■ωプレーヤーを活用して、「Auro-3D」の映像コンテンツを自宅で試聴

長い間ステレオで音楽を聴いてきたので、左右2本のスピーカーが作り出す音場に違和感を感じたことはなかったが、最近はスピーカー1本で臨場感を追求したワイヤレススピーカーや、サウンドバー・ヘッドホンで立体音場を再生する技術が登場し、「これが正解」と言い切るのが難しくなってきた。家で音楽を聴く時間が増えた昨今、本物の臨場感を求める気持ちが以前より強まっているので、ステレオ以外のシステムで音楽を聴くスタイルにも興味を引かれる。

そんななか、イマーシブオーディオの技術を駆使した音楽コンテンツを準備中のWOWOWから、Auro-3D技術を核にしたハイレゾ収録の映像作品を配信する実証実験のニュースが届いた。iOS機器とMacに限定した再生ソフト「ω(オメガ)プレーヤー」をNTTスマートコネクトと共同開発し、オーケストラからジャズまで幅広いプログラムを準備。リスナーの反響などを参考にしながら、近い将来は独自のプレミアムコンテンツとして提供を計画しているという。

ヘッドホンや既存のサラウンドシステムでも3D音響の効果が分かると聞いたので、テスターに応募して使用機器などを登録し、自宅試聴室で試してみた。実験は2月10日まで継続中だが、参加申込み期限が迫っているので、興味のある読者は登録を急いだ方が良い。実験なのでもちろん費用はかからないが、実験終了時にアンケートに答える必要がある。

今回はωプレーヤーをインストールしたMacBookProとAVアンプ(デノン「AVC-X6700H」)をHDMIでつなぎ、9本のスピーカー(サブウーファーなしの5.4ch)で再生した。映像の解像度はフルHDで、ソニーの「VPL-VW1100ES」と120インチのスクリーンを組み合わせている。

■Auro-3Dの試聴にははソフトウェアとアンプ側でそれぞれ設定が必要

AVC-X6700HはAuro-3D対応だが、MacのAudio MIDI設定でスピーカー構成を「7.1リアサラウンド」に設定したり、ωプレーヤー側でAuro3D出力の「パススルー」を選ぶなど、アプリのマニュアルに沿った事前の準備が必要になる。

Auro-3D非対応のAVアンプ(マランツ「NR1711」)でも試してみたが、こちらはAuroSceneというモードを選ぶことで、ハイトスピーカーの再生音をバーチャルで再現でき、リアルのハイトスピーカーに準じた効果が得られる。

サンプリング周波数とチャンネル数はプログラムごとに異なり、Auro-3D以外にもヘッドホン再生用にHPLとMQAでエンコードした音源も用意されているので、一覧メニューから再生環境に合わせて最適な音源を選べばよい。再生画面右下の「Auro-3D」にチェックを入れるなど、初回の設定は少し複雑だが、AVC-X6700Hのモードを手動で「Auro-3D」に切り替えたところ、すぐに3Dオーディオならではの広大な音場が部屋いっぱいに広がった。スピーカー構成を確認するためのテストプログラムも用意されているので、まずはそちらでチェックを済ませておくとよい。

■実際の演奏会で体験する「空間全体が響いている感覚」

指揮者の位置でオーケストラを収録した「アームチェア・コンダクター」を96kHz/24bitのAuro-3D音源(9.1ch)で聴く。飯森範親指揮、東京交響楽団がミューザ川崎シンフォニーホールで演奏したセッション録音のプログラムで、エルガー《威風堂々》、レスピーギ《ローマの祭り》など、編成が大きめの曲が並んでいる。ラヴェル《ボレロ》とエルガーの作品は指揮台の位置に超広角の8Kカメラを設置し、画面左隅に飯森範親が振る指揮棒の動きがわずかに見えるだけ。その他の曲は指揮者の真後ろからステージ全体をとらえている。

オーケストラが左右180度を超えて部屋いっぱいに展開するサウンドは、まさに指揮者の位置で体験する音場そのもので、すっかり自分が指揮者になったような気分が味わえる。「おうちで指揮者」はクラシックファンなら一度は挑戦してみたいテーマだが、ωプレーヤーで体験する3次元の音響は鑑賞の視点で見てもステレオの音楽鑑賞とは異なる楽しみがあり、非常に興味深い。

