ヤマハは、同社が開発した、車室内で立体音響を実現する技術の体験会を実施した。その印象をレポートしたい。

■ヤマハならではのサウンドを付加価値として車載オーディオに取り組む

今回、ヤマハが新たに開発したのは「車室内で立体音響に対応した映像・楽曲コンテンツに没入できる」という技術。これについてヤマハ株式会社 執行役員 IMC事業本部 電子デバイス事業部長の鳥羽伸和氏は、「圧倒的な没入感で『音を聴く』というよりも『音を浴びる』といった表現が合うような体験」と自信を見せる。

車載オーディオの市場について、「ハーマングループとボーズが二強」と鳥羽氏は説明。実際にレクサスやマツダ車など多くの車種の純正オプションとして、この二社のシステムが採用されている。では、後発となるヤマハがどうやって市場に食い込んでいくのか。

JBL、ボーズの音を搭載することでクルマの付加価値を高めるという方向性もあるが、自動車メーカーも生き残りをかけてアイデンティティーの確立を図っている。たとえばテスラがオーディオブランドと協業せず、自社の音を追求するといった動きもある。ヤマハは “顧客に寄り添うサウンドデザイン” を掲げ、車種やその購入層を意識したチューニングを提案し、 “ヤマハの音” を付加価値と位置づける。

市場としては、特に中国が、良い音によるクルマの付加価値を重視しているという。ヤマハの車載オーディオは、「ZEEKR 001」(車両価格約600万円)や「MG5」(同約170万円)といった幅広い価格帯の車両に採用されている。さらに日本の自動車メーカーでも採用が決定しているそうだ。これは “良い音” に対して関心が高い一方で、その基準が顧客によって曖昧ということも背景に、「楽器メーカーであるヤマハが提案する『良い音』をクルマで再現できていることが、納得へとつながっている実感がある」と語られた。

実際に、車載オーディオビジネスが電子デバイス事業部の成長を牽引しているとのことで、同社の有するソリューションを総合的に提供することで、さらなる成長の加速を目指す。今回の技術も、クルマが第2のリビングルームとなっていくことが期待され、リアルな音への需要が高まっているこなかで、まるで車内を映画館やコンサートホールに変えるような感動体験を提供するという、同社ならではの提案となっている。

■膨大なパラメータをツールで導き出し、マイスターがチューニング

今回開発された技術は、立体音響技術「Dolby Atmos(ドルビーアトモス)」への対応によって、車室内すべてのシートで没入感ある体験を提供するというコンセプトのもと開発された。もちろん、これを実現するのは容易ではない。ホームシアターでは、例えばハイト方向を含む7.1.4chのスピーカーユニットを用いてサラウンド環境を構築するが、それをただ狭い車室内に配置しただけでは、運転席、助手席、後部座席それぞれに異なるスイートスポットに対して、適切な立体音響を再現できないからだ。

これを実現するためには、運転席、助手席、後部の2座席であれば計4座席分だけ7.1.4chのチューニングを行うことになり、膨大な組み合わせのパラメーター設定が必要となる。こうした課題を克服したことが、今回の開発のポイントとなる。

まず物理的には、高音質な合計30個のスピーカーを天井、ドア、ヘッドレストに配置した。具体的にはフロント3ウェイ(2セット/6個)、リア3ウェイ(2セット/6個)、センタースピーカー1個、サブウーファー1個。これに加えて、天井スピーカー6個、クルマ後方のDピラースピーカー2個、そして頭の後ろから聴こえてくる成分をヘッドレストスピーカー(4セット/8個)に受け持たせている。このユニットも、今回のシステムのためにハイグレードなものを開発したそうだ。

天井スピーカーやヘッドレストスピーカーも、ただ置くだけでは音像が狭くなってしまう。これについては、ハードではなくソフトによる信号処理技術によって、空間的な広がりを持たせることに成功した。同社が持つ車載向けDSPチップの開発で蓄積したノウハウを応用し、実現したという。

また、立体音響を崩さず再現するには、計30個のスピーカーから届く音が、適切な音圧と正しいタイミングで耳に届く必要がある。このために車載専用のチューニングツールを新規開発し、その精度を高めた。同社のFIRフィルター技術を採用する車載専用チューニングツール「Phitune」でゲインや位相を独立にイコライジング。さらに、鳴っている音がどの方向のものと認知されるかを可視化することで、主観に頼りがちな定位評価を定量化した。また、車室空間をバーチャル上で再現することで、膨大な組み合わせを演算することができるようにもしている。

