■最高級の環境でAuro-3Dを再生。生の臨場感にどこまで迫れるか?

昨今のオーディオ界隈のトレンドとして、ドルビーアトモスや360 Reality Audioといったイマーシブオーディオ(空間オーディオ、立体音響、3Dオーディオなどと呼ばれることも)が注目を集めている。ストリーミングサービスで配信される楽曲も増え、ヘッドホンを含む対応機器も徐々に揃いつつあるが、なかでも特に音にこだわるエンジニアやミュージシャンから非常に高く評価されているのが「Auro-3D」と呼ばれるフォーマットである。

WOWOWは、このAuro-3Dを活用した「リアルタイム生配信」という実験的なプロジェクトに力を入れている。ハイレゾに加えサラウンドフォーマットを活用することで、より臨場感の高いライブ配信を自宅で楽しめるようにしようという試みだ。この1月11日、12日の2日間に渡り、東京都・渋谷区のハクジュホールから、実証実験としての生配信が行われた。

その模様を、Auro-3Dをフル環境で再生できる東京都・目黒区にあるメディア・インテグレーションのラボ(以下MIL)で視聴することができたので報告しよう。

Auro-3Dを自宅で視聴できる環境はまだまだ限られている。ヤマハやデノン等の対応するAVアンプに加え、天井を含む複数のスピーカーが必要となるため設置の難易度は低いとは言えない。Auro-3Dを、比較的自宅でも構築しやすいシステムで再生した結果は、先に公開した山之内 正氏のレポートを参照して欲しいが、ここでは、 “最高級の環境でAuro-3Dを再生するとどこまでの世界が再現できるのか” というテーマでもってお届けしたい。

■フォーカル埋め込みスピーカー「CI」でマルチチャンネルを構成

筆者が参加したのは、1月11日に開催された落語家・林家たけ平らによる落語の配信である。落語を高音質で配信するというのも非常に珍しい試みであるが、実際に体験した結論から言えば、噺家の独特の間の取り方やキャラクターの描き分けは、声の表現のみならず、微妙な空気感の違いで構成されており、イマーシブオーディオでは、まさに寄席の会場で他の来場者とともに落語を楽しんでいるかのような臨場感やリアリティを感じることができた。

このMILを運営するメディア・インテグレーションは、オーディオ機器の輸入販売も手がけており、特に昨今力を入れているのがフランス・フォーカルのスピーカー。このMILにもすべてフォーカルのシーリング/ウォールマウント・スピーカー「CI」が導入されている。なお、フォーカルのなかでもハイファイのスピーカーはラックスマンが輸入を担当、メディア・インテグレーションはホームシアターなどに活用される埋め込みスピーカーをラインナップするCIラインと、スタジオ用のアクティブ・スピーカーをラインナップするプロラインを取り扱っている。

MILではフォーカルの「CI」を全64ch分用意し、リスナーを360度方向から文字通り「球状に取り囲む」ような形で配置している。写真で見ると魚眼レンズで撮ったように見えるかもしれないが、そうではなく実際に球面のような形でスピーカーが配置されているのだ。Auro-3Dはもとより、ドルビーアトモスや360RAなども “フルスペック” で試聴できる、国内でも珍しい環境となっている。

Auro-3Dがドルビーアトモスと大きく異なる点としては、ドルビーアトモスがオブジェクトベースなのに対して、Auro-3Dはチャンネルベースとなっており、それぞれのチャンネルのスピーカーに対して再生する音源が対応する形となっている。そのため、スピーカーのセッティングを厳密に行う必要はあるが、製作者の意図した音源をそのまま再現できるというメリットもある。

Auro-3Dのチャンネルは大きく3層に分かれており、いわゆるサラウンドレイヤー(耳の高さ、通常のサラウンドシステムと同じ)、ハイトレイヤー(上方向、サラウンドレイヤーのそれぞれ上の位置)、トップレイヤー(いわゆる天井。頭の真上)の3層で構成される。もちろんこのMILはこの3層をフォローすることに加えて、下方向、つまり足元にもスピーカーが埋め込まれている。文字通り「球体」のなかにリスナーがいるようなイメージとなる(※Auro-3Dでは下方向は使用しないが、360RAでは下方向も存在する)。

■落語や漫才・寄席囃子を超高音質なイマーシブサウンドで!

