世界一幸せな国の教育とはどんなものだろうか。日本は豊かで教育熱心な国と言われているが、国連の関連団体SDSNの発表した『世界幸福度報告書2019』によると、日本の幸福度は156カ国中、58位で、先進国の中では最下位。一方、同ランキングの上位常連国のデンマークは、世界一幸福度が高いと言われており、その教育方針もユニークだ。

デンマークに留学経験のある髙橋菜美子さんは、「デンマーク人は、子どもの頃から『自分は自分、人は人』と考える。自分と他の人を比べないから幸福度も高くなるのでは」と言う。そこで今回は、髙橋さんに『人と比較しない文化』が根付くデンマークの教育とは一体どんなものか語ってもらった。

子ども一人一人の個性や能力に応じた教育が基本


現在、髙橋さんは一般企業で働きながら、デンマーク留学での経験を活かした講演活動や情報発信を行なっている。

ウエディングプランナーとして働いていた23歳のときに、全身の筋肉が徐々に衰えていく原因不明の病気を発症した髙橋菜美子さん。障がい者として生きていくことに向き合うため、2017年1月から1年間、福祉先進国のデンマークに留学し、全寮制の成人教育機関『フォルケホイスコーレ』のエグモント・ホイスコーレン校で福祉の精神を学びながら、さまざまな体験をWebコラムとして発信してきた。デンマークの小中一貫校を訪問した際には、日本の教育現場との違いをとても感じたという。

「まず、大きな違いを感じたのは、日本のような画一的な教育とは正反対だったことですね。そのひとつが、先生とは別に『ペタゴー』と呼ばれる存在の大人がいたこと。ペタゴーは、授業を受けている子どもたちの様子を観察して一人一人に適した学びのスタイルを提案していました。聞いた話によると、教科書も種類がたくさんあって、その中からそれぞれの習熟度に合わせて最適な教科書を選んでいるそう。日本のような横並びの教育ではなく、一人一人に合わせた教育なので、しっかりと子どもたちの個が育まれているという印象を受けましたね」

デンマークの学校では、教師が一方的に教えるのではなく、子どもが先生役になって教わったことを他の子に教える時間などもあるそう。教科書を読み上げるだけの授業ではなかなか覚えられないようなことでも、子ども自身が誰かに教える立場に立つことで長期記憶として残すことができる。そんな工夫を凝らした授業が取り入れられるのも、教師とペタゴーが二人三脚で教育環境を整えているからだろう。

『ペタゴー』が子どものパーソナリティや社会性の育成をサポート


デンマークの小学校の様子/写真提供:髙橋さん

ペタゴーは、言うなれば生活支援員のような存在だが、国立の養成校でしか学ぶことのできない専門性の高い職業だ。ペタゴーを必要とする場所は多く、小中学校の他にも、幼稚園、保育園、福祉施設や病院などで活躍しているという。小中学校におけるペタゴーの役割は、それぞれの子どもに適した学習環境を提供すると共に、社会性などの発達をサポートすることだと髙橋さんは語る。

「例えば、感情が抑えられない子がいた場合は、『怒ったらダメ』とか『物を投げちゃいけない』と教えるのではなくて、感情を発散してもいい場所や発散する方法みたいなものを教えたり、ソファなどを用意してその子がリラックスできる環境を作ったりするそうです。他にも、子どもたちの得意なことやコミュニケーションの取り方を観察して、個性や社会性を伸ばしてくれます」

また、休み時間や放課後もペタゴーが教室にいることが影響しているのか、それとも比較しない考えが根付いているからなのか、デンマークの小学校はいじめが少ないという。いずれにせよ、指導員(教師)ではなく支援員というかたちで子どもたちのそばにいるペタゴーの存在も、個人を尊重するという考え方に大きな影響を与えていそうだ。そして、この指導と支援の役割分担は、家庭での教育や職場のマネジメントにおいてもヒントとなりうるシステムかもしれない。

やりたいことをやる! すべて自己責任だから周囲も反対しない


留学先でデンマーク人の友人&先生と共に/写真提供:髙橋さん

実は、デンマークには偏差値という概念がなく、学力テストも近年まで行われていなかった。進学に関しても、自身が描いたライフプランに必要がないから高校や大学へは行かないと判断することも少なくないという。

日本では未だに、出身校を気にする人や学歴によって基本給に差をつける企業も存在するが、個人を尊重するデンマークの人にとって学歴や経歴は何の判断材料にもならない。大切なのは、その人がどうしたいか、なのだ。

「個人を尊重する社会は、チャレンジする人を育てる」と髙橋さんは教えてくれた。

「社会保障が手厚い国だからチャレンジできる部分もあると思いますが、デンマークは“何事も自己責任”という意識が強いので、人生の転機となるようなことは自分で決断するのが当たり前。例えば、今は少なくなったかもしれませんが、日本では男性が結婚を申し込む際に、相手の両親にお伺いを立てる、といった文化がありますよね。デンマークではそういったことは重視していない人も多く、決断するのは全て自分たち。責任を持って決断しているから、周囲の人もすんなりと受け入れられるんです。

それは遊びに関しても同じ。以前、車いすの友人が、海に入りたいと言ったことがあり、日本だったら『危ないし、車いすも錆びるからやめたほうがいい』と反対されると思うのですが、デンマークの人たちは『自分で決めたならやればいい』と背中を押してくれるだけでなく、サポートしながら一緒に楽しんでくれる。もちろん失敗することもあるけれど、誰もが何事にも『挑戦しやすい』周囲の環境があるので、デンマークでは、自分が描く未来、人生を全うできる人が多いと思います」