こうしたツールを作り上げることで、優れたパラメータが自動的に導き出されるように思えるが、そうはならないと同社は主張する。将来的にそうなる可能性は示しつつも、現在はその段階には到達しておらず、人間が感動する、感性に届くチューニングは、あくまで人間によるチューニングが必要ということだ。本技術では、このパラメータをもとに、同社チューニングマイスターが最終的なチューニングを施している。

同社チューニングマイスターは、「ヤマハの強みは本物の楽器の音を知っていることで、それが音作りのコアです。我々だからこそ達成し得る音を聴いていただけると確信しています。立体音響は3次元空間で暮らしている我々にとって、“本物感” を感じられる非常に良い技術。今回の提案は、130年の歴史で磨いてきた我々の音と感性、そして最新の立体音響技術が組み合わさったものになっています」とコメントしている。

■立体音響コンテンツを体験

用意された試乗車に乗り込み、そのサウンドを体験した。ドルビーアトモスのデモコンテンツや、BTS「Butter」のように動きのある音源を聴いたが、特に印象深かったのが、一般的なクルマのオーディオらしからぬ定位だ。作り込まれていないカーオーディオでは、はっきりとフロントドアのスピーカーから音が鳴っていることがわかるのだが、それがない。

ホームオーディオにおいて、良いシステムではボーカルや楽器隊の位置感がリアルさながらに再現されるが、それと同じように、正しく配置された音が違和感なく耳に飛び込んでくる。あわせて、一般的なクルマでは全体的に沈み込んだ位置に音像が定位されることがあるが、それも目線を前に向けた状態で自然に感じられる位置となり、高さ方向のメリットが存分に活かされているように思える。

そのサウンドはやはりと言うべきか、楽器の音が自然だ。ボーカルも解像感が高く、動き回るBGMに負けず、かつバランスを崩さずになめらかに聴き取れる。キラキラとした高域やドスンとくる低音は上品な鳴らし方だが、フラットよりも楽しい音を尊重したような方向性に感じられ、決して物足りなくはなかった。

広がりについても、さすがに無限の空間とまではいかずとも、明らかに車内より広い空間で鳴っているような感覚がある。後方に回り込む音も、その移動する様がはっきり掴めるように再現されており、あらゆる方向から音が鳴っているように感じる。全身で音を浴びるというコンセプトの完成度の高さが窺える。

音楽については正面(フロントガラス)を向いた方向を基準に鳴っているように聴こえるが、映像コンテンツを見る際には、セリフは画面から聴こえてくる。これも優れたチューニングの為せる技だ。

面白いのは、この技術の応用で、クルマのエンジンを掛けた際のウェルカム音や、アクセル操作に連動した加速音などについても立体音響で再現するデモだった。安心・安全に向けた機能提案だが、カーナビのアナウンス音声の聴こえ方が音楽をマスキングせず、なおかつクッキリと聴こえたのだ。

音楽を再生しながら運転していると、カーナビのアナウンスが入る際に音楽のボリュームが下げられ、まるで数秒スキップされたようになる。アナウンスは重要な情報とはいえ、そこで音楽への気持ちが途切れるのも確かだ。この工夫によって、アナウンスと音楽の両方をしっかり聴き取れるように再生してくれるため、楽しく、そして安心して運転できそうだ。

こうしたオーディオ体験は、あくまでメーカーに対して「ヤマハとしてはこういったことができますよ」と説明するデモのために用意されたものであり、採用するかどうかはメーカー側の判断となる。また車種に応じたチューニングを行う特性上、カスタムパーツとしてカーオーディオショップに並ぶことも難しいだろう。

そのため、欲しいクルマがヤマハの車載オーディオに対応していることが、このサウンドを手に入れる条件になってしまう。ソニーなど様々なメーカーが車内エンターテインメントに力を入れているなかで、ヤマハが自身の強みを発揮したシステムを打ち出したのは、ユーザーからすると、個性ある選択肢が増えることになり喜ばしい。現在は5社で採用実績されているヤマハの車載オーディオだが、今後ますます採用メーカーや車種が増え、通常オプションとして当たり前に選べるようになることを期待したい。