「日本人は世界経済の大きな潮流を理解していない」。国際通貨基金(IMF)を経て、東京都立大学教授を務める宮本弘曉氏は、その結果が日本経済の停滞を招いたと語る。本記事では日本人が勘違いしている大きな潮流のひとつである「グリーン化」について、その本質を語る。

※本稿は、宮本弘曉『101のデータで読む日本の未来』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。


なぜいま、世界全体でグリーン化に取り組む必要があるのか?

経済のグリーン化とは、地球環境に配慮して経済活動を行うことで、経済成長と環境保全の両立をはかるものです。環境や気候の変動は地球規模、人類規模で、経済はもちろんのこと、人間生活に破滅的な打撃を与える可能性があるとされています。

ダボス会議で有名な世界経済フォーラムの報告書「グローバルリスク報告書2021」では、発生可能性が高いグローバルリスクの上位5位のうち4つが環境リスクに関するものになっています。

中でも、私たちが直面している最大の環境問題は、地球温暖化による気候変動です。地球温暖化とは地球全体の平均温度が上昇することです。世界各地で大雨、洪水、熱波、干ばつなどの異常気象が相次ぎ、気候災害が発生しています。こうした異常気象の一因と考えられているのが、地球温暖化です。

地球温暖化は、人間が排出し続けている温室効果ガスが引き起こしているとされています。温室効果ガスとは大気を温めるガスのことで、代表的なものとしては二酸化炭素(CO2)があげられますが、その他にもメタンや一酸化二窒素など様々な種類が存在します。

自然界には、大気中のCO2を除去するプロセスが存在しますが、放出されたCO2の5分の1程度は大気中に残留すると言われています。つまり、「温暖化はすぐには止められない」ということです。CO2の排出量が直ちにゼロになったとしても、大気中にすでに蓄積された温室効果ガスによる温暖化の影響は続くからです。温暖化は完全に防止できるものではなく、どの程度まで抑えることができるかが問題となっています。

温暖化の影響を抑え、経済のグリーン化を達成するためには、これまでと全く姿かたちが異なる経済社会構造を作る必要があります。それは我々の生活、働き方などを根底から変えるものであり、そのための大きな改革に今、世界各国が挑んでいるのです。


気候変動問題への世界各国の取り組み

今、世界では温室効果ガスの排出量をネットゼロにする「脱炭素化」の流れが加速しています。ネットゼロとは、「温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」ことで、温室効果ガスの排出量から吸収量を差し引いた合計がゼロとなる「実質ゼロ」を指す言葉です。

日本では菅義偉前首相が2020年10月26日の所信表明演説で、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする方針を掲げました。そして、日本政府は同年12月に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を発表、グリーン社会の実現に向けた戦略および工程表を示しました。

世界に目を向けると、EUは2019年12月に、2050年までに気候中立を目指すことを決め、2020年末には中間目標として、2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で55%減とする目標を設定しました。また、中国は、習近平主席が2020年9月の国連総会において2060年にカーボンニュートラルを目指すことを表明しています。

アメリカはトランプ前大統領時代に地球温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」から離脱しましたが、2021年1月に就任したバイデン大統領は、気候変動対策を最重要政策のひとつと定め、就任直後にパリ協定に復帰し、2050年にカーボンニュートラルを目指すことを表明しています。

また、アメリカは2021年4月には気候変動サミットを開催し、各国に野心的な削減目標の設定を迫りました。その結果、自国では2025年までに2005年比で26~28%減だった目標を、2030年に同50~52%減にすると設定しました。さらに、日本は2030年度までに2013年度比で26%減としていた目標を46%減に引き上げるなど、いくつかの国は短期の削減目標を大幅に引き上げました。


デカップリングは達成するも…日本のグリーン化の現状

世界の温室効果ガスの総排気量の推移をみると、世界の温室効果ガス排出量は増加傾向にあります。2019年の世界の温室効果ガス排出量はCO2換算量で524億トン、そのうち化石炭素によるものが65%と大部分を占めています。2010年以降は、平均して毎年約1.4%増加しており、今後も増えることが予想されています。

