PCゲーム配信大手の「Valve」が、携帯ゲーム機「Steam Deck」について、日本・香港・台湾・韓国でも予約を開始した。アメリカなどではすでに販売・出荷が開始されているが、日本では年末までに予約者向けの出荷が始まる。

Steam Deckはかなり特殊な製品だ。日本で大ヒットするか、というとなかなか難しいとは思う。だが、そのビジネスモデルを含めた位置付けには、興味深い点が多数ある。改めてその意味を考えてみよう。

■Steam Deck登場の背景にある「PCゲーム」の成長

Valveはゲームメーカーでもあるが、PC用ソフト配信の大手でもある。むしろ今は、Valveという社名・ブランド名より、配信サービスの名称である「Steam」の方が知名度は高いだろう。

世界的に見ると、PCゲームのシェアは拡大を続けている。コロナ禍でゲーム全体のニーズが上がったこともあるが、配信やe-Sportsなどの要素から、あえてPCを選ぶ人も増えてきている。家庭用ゲーム機も売れ行きが下がっているわけではないので、家庭用ゲーム機とゲーミングPCの両方を持つ人が増えている、ということなのだろう。

規模の小さなインディーゲームメーカーでも、大手ゲームメーカーでも、すでにPCゲームは無視できない市場だ。7月26日に発表された、カプコンの2023年3月期第1四半期連結業績(2022年4月1日〜2022年6月30日)によれば、この期間での同社ゲーム販売におけるPCゲームの販売本数比率は、全体の50%に達したという。比率は新作ソフトの有無などで変化するのだが、少なくとも家庭用ゲーム機と同じくらい、PCゲームが重要で欠かせないプラットフォームになっているのは間違いない。

ゲーミングPCは高い性能を求められる。そのため、基本的には大柄な製品が中心ではある。だが、「どこでもゲームをしたい」というニーズは明確にあるので、ポータブルなゲーミングPCはいくつも出ている。先日も中国のAYANEOが、398gと軽量なゲーミングPC「AYANEO AIR」を秋に発売する、と日本でも発表したところだ。

■ゲーム機とはいえ「PC的なマニアックさ」は健在

PC向けゲームが広がっているといっても、それは家庭用ゲーム機とはちょっと意味合いが違う。特にポータブル製品は、まだ相当にマニアックな製品といえる。

家庭用ゲーム機の利点は「どれも同じスペックである」ことに尽きる。結果として、ハードとソフトを揃えれば、誰もが同じようにゲームを楽しめる。またゲームに特化した構成であるので、コスト的にも有利になる。

PCゲームは、さまざまなバリエーションのハードウェアでゲームを楽しめるのが利点ではある。コストをかければ画質面で家庭用ゲーム機を超えるのも容易だ。一方で、ゲームを快適に楽しむには、自分で快適と思える描画設定を見つける必要がある。性能面で制約の多いポータブル製品ならなおさらだ。

PCアーキテクチャでポータブル製品が作れるようになったのは、インテルやAMDが提供する、SoC内蔵のGPUが高性能化したためだ。NVIDIAやAMDの外付けGPUに比べると性能は劣るし、バッテリー動作時間は数時間程度と短く、本体の質量も重い。不利は多数あるわけで、気軽にゲームをしたいだけの人にはおすすめしない。

Steam Deckは、いま世の中にある “Windowsベースのポータブル・ゲーミングPC” とは異なる存在といえる。しかし、こと「性能の制約」「サイズの制約」という点では、同じ欠点がある。質量が669グラムもあり、数時間しか動作しないポータブル・ゲーム機であることに変わりはない。だから、Steam Deckが出たからといって「家庭用ポータブル・ゲーム機の市場」を脅かすことはあり得ない。事実、アメリカでもそうなっていない。

