未曽有の危機で露わになった日本経済の弱点とは。15人の識者がウィズコロナの世界を語った『変質する世界 ウィズコロナの経済と社会』において、元ゴールドマン・サックス、現在は小西美術工藝社代表として伝統工芸に携わるデービッド・アトキンソン氏が、新型コロナウイルスとともにある日本の社会の在り方を提示している。本稿ではその一節を抜粋して紹介する。》

※本稿は「Voice」編集部編『変質する世界 ウィズコロナの経済と社会』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです

聞き手:Voice編集部(中西史也)


企業支援の対象が間違っている

――新型コロナ禍が日本経済に多大な影響を及ぼしています。政府は全国民一律で10万円の特別定額給付金、また休業を余儀なくされた企業の雇用を維持するための雇用調整助成金(従業員1人当たり、1日に15,000円〈上限額〉)の給付を決定しました。これらの政策をどう評価しますか。

(アトキンソン)経済対策のうち真水(付加価値を直接増やす効果のある対策)の規模が小さいのは仕方がないと思います。国債と借入金などの残高を合計した日本の「借金」は、2019年末時点で約1110兆円であり(財務省発表)、世界で突出して厳しい財政状況にあります。

今回の給付は将来世代が返済する必要があるわけで、はたして最善の方策だったのか。国民は冷静にみなければなりません。コロナ危機が長引けば給付は一度では済まされず、ますます国の財政を圧迫するでしょう。

さらに最大の問題は、政府による企業支援策の対象が、生産性の低い小規模事業者に偏っていることです。

――どういうことでしょうか。

(アトキンソン)まず、基本的なことから整理しましょう。

日本企業のうち大企業はほんの一握りで、99.7%は中小企業です。また、報道ではよく大雑把に「中小企業」といわれますが、そのなかでも小規模事業者が85%、中堅企業が15%です。

各々の定義は業態によって異なりますが、製造業であれば、従業員数300人以下が中堅企業、20人以下が小規模事業者に当たります。

――一言で「中小企業」といっても、その実態は小規模事業者がほとんどを占めているわけですね。

(アトキンソン)ところが、小規模事業者の雇用者数は全体の2割ほどにすぎず、46%の日本人は中堅企業で働いています。小規模事業者は法人の数こそ多いものの、1社に働く従業員数が少ないため、雇用の総数は多いとはいえない。

また、小規模事業者の創出付加価値は全体の14%にすぎない。日本の雇用者全体を考えれば、小規模事業者ではなく、中堅企業が最も核になります。

今回の雇用調整助成金は企業の規模を無視した一律のもので、そのメリットを受けるのはほとんどが小規模事業者です。しかも助成の基準を最初は最低賃金にしていたので、その雇用比率が高い小規模事業者の恩恵が大きい。今でも15,000円が上限となっています。

本来であれば中堅企業を守る政策を優先するべきにもかかわらず、小規模事業者を優遇している。いま本当に求められるのは「多くの法人」に対してではなく、「多くの就業者」に対して支援を届けることなのです。


危機はウイルスだけではない…予測される大災害による深刻な経済被害

――具体的に、どういった企業支援策を講じるべきでしょうか。

(アトキンソン)仮に企業に支援金を支給するにしても、生産性の現状の水準とこれからそれをどう高め、労働者の賃金をいかに上げるか、おおよそでもいいので今の一人あたりの生産性とそれを高める計画を企業に提出させ、それを金融機関がチェックする仕組みが必要です。

日本の厳しい財政状況は、人口減少によって今後ますます加速します。GDP(国内総生産)が増えていない状況で際限なく財源を使うことは、将来世代への負担をいたずらに増やすばかりです。

――いまは危機なのだから国債を大量に刷ればよい、と主張する識者もいます。

(アトキンソン)完全雇用に近い日本では、財政出動だけでは特効薬になりません。産業構造の改善策がないままでは逆効果です。繰り返し強調しますが、次世代への負担を考えれば野放図な措置はとるべきではありません。現実問題として、財務省もその考えは採用しないでしょう。

忘れてはいけないのは、危機はコロナだけではないということ。

もしも近い将来に大災害が起これば、その経済的打撃は計りしれない。公益社団法人土木学会のレポート(「『国難』をもたらす巨大災害対策についての技術検討報告書」)によると、経済被害と資産被害を合わせた額は首都直下型地震で778兆円、南海トラフ巨大地震で1410兆円に及ぶといいます。

日本がコロナと震災の二重苦に直面したとき、放埒な財政政策のしわ寄せが未曾有の危機をもたらす事態は避けられません。