苦境に立たされる旅行業界。「観光立国」を推進してきた我が国の戦略は再考を迫られている。新型コロナの収束が不透明な状況下、いかなる旅を提供するのか。コロナ禍の真っただ中に業界最大手のトップに就任した山北社長が語る覚悟とビジョン。

※本稿は『Voice』2021年4月号より一部抜粋・編集したものです。

聞き手:Voice編集部(中西史也)


あらゆるリスクに備えなければならない

――新型コロナウイルスの感染拡大から1年以上が経ちましたが、観光業界は依然として大きな打撃を受けています。山北社長は、コロナ禍真っただ中の昨年6月に社長に就任しました。この1年をどう振り返りますか。

山北 まったく経験したことのない次元で世界中が影響を受けた一年だったのは間違いないでしょう。これまでも観光産業には、戦争やテロ、感染症といった突発的に生じうるリスクはつきものでした。ただ、これだけ広範囲かつ長期間にわたって余波が続く例はなかった。

日本の観光産業は、2007年1月に観光立国推進基本法が施行されて以降、右肩上がりで成長してきました。2008年に約835万人だった訪日外国人旅行者数は、2018年には3000万人を超えた。

また、観光は経済面のみならず、国際交流や地方創生の側面でも大いに貢献してきました。ところが、その順調な流れをこのたびのコロナ禍が覆してしまった。現在の観光産業は深刻な状況にあります。

――停滞する旅行の喚起を狙った政府の事業「Go To トラベル」により、同キャンペーンが開始された昨年7月22日から12月15日までのあいだで、利用人泊数は累計で少なくとも約8282万人泊に達しました(観光庁発表)。

旅行業界の立場からは、同キャンペーンの効果をどうみますか。

山北 業界にとってプラスに働いたことは確かです。旅は人びとの暮らしを豊かにするために不可欠なものです。加えて、それを実現する観光インフラを支えることも含めて、こういった支援策があると考えています。

「Go To トラベル」も、関係諸機関の皆様の協力のもと、感染防止策を徹底したうえで推進されてきました。ただ、誰も経験したことのない状況下での開始でしたので、具体的な運用においてはキャンペーンを進めながら同時並行的に考えざるをえなかった面もあったでしょう。

――「Go To トラベル」は現在(4月上旬)、全国で一時停止されています。今後どのような施策を政府に望みますか。

山北 新型コロナの感染が収束に向かうこと、これが最も大事なことです。一定の収束をみた段階で、人びとの交流を促し、傷んだ観光インフラを支える何がしかの施策は必要でしょう。

具体的な中身については、関係者のあいだで検討が進められていることと思います。

一般的に観光というと、我々のような旅行業界や宿泊施設などをまずイメージされるかもしれません。しかし、ほかにも飲食店や交通機関など多岐にわたる事業者が関わり、一大経済圏を形成しています。

世界のGDP全体のうち10%が何らかのかたちで観光に関与しており、労働人口も世界全体の10%を超えるといわれています。日本のみならず国際的にみても、観光産業の復活は(経済的にも)不可欠なのです。

そもそも、人びとが交流する機会を失うことは、人類にとっての重大な問題といえるでしょう。人間は挨拶から始まり、交流することで互いの関係を深めていく。

その大事な体験を絶やさないためには、新型コロナといった感染症に限らず、あらゆるリスクに備えなければならない。持続可能なかたちで交流ができる施策が必要ですし、我々自身もそうした取り組みを実践していくつもりです。


最高の体験はリアルのなかにある

――「持続可能な交流」のために、JTBとしてどのような取り組みを行なっているのでしょうか。

山北 我々は、デジタルとリアルのハイブリッドな旅行のかたちを掲げています。まず、先ほど「交流」の重要性を申し上げましたが、その本質はリアルな体験のなかにあります。

旅先で感じる独特の雰囲気、郷土の個性があふれる食事、現地の人びとのぬくもり――。これらを最大限に感じられるのはリアルにほかなりません。

またJTBは、「旅マエ」「旅ナカ」「旅アト」のサイクルのどの場面においても、お客様に最大限満足していただけることをめざしています。

「担当者の説明のおかげで、旅行が楽しみになった」「添乗員がいてくれたおかげで、自分たちだけで行くより何倍も旅を堪能できた」「今回楽しかったから、またJTBを利用しよう」。このように言っていただくことが、私たちの仕事の原動力です。

そのうえで、お客様にさらに満足していただくためには、この時代であればデジタルの活用も欠かせません。たとえば現在は、オンラインによる旅行相談を実践しています。

コロナ禍で外出を控えているお客様とJTB社員がオンラインで繋がれば、時間と場所の制約を受けずに旅行プランを話し合えます。

JTBは全国に店舗を展開していますから、たとえば福島在住の方が広島に旅行しようと思ったときに、広島の店舗の社員とオンラインで相談することができる。

現地の視点からご案内したほうが、よりその土地の雰囲気や魅力が伝わるケースもあるでしょう。最終的にはリアルを体験していただくとしても、旅行を満喫してもらうための一つの手段にデジタルはなりうるのです。

――新型コロナが収束したのちも、リアルとデジタルのハイブリッドは継続されるわけですね。

山北 そのとおりです。自社のサービスや今後の展開を発表するセミナー・イベントを開催する際も、オンラインツールは非常に有効です。会場に直接足を運ばずとも参加が可能ですし、収束後も「ニューノーマル(新常態)」の考えのもと「三密」を避けられます。

もちろん、国内の遠方だけではなく、世界各地のどこの在住であろうとも、日本で開催しているイベントに参加できます。これからもオンラインツールを利用して、グローバル展開のイベントを進めていくつもりです。

――JTBが昨年11月に発表した「『新』交流創造ビジョン」は「お客さまの『実感価値』の追求実現」を掲げています。どういう狙いがあるのでしょう。

山北 提供するサービスの付加価値を高めるのは当然として、我々の最終的な目的はお客様に満足していただくことです。その意味で用いているのが「実感価値」という言葉です。

効果を計測するのが難しい概念ですが、基本的には「お客様のカスタマージャーニー(旅行者の日常から旅マエ・旅ナカ・旅アト全体を含む体験を表す)」における多様な接点を捉えていくことで高めていきたいと考えています。

――コロナ収束後も「ニューノーマル」が続くとすると、感染症対策を軽視することはできないでしょう。そうした状況で、人びとの観光に対する需要はどう変化するとお考えですか。

山北 感染が収束していない現在、旅行を控えようと考えるのは当然のことです。その意味でも、まずは一刻も早い収束を望むばかりです。

一方で、旅行に対する潜在的な欲求は依然として高く、むしろコロナ禍を経験し、「交流」の大切さがあらためて認識されたのではないでしょうか。安全・安心な旅行が可能になれば、需要は再び高まると考えています。