映像で見るステージは手前に弦楽器が並び、その奥に木管、金管、打楽器が並ぶ見慣れた楽器配置だが、通常のステージと同様、管楽器群はひな段を使っていて、弦楽器よりも高い位置に座っている。各奏者の姿がよく見えるのはもちろんだが、音響的な意味の方がより重要だ。ひな段に乗った方が音が客席に届きやすく、ハーモニーの純度も上がる。また、カメラの位置が指揮者に近いこともあり、木管や金管の外側に座っている奏者はほぼ真横から音が届くイメージだ。

ステレオ再生でこの音源を聴くと聴き慣れたバランスで最初は違和感なく楽しめるが、Auro-3Dに切り替えると、ステージ奥の金管楽器がひな段の上から弦楽器群の頭上を通り越してクリアな音で届き、木管楽器の動きやソロ奏者の旋律も鮮明に聴こえてくる。ステレオ再生ではステージ前後の遠近感は伝わるが、Auro-3Dではそれに加えてステージやホールの上下方向の位置関係まで正確に聴き取れるので、実際の演奏会で体験する「空間全体が響いている感覚」にかなり近付く。

その3次元の音響に浸ったあと、もう一度ステレオ再生に切り替えると、聴き慣れたコンパクトな音場に安心はするものの、音がスピーカーに張り付いたように感じてしまう。コンサートホールに出かける機会が多い人なら、Auro-3Dのイマーシブオーディオの方が実際の鑑賞体験に近いことに気付くはずだが、普段オーディオ装置で聴くことが多い音楽ファンのなかには、楽器の定位や発音がリアルすぎて、かえって違和感を感じる人がいるかもしれない。

もちろん、指揮者目線ということを考えると、イマーシブオーディオの方が実際に近い。指揮台に立つと、目の前に広がるオーケストラのすべての楽器から自分に向かって音が集まってくる感覚を味わえるのだが、それにかなり近い体験ができる。

■演奏者と空気を共有するコンサート会場の感覚が鮮やかに蘇る

東京カテドラル聖マリア大聖堂で収録したマリンバの二重奏や独奏、バチカンの大聖堂で演奏したヴェルディのレクイエムなど、残響時間が非常に長い空間で収録したプログラムは天井まで届く余韻の広がりや空気を揺るがすオルガンのスケールの大きさが聴きどころだ。ヴェルディはバンダのトランペットがほぼ真横に並び、前方の合唱やオーケストラと対比させる効果が際立つ。

一方のマリンバによるバッハの無伴奏チェロ組曲は、一台のバスマリンバでの演奏とは思えない豊かなハーモニーが素晴らしい。東京カテドラルでの収録は残響が長すぎて響きが不明瞭になると考えがちだが、マイクの配置とバランスが適切なためか、一音一音のアタックはクリアで、速い音符の動きが混濁することもなく、音楽の流れはとても自然で淀みがない。

イマーシブオーディオでは複数のチャンネルを駆使して直接音と余韻を混濁なく再現できる良さがあり、特にAuro-3Dで収録した音源は演奏会場の空間を忠実に再現する例が多いように思う。

今回の音源のほとんどは、WOWOWの入交英雄氏が収録している。さまざまな演奏会場の音響を熟知していることに加え、イマーシブオーディオの収録経験が豊富で、楽器編成や作品ごとの特性を考慮しながらマイクのバランスを適切に追い込んでいることが伝わってきた。

配信中の演奏会やセッション録音の一部は筆者も収録に立ち会い、演奏現場の空気感や余韻の特徴を生で体験している。現場では演奏者と空気を共有する感覚の大切さを強く実感したが、今回のハイレゾ・イマーシブ音源からは、その感覚が鮮やかに蘇ってきた。特に残響時間が長い会場で録音した音源は、ステレオ再生以上に自然に音楽に浸ることができ、演奏への強い没入感が得られたことを報告しておきたい。