■フィリップ・ジョーンズのスタイルを受け継ぐ金管楽器アンサンブル

「金管楽器だけでこんなに表情豊かな演奏ができるなんて!」。思わずそんな声を上げたくなるCDが登場した。結成されたばかりのARK BRASS(アーク・ブラス)の第一作『イージー・ウィナーズ〜PJBEへのオマージュ』のことだ。

金管楽器の演奏経験がある人なら、PJBEがフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルのことだとすぐに分かるだろう。でも最近は「PJBEってなに?」という人の方が多いかもしれない。

PJBEは英国のトランペット奏者フィリップ・ジョーンズがいまから70年前に結成した金管楽器だけのユニットで、1970年代から80年代にかけての全盛期、演奏ツアーと録音(デッカレーベル他)の両方で世界的な人気を誇った。来日公演も5回に及ぶというから、当時の人気ぶりがうかがえる。クラシックの名曲のアレンジに加え、ラグタイムやジャズの要素も取り入れた演奏は誰もが理屈抜きで楽しめるもので、ジャンルを超えていまも根強い人気がある。楽譜が入手しやすいこともあり、コンテストや演奏会でおなじみの曲も少なくない。

アーク・ブラスは、このPJBEの演奏スタイルを忠実に再現しつつ、現代のブラス・アンサンブルを牽引する存在を目指し、日本を代表する金管楽器奏者が集結したアーティスト集団だ。佐藤友紀(トランペット、東京交響楽団 首席)、福川伸陽(ホルン、NHK交響楽団 首席)、青木昂(トロンボーン、読売日本交響楽団 首席)、次田心平(テューバ、読売日本交響楽団)の4名がコアメンバーとして名を連ね、作品ごとに他のメンバーを加えて金管五重奏または金管十重奏の編成を中心に演奏するスタイルをPJBEから受け継ぐ。

名称のアーク・ブラスはサントリーホール正面のアーク・カラヤン広場に由来する。レジデント・ブラス・アンサンブルとして同ホールを活動拠点に定めつつ、10月以降、演奏ツアーも積極的に展開する予定だ(新型コロナ感染症の影響で延期または中止あり)。

アーク・ブラスの演奏はPJBEのオリジナル楽譜をできるだけ忠実に再現する姿勢を貫いている。金管五重奏と金管十重奏という楽器編成はPJBEが試行錯誤の末に到達したもので、前者はトランペット2本にホルン、トロンボーン、チューバを加えた5名、後者はトランペットとトロンボーン各4本にホルンとチューバを加えた10名が基本。曲によってはパーカッションが加わるとはいえ、「ブラスの純度と濃度」が高いアンサンブルであることは間違いない。

PJBEのレパートリーはルネサンスやバロックから現代作品まで広範囲に及ぶ。今回はそのなかからスコット・ジョプリンやクリス・ヘイゼルなど比較的ポピュラーな作品を集め、最新の委嘱作品(沢田完:サイケデリック東京)を加えて伝統と新しさを提示。まさに次世代ブラス・アンサンブルの第一作にふさわしい選曲だ。

■長い濃密な余韻が特徴のサラマンカホールで収録

録音は2021年5月に岐阜市のサラマンカホールで5日間に及ぶセッション収録を敢行。筆者は4日目の録音に立ち会うことができたので、録音の様子を簡単に紹介しておこう。

サラマンカホールは残響時間2.1秒(空席時)という長めの余韻に満たされた濃密な響きが最大の特徴だ。良質のオーク材をふんだんに使ったステージ後方にはパイプオルガンを設置し、客席側も響きの良い木材を厳選して用いている。トランペットの佐藤友紀氏が「ホールの響きが素晴らしいので、力むことなく、一番良い音で演奏できます」と語る通り、各楽器の音が互いに柔らかく溶け合い、美しいハーモニーが生まれる。