■家庭用ゲーム機から学んだ構造でコスト低減

とはいうものの、Steam Deckが興味深い製品であることもまた事実だ。OSにWindowsを採用したポータブル・ゲーミングPCはけっこう高い。小さくともPCには違いないわけで、結局10万円以上するものがほとんどだ。

一方で、Steam Deckは、最も安価なモデルだと5万9800円。米ドルベースだと399ドルだから、この円安がなければもう少し安い値付けになっていただろう。

安価になっている理由は3つある。1つ目は、OSがWindowsでないこと。Linuxベースの独自OS「Steam OS」を使っており、Windowsのライセンス費用が不要な分、安くなる。

2つ目は、ストレージ量を少なくしていること。ポータブル・ゲーミングPCは、PCとして見ると意外とリッチな作りだ。ゲームをするには性能は高い方が有利なので、一般的なモバイルPCよりもスペックが高めになっており、結果として価格も高くなっている。

Steam Deckの最小スペックのモデルは、内蔵ストレージが64GBと少なめだ。一番上のモデルだと容量は最大512GBまで増えるが、価格も9万9800円と高くなる。読み込み性能は、下位機種(eMMC)でも上位機種(NVMe SSD)でもそこまで違わないそうで、Micro SDカードで容量を追加できるためか、最廉価モデルを選ぶ人が意外と多い。

そして3つ目が「独自設計で多数作る」からである。OSはLinuxベースなのでWindowsのアプリはそのままでは動かないが、Steam OSが主にゲームを動作させるための互換レイヤーである「Proton」を搭載していて、Windows用に開発されたゲームも動作する。ゲームに特化した構造なので、不要なタスクは少なく、ゲーム向けに性能を出し切りやすい。

ストレージが安価なモデルでも上位モデル同様に動作するのは、高速なPCIeブリッジを使っていて、制御するコントローラーも高速なものを採用しているからだ。またプロセッサーもAMDと共同開発し、Steam Deck向けに一括大量調達したもの。すべてのモデルで同じものを使っていて、量産する分コスト的に有利になる。

独自OSかつ独自設計ハードウェアでパーツは同じものを一括調達、というのは、PCというより「ゲーム機」と同じ構造と言っていい。ハードウェア設計的には家庭用ゲーム機に近いモデルでありながら、ソフトとしては「PCゲームを動かす」という選択をしているのが、Steam Deckの特徴であり、他のポータブル・ゲーミングPCとの違いである。

■最初から「ソフトがある新型ゲーム機」、PCゲーマーの「サブ」として普及も

とはいうものの、前述の「ゲーミングPCの特徴」は、Steam Deckにもそのままあてはまる。Steam Deck向けにゲームを作ってもらうのではなく、PCゲームを「Steam Deckでも動くように配慮してもらう」形になるからだ。

ゲームを快適に動作させるには、自分で最適な設定を見出す必要がある。ここが最大のネックだが、逆のことも言える。この構造であるが故に、新型のゲーム機が必ず抱えることになる「ソフトがない」という問題が発生しないのだ。

一方で、日々大量に発売されるPCゲームを効率的に楽しむためには、デスクトップPCだけでは不満を持つ人もいる。そんな人々に「PCゲームをもう少し気軽に遊ぶ」ための機器を提供するのが、Steam Deckの狙いといっていい。今よりもSteam Deckが普及し、ゲームの設定でも工夫しなくてよくなれば、さらにお手軽になるだろう。

価格を見ても、この製品を子供が買うことはない。ゲームが好きな大人が「ソファやベッドでもPCゲームの続きをする」「Steamのバーゲンで買った積みゲーを楽に遊ぶ」ために買うものだ。Steamを日常的に使っている人ほど、その価値を感じるのではないだろうか。今のマニアックさは、PCゲームプレイヤーにとっては「それはそれでアリ」な世界でもある。

Steam Deckでいきなり日本のゲーム業界が変わることはないが、PCゲームが普及していく中で「ポータブルとしてはSteam Deckを選ぶ」人が増えてくる可能性も高い。