そしてもうひとつ、デンマーク人から教わった、人生でやりたいことをやるためのアドバイスも紹介してくれた。

「印象的だったのは、『ちゃんと、have to 〜(〜する必要がある)とwant to 〜(〜したい)の使い分けをして』と言われたこと。遊びに誘われたときに私が『勉強しなきゃなんだよね』とhave toで返したら、『それはhave toなの?want toでしょ?』って言われて…。常に自分がどうしたいかで行動している彼らにとって、やりたくないけどやらなきゃいけないことも、目的によっては、やりたいことになるんですよね」

つまり、自分で決めたプランに忠実に生きるデンマークの人たちは、“ゴールに到達するためのプロセス”であればどんなことも、want to 〜(〜したい)として捉えられるということ。勉強も「テストだから勉強しなきゃいけない」ではなく「勉強することで、将来やりたいことに近づける」と思うと、意欲もまるで違ってくる。

生き方を考えるための学校『フォルケホイスコーレ』がある


フォルケホイスコーレ『エグモント・ホイスコーレン校』の休憩時間/写真提供:髙橋さん

北欧諸国には、フォルケホイスコーレと呼ばれる全寮制の成人教育機関がある。1844年、デンマークの哲学者が、教育が行き届いていなかった農家の人のために作った教育機関が発祥。その後、デンマーク国内にとどまらず、近隣国へと広がったとされる。 大人のための学校、フォルケホイスコーレとはどんなところなのか、留学経験のある髙橋さんに詳しく聞いた。

「18歳以上であれば、学力や国籍に関係なく誰でも入学できる学校。1タームは半年ですが、再入学の手続きをすれば期間を延長することができます。フォルケホイスコーレの大きな役割は、人との共同生活を通して、自分が人生で何をしたいのか学んでいくことなので、高校卒業後のギャップイヤー(大学への入学までの期間)に入る人が大半ですね。フォルケホイスコーレの各校には、ビジネス、手芸、アートなど得意分野があり、学校選びの基準は人それぞれですが、興味のある分野が充実している学校へ行くのが一般的。私が行っていたエグモントホイスコーレン校は福祉に特化していたため、医療系大学への進学を希望する人も多かったです」

農民のための教育機関として生まれたフォルケホイスコーレは、農村地帯などの郊外にあることが多い。豊かな自然に囲まれた広い敷地の学校で、共同生活をしながら学べる。しかも、デンマークは留学生にも学費の助成制度があるため、衣食住を含めて60万円ほどで半年間の学生生活を送ることができるそう。デンマークの物価を考えると驚くほどリーズナブルだ。

誰もが対等にリスペクトし合うのがあたりまえ


エグモント・ホイスコーレンで撮影した美術の授業の様子/写真提供:髙橋さん

2017年、髙橋さんは日本人コースがあるフォルケホイスコーレ『エグモント・ホイスコーレン校』に留学。福祉に特化した同校は、全校生徒200人の内、およそ半数が障がいのある学生だったそうだが、そこではどんなことが学べたのだろうか。

「エグモントでは、介護や福祉に関する授業というよりは、アクティビティ感覚で参加できるものが多く、どの授業も議論や意見交換のような『対話』がよく取り入れられていました。日本人同士だと探り合う時間が長く続いたりしますが、デンマーク人は何も気にせずに自分の意見を言うから議論のスピードが早かったですね。タブレットを使って話すような重度障がいの学生も自ら手を挙げてしっかり発言しますし、発言に時間がかかっても周囲の学生はそれを当然待っていてきちんと聞いてくれる。私が圧倒されて黙っていても『今思っていることをそのまま言っていいよ』とちゃんと全員の意見に耳を傾けてくれる。デンマークの人には“比較しない”、“個人を尊重する”という大前提があるからこそ、誰もが対等なんだと思いました」


体育の授業の様子。障がいのある学生も一緒に参加する/写真提供:髙橋さん

エグモントは障がいのあるなしに関わらず、互いが対等な関係を築ける場所。だからこそ、障がいのある学生にも“自立心を養う” 学びがあるという。

「障がいのない学生が障がいのある学生をサポートする独自の介護システムがあり、生活を通して介護や福祉について学んでいきます。学生をしながら24時間の介護は大変ですが、デンマークは『介護=労働』という認識が強い国なので、学生同士でもしっかり契約を結んで給与も発生しているんですよ。
障がいのある学生も、何をするにしても自分からお願いしなければならないので、与えられるだけでなく、介護される中で指示や感謝の伝え方を学びます。時には、障がい者同士で助け合ったり自分が支える側になったりしなければいけない環境なので、甘えてばかりではいられないんです。そんな留学生活のおかげで、私自身もいつしか自分が障がい者だということを気にしなくなりました」

留学前は、もうみんなのように働いたり恋愛したりできないかもしれないと、他人と自分を比較しては悲観してばかりだったという髙橋さん。現在、精力的に活動する背景には、エグモントで出会った脳性麻痺の教員の存在がある。

「同じデンマーク人でも何を言っているかわからないほど発語が不明瞭な先生がいたのですが、いつもヘルパーが傍にいて先生の言葉を正しく聞き取って学生に伝えてくれていました。そんな先生たちの姿を見て『環境さえ整っていれば、障がいがあっても先生になれる!できないことはない』とすごく勇気をもらったんです。それからの私にとっては、どう病気を治すかよりも、社会や環境をどう変えるかが先決。いつ動けなくなるか分からないからこそ、動けなくなったときに後悔しないようにやれることはやっておきたいと思います」

デンマーク留学での学びを経て、人生に対する意識が大きく変わった髙橋さん。人と比較しないだけでどれほど幸福度が高まるのか、現在の髙橋さんが体現しているのかもしれない。

(参考サイト)
https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n433/n433020.html
http://www.ryugakupress.com/2018/07/02/denmark-2/

text by Uiko Kurihara(Parasapo Lab)
photo by Takeshi Sasaki