PJBEの録音はキングスウェイホールなど、ロンドン市内の数カ所の会場を使い分けていたが、いずれの録音会場も余韻はかなり長い。金管楽器のアンサンブルはエコー過多の会場では明瞭さが失われてしまうはずだが、デッカの録音は発音が明瞭で抜けが良く、しかも柔らかいハーモニーも同時にとらえている。その独特の響きにはどんな秘密があるのか、今回の録音でバランスエンジニアをつとめたオクタヴィアレコードの江崎友淑氏に訊ねてみた。

「当時の録音風景の写真を見ると、奏者を半円形に並べ、中央に5本のマイクを立てていることがわかります。余韻の長い会場を使いながら、その余韻はあまり加えずに見通しの良い音で録音していることが特徴です」。

今回もそのデッカの録音スタイルを踏襲し、メインマイクには当時と同じノイマンの「M50」をやや高めの位置に5本配置。そのほか、各奏者の直近にもサブマイクを配置し、アンビエントマイクも含めてミキシングしている。マイクプリアンプはミレニアの「HV-3D」を使用し、352.8kHz/24bitのDXDで録音を行った。

M50はビンテージと呼ぶべき貴重な真空管式のマイクで、「気合の入った録音のときだけ使うマイク」(江崎氏)とのこと。江崎氏はこのマイクの特徴について「クリアな音が録れるマイクですが、すべてを拾ってしまうので、プレイヤーがうまくないと、それをそのまま拾ってしまうんです。名プレイヤーあってこそのマイクなんですよ。でも、演奏が良ければ、その良さをさらに引き出すことができます」と語る。

真空管式ならではの使いこなしの難しさもあるという。「電源のオン・オフ時の突入電流で真空管が劣化して音が悪くなってしまうので、一度電源を入れたら切らない方がいいんです。アビーロードスタジオでも一度電源を入れたら1年間くらい切らない。今回もホールに無理を言って5日間電源を入れっぱなしにして録音しました」(江崎氏)。

■並外れた演奏能力の高さが高度な録音でさらに伝わる

アルバム冒頭のファンファーレ(ハワース)から最後の「サイケデリック東京」まで、どの作品からもこのブラス・アンサンブルの並外れた演奏能力の高さが伝わってくる。楽譜に忠実な演奏を基本としながらも、テンポと音色を微妙にコントロールしながらアンサンブルの個性を追求しているし、互いの呼吸を合わせながらフレーズごとに旋律と伴奏のバランスを瞬時に変えたり、ヘイゼルの「猫の組曲」ではそれぞれの猫の性格をユーモラスに描き分けるなど、笑いを誘う遊び心も垣間見せる。PJBEの演奏を思い出させる部分もあるが、演奏技術の頂点をきわめた現代の金管奏者ならではの妙技も遠慮なく披露する。聴きどころは枚挙にいとまがない。

サラマンカホールの柔らかい余韻を活かしながらも開放的な響きをとらえた録音も素晴らしい出来栄えだ。まっすぐ届くクリアな高音から金管楽器のイメージを覆すような柔らかい音まで、音色のパレットが広大でダイナミクスの変化も自由自在。各楽器の音像はそれぞれに3次元の広がりがあり、チューバが刻むリズムの一音一音がホールの空気を動かす様子も生々しく実感できる。

オリジナルのPJBEの音源をお持ちの読者も多いと思うが、微妙に音色が異なる複数の楽器の響きが空気中で溶け合うブラス・アンサンブルの醍醐味は今回の録音からも共通して聴き取れるはずだ。音の純度の高さや質感、そして楽器配置を含む立体的な空間描写はさすがに現代最先端の録音だけに40年以上前のデッカの録音を明らかに上回り、目の前にステージが浮かぶほどの実在感がある。

『イージー・ウィナーズ〜PJBEへのオマージュ』は気構えることなく気軽に楽しめる曲ばかりだが、そのリラックスした雰囲気を引き出すためには、高い演奏技術と優れた感性が要求される。その条件を満たしたアーク・ブラスの演奏は、PJBEの熱心なファンはもちろんのこと、ブラス・アンサンブルを初めて聴く音楽ファンにも強くお薦めしたい。