を踏み入れたことのなかった、名前さえ聞いたことのなかった街を訪れた学生たちにとって、つくばR8ロゲイニングはどのような学びになったのだろうか。

「実施に当たっては、大学院生と大学生でチームを作って活動をしました。院生はリーダーとなって地域の方と連絡を取り合いながらチームをまとめていく。学部生はチームの中での自分の役割を自覚して、何度も地域に通っては紹介記事を書いて発信していく。それぞれ大きな成長の糧になったと思います。学生たちにとっては、単位取得という人参が目の前にぶら下がった状態だったとしても、結果的にその地域を好きになって愛着を持ったり、サポーターのような気持ちが醸成できたりすれば言うことはありません」

藤田氏の研究室のテーマは“ランドスケープデザイン”だ。卒業後にこの経験はどのように活かされるのだろうか。

「運営の主要メンバーとして携わった中のひとりは、ランドスケープ関係の設計事務所に就職して、地域計画などの仕事をしています。彼らは、参加者と同時に地域の人にも喜んでもらう、さらに自分自身にも学びがあるということを経験しました。それをクライアント、相手の話をひたすら聞いて、相手の立場に立って相手が幸せになることを考える。それを仕事でも実践していけるのではないでしょうか」

2020年以降はコロナ禍の影響もあって、つくばR8ロゲイニングの開催は延期を余儀なくされた。しかし、そもそもロゲイニングは、屋外で人が密集した状態で行うものではないから、対策さえきちんととれば安全な開催は可能だろう。状況が改善しつつある現在、次の計画は着々と進んでいるという。それは、継続が大事だと語る藤田氏の言葉通りに。

つくばR8ロゲイニングは、もちろんナビゲーションスポーツという競技であるので参加者には順位がつけられる。1位、2位、3位の参加者には副賞として地域の特産品や商店の売っているものが贈られるのだそう。先日お話を伺った、二酸化炭素排出抑制量を計算し、スコア化する機能を搭載したアプリ“SPOBY”を活用した地域イベントでも、特典は地域のものが受け取れることを思い出した。「地域のもの」。まさにこれが鍵を持つのかもしれない。

text by Sadaie Reiko(Parasapo Lab)
写真提供:つくばR8ロゲイニング