一方、日本の温室効果ガスの排出量は12億1200万トン(2019年度)となっており、2014年以来6年連続で減少しています。日本から排出される温室効果ガスの9割以上はCO2ですが、世界ではCO2が温室効果ガスに占める割合は65%なので、日本はCO2排出量の占める割合が高いのが特徴と言えます。

また近年は、経済成長を達成しながら温室効果ガスの排出量を減少させる「デカップリング」が実現されています。日本の温室効果ガスと実質GDPの推移をみると、2013年度頃まではGDPと温室効果ガス排出量の推移は同様の動きを示していましたが、2014年以降はGDPが増加傾向にあるのに対して、温室効果ガスの排出量は減少傾向にあります。これは経済と環境の好循環が可能であることを示していると言えるでしょう。

しかしながら、今のペースのままだと、2030年に2013年度比46%の削減の達成は難しいと思われます。目標を達成するには年間4500万トンの温室効果ガスを毎年削減する必要がありますが、この値はスイスの年間排出量に相当するものです。今後、脱炭素社会実現に向けてそのペースを加速させる必要があります。


ESG投資とは何か

今、欧米諸国では脱炭素化を、新型コロナウイルス感染症流行による経済危機からの復興ドライバーとして位置づけています。国際通貨基金(IMF)も、気候変動をコロナによるパンデミックよりも地球と人類に対する大きな脅威、経済と金融の安定に対する根本的なリスクと位置づけ、グリーン化が必要不可欠としています。

実際、こうした動きはすでに出てきています。最近では、脱炭素に向けた事業戦略など気候変動問題への取り組みが企業の評価を左右するようになりました。

今、環境問題などに積極的に取り組んでいる企業を選んで投資する「ESG金融」が世界で急拡大しています。ESG金融とは、環境(Environment)、社会(Society)、企業統治(Governance)などの非財務情報を考慮して行う投融資です。

世界のESG投資の金額を見ると、2020年に35.3兆ドルと、2018年から15%増加しているうえに、日本のESG投資額は2020年に2.9兆ドルと2018年から32%増となっており、日本でのESG投資成長のペースが高いことがわかります。しかし、運用資産総額に占めるESG投資の割合は、日本は24%で、カナダの62%、欧州の42%、アメリカの22%と比べてまだ低い水準となっています。

脱炭素社会を実現するうえでは経済政策も重要です。気候変動対策として注目されているものに「カーボンプライシング」があります。カーボンプライシングとは、温暖化ガスの排出に価格をつけることで、排出削減や脱炭素技術への投資を促すものです。

温暖化ガス排出を抑制する魔法の杖はありませんが、世界では排出を抑制する上ではカーボンプライシングが最も効率的で費用対効果の高い手法であるという意見の一致がますますみられるようになっています。

その主な手法に、「炭素税」と「排出量取引制度」があります。炭素税は温暖化ガスの排出を伴う化石燃料に、炭素の含有量に応じた税金をかけるものです。課税により化石燃料やそれを利用した製品の製造・使用の価格が上がるため、需要が抑制され、結果として温暖化ガス排出量を抑えることができます。

一方、排出量取引は、国や企業などが温室効果ガス排出量の上限を設け、市場を通じて排出する権利を売買する仕組みです。排出枠を超えて排出をするところは、排出枠を超えていないところから余った排出枠を購入します。それでも上限を超えてしまうと罰金を支払うことになります。

世界ではカーボンプライシングの導入が進んでいます。世界銀行によると、2021年4月時点で、世界で炭素税または排出量取引制度によるカーボンプライシングを導入している国・地域は合計で64に上り、世界全体の温室効果ガス排出量の21.5%がカバーされています。10年前の2011年でカーボンプライシングを導入している国・地域は21だったので、この10年間で3倍以上に増加しています。