苦境に立たされる旅行業界。「観光立国」を推進してきた我が国の戦略は再考を迫られている。新型コロナの収束が不透明な状況下、いかなる旅を提供するのか。コロナ禍の真っただ中に業界最大手のトップに就任した山北社長が語る覚悟と旅の魅力とは。

※本稿は『Voice』2021年4月号より一部抜粋・編集したものです。

聞き手:Voice編集部(中西史也)


「地球規模」の展開がJTBの理念

――JTBは、グループの人員を2021年度までに19年度比で約6500人削減すると表明しています。現在は体制を立て直す「守り」の局面でしょうか。

山北 いまが「守り」で、落ち着いたら「攻める」という考え方ではなく、攻守を同時並行で取り組まなければなりません。人員削減は誠に苦渋の決断でした。お客様のために事業活動を続ける。そのための緊急措置に踏み切らざるをえなかったのです。

――山北社長は過去にJTB欧州本社代表を務めるなど海外経験も豊富です。海外展開に関しても、コロナ禍で再考が迫られるでしょうか。

山北 現在はそもそも渡航が制限されているため、国外のサービスはいったん縮小せざるをえません。しかしコロナ禍が収束したのちは、グローバルな展開を緩めるつもりはありません。

先ほどお話ししたオンラインツールの利用は象徴的な事例ですが、デジタル化によって今後はさらに国境の垣根がなくなっていきます。空港での顔認証システムの精度も上がり、移動の手続きもますます簡素化していくでしょう。

JTBは、「地球を舞台に、人々の交流を創造し、平和で心豊かな社会の実現に貢献する」という経営理念を謳っています。すなわち、活動領域は「地球規模」であり、国内だけに縮むつもりはありません。

コロナが落ち着いた後の世界の交流人口は、再び拡大するでしょう。その流れを捉えていく戦略は変わりません。世界中の人びとに観光やビジネスの交流を楽しんでいただけるよう、この難局を何としても乗り越える覚悟です。


世界の平和に寄与する国際交流

――コロナ収束後の旅行を楽しみにしている人も多いでしょう。旅の魅力をひと言で表すと何でしょうか。

山北 旅は人の心を豊かにします。

さまざまな地域の文化に触れ、現地の人たちと交流することで、人間としての深みが増す。本場のフランス料理に感動して料理そのものに興味をもったり、アメリカ旅行をきっかけに英語を学ぼうと思ったり、国内観光で日本文化の素晴らしさを再発見できたりするかもしれません。

「かわいい子には旅をさせよ」という言葉がありますが、旅先でたとえ困難な状況に直面しても、その経験がむしろその後の人生の糧になるのではないでしょうか。

――立命館アジア太平洋大学の出口治明学長は、人生における「人×本×旅」の重要性を訴えていますね。

山北 出口学長のお話には頷かされます。日本では1964年4月から観光目的の海外渡航が自由化されましたが、第1号のハワイツアーをJTB(当時の社名は株式会社日本交通公社)が担いました。

そのツアーに参加された方のお一人が、のちに「ハワイ旅行でその後の人生が豊かになった」と語られていました。やはり、旅はその人の人生に少なからぬ影響を与えると痛感したものです。

――山北社長自身の人生観に影響を与えた旅、もしくは仕事でのエピソードはありますか。

山北 私が20代半ばに海外旅行の法人営業をしていたころ、日本の石油系の企業関係者をUAE(アラブ首長国連邦)に視察でお連れする機会がありました。

当時は湾岸戦争(1990〜91年)が起こる少し前でしたが、日本では中東といえば紛争やテロといった危険をともなうイメージがありました。

しかし現地に赴くと、その印象はガラッと変わった。人びとは皆親切で、友達のようにフランクに接してくれたのです。

石油担当の政府関係者を訪問すると、オフィスのドアはすべて自動で、巨大なスクリーンに映し出された画面を使ってプレゼンテーションが行なわれる。当時の日本よりもはるかに先進的な光景が目の前に広がっていました。

日本からニュースなどで得た情報だけでは、その国の実態まではわからない。現地でのリアルな体験によってこそ、肌感覚で国の文化や雰囲気に触れられるのだと再認識しましたね。

――他国への理解を深める意味でも、国際交流は重要ですね。

山北 もちろん世界平和は簡単ではありません。しかし、それでも人びとの交流が果たす役割は少なくないはずです。

日本から海外に赴くだけではなく、日本を訪れた外国人が我々の文化に魅了され、良いイメージを抱く場合もあるでしょう。その積み重ねが、友好な国際関係を築くこともある。

ところが、この一年は新型コロナの影響により、日本国内の修学旅行さえ実施がままならない状況でした。実現に向けて尽力された学校、自治体もありますが、海外を訪問する交流は完全にストップしてしまった。

感染状況を考えればやむをえないことですが、学生が多感な時期に異文化を体験する機会が奪われたことも、新型コロナがもたらした負の側面といえるでしょう。リアルな国際交流が1日も早く再開することを願っています。