前置きが長くなったが、1月11日は、前座・林家たたみと真打・林家たけ平の落語、笑組の漫才、それに通常は表に出ることのない寄席囃子の実演が行われ、世界中に生配信された。

配信を試聴するには、WOWOWがβ版として現在無償で提供している「ωプレーヤー」(MacまたはiOS版のみ)の使用が必須となる。Auro 11.1chのデジタルで出力された音源は、RME「Digiface Dante」より出力、avidの「Pro Tools MTRX」で任意のスピーカーへ信号がアサインされボリューム等のコントロールが行われる。その後パワーアンプで増幅され、フォーカルのスピーカーで再生される(なお、デコーダーやパワーアンプ等はいわゆる民生用機器ではなく、メディア・インテグレーションが強みを持つプロユースの機材で構成されている)。

寄席囃子は、通常お客さんの呼び込みや噺家が登場するタイミングで演奏されるもので表に出ることはないが、今回は特別に舞台上で披露。三味線は、再生環境のクオリティが不十分だとチープなサウンドに聴こえてしまうことがあるが、今回のシステムでは弦を弾く一瞬のタイミングや、フレットレスで微妙なニュアンスを描き分ける奏者の演奏スキルが非常に豊かに聴こえてくる。さらに印象的だったのが参加者の拍手の音で、これはステレオでは再現できない、まさに「観客席で一緒になって舞台を楽しんでいる」高揚感をもたらしてくれる。

ステレオ録音は、登場から何十年もの歴史を持ち、楽器や声を限りなく生音に近く、またライブ会場にいるかのような臨場感を追求してきた背景を持つ。長年の技術的な研鑽により、極めて芸術的レベルの高いところまで洗練されてきたことに疑いようはないが、イマーシブオーディオがもたらすものは、それとはまた別次元、いわばフィールドの異なるリアリティの世界であるように感じられた。

現に私たちがライブ会場で演奏を楽しんでいるとき、聴いているのはホールの壁からの間接音も含む、360度全方向からのサウンドである。その “ホール感” のようなものは、特にこういったイマーシブオーディオによって、より可能性が開かれるものなのではないかと感じられた。

前座の林家たたみ、笑組の漫才に続いて(こちらも音を上手く活用したパフォーマンスで非常に楽しめた)、最後に真打・林家たけ平の「幾代餅」という演目が披露された。

筆者は恥ずかしながらこれまでの人生で落語をきちんと聴いたことがなく、この「幾代餅」も落語ファンの間では非常に有名な話ということだが、当然こちらも初体験。遊女に恋焦がれる正直者の清蔵と一緒になって一喜一憂、大団円のハッピーエンドまで、すっかり物語に引き込まれてしまった。

落語は初心者がいきなり何かを語れるようなものではないが、改めて深く理解できたことは、落語家というのは一人何役をもこなすマルチプレイヤーであり、登場人物のそれぞれの性格や置かれた状況、感情などを、声とわずかな身体的パフォーマンスで表現しなければならない。ちょっとした声の出し方や空気感の作り方によって、商家の旦那、おかみさん、奉公人、医師、また吉原の遊女といった複数の登場人物を描き分け、一瞬にして状況を観客に伝える。

そしてそういった登場人物がもつそれぞれの空気感は、やはり視覚だけではなく、聴覚、つまり音による情報量も非常に多いことが良く分かった。今回のようなイマーシブサウンドでは、そういった “空気感” をリアリティ豊かに伝えることによって、物語への没入感を飛躍的に高めることができるのだ。

Auro-3Dのコンテンツはまだあまり数は多くないが、2LレーベルのBlu-rayディスクや、ウィーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート」のBlu-ray版にもAuro-3Dが活用されている事例もある。また今回のようなデジタル配信によるコンテンツはこれからも期待したいところだ。

今回の落語はリアルタイム配信のため現在は視聴できないが、「ωプレーヤー」では、ベータテストとして過去に収録された13のコンテンツを無料で公開している。2月10日までの期間限定となっているので、イマーシブオーディオに関心のある方はぜひベータテストへの申込みを行ってほしい。