フジテレビにて報道局上席解説担当役を務める能勢伸之氏は長期に渡り防衛省問題担当し、各国の軍事情勢に精通している。

その能勢氏は、アメリカと旧ソ連が締結していた通称「INF条約」がアメリカ・トランプ政権によって破棄されたことにより、米中露は新兵器開発を進め、世界情勢は新たな危機に直面するという。

一体、何が起こるのか?月刊誌『Voice』での同氏の寄稿より、その一節を紹介する。

※本稿は月刊誌『Voice』2019年8月号に掲載された「INF条約無効化で崩れる「均衡」」(能勢伸之)より一部抜粋・編集したものです。


北朝鮮が放った正体不明の飛翔体

2019年5月、北朝鮮は二度にわたってミサイルや多連装ロケット砲、自走砲の発射訓練を行ない、事後、発射した兵器の画像を公開したが、奇妙なことがあった。北朝鮮に対する米・韓の"逡巡”である。

5月4日、韓国軍合同参謀本部は、北朝鮮が「同日午前9時6分ごろ、日本海側の元山近辺から、短距離ミサイルを発射」と発表したが、同日午前10時11分、聯合ニュースは「韓国軍が『数発の飛翔体』に修正。70〜200㎞飛行した(のちに70〜240㎞に修正)」と報じた。

翌5日、北朝鮮の『労働新聞』や朝鮮中央放送等のメディアが、金正恩委員長が「大口径長距離放射砲(=多連装ロケット砲)や新型戦術誘導兵器の運用能力などを点検」する「火力打撃訓練」を視察した、と報じた。

記事に使用した兵器の名称はなく、添付されていた画像には、三種類の兵器が写っていた。KN-09と呼ばれる300㎜多連装ロケット砲と「主体100」と呼ばれる240㎜多連装ロケット砲、それに、ロシアの自走式弾道ミサイル/巡航ミサイル・システム、イスカンデルで使用される9M723(または、9M723-1)短距離弾道ミサイルにそっくりだが、先端や翼の形状が微妙に異なるミサイルで、米軍から「KN-23」と呼ばれることになった。

北朝鮮メディアのいう「新型戦術誘導兵器」が、この"KN-23”を指していたのなら、北朝鮮もまた「弾道ロケット(ミサイル)」という言葉を避けていた可能性がある。

北朝鮮は、もともと、国連安保理決議第2087号で「弾道ミサイル技術を使用したいかなる発射も……実施しないこと。弾道ミサイル計画に関連するすべての活動を停止すること」が求められていた。北朝鮮の五月の発射は安保理決議に違反したのか。


「弾道ミサイル」に定義できない飛翔経路

ここで、あらためて、注目されるのは、「弾道ミサイルとは何か」ということ。国連には、明文化した弾道ミサイルの定義がない。

しかし、米露間の重要な軍縮条約であるINF条約(1987年調印)第2章の1、および、新START条約(2010年署名)のプロトコール6.[5]で、「飛翔経路のほとんどで、弾道軌道であるミサイル」と定義されている。つまり、放物線を描いて飛ぶのが弾道ミサイルということだ。

しかし、ロシアの9M723短距離弾道ミサイルは、最大射程500㎞、高度80㎞とされているが、これは、弾道軌道(=放物線)で飛ばした場合で、四枚の動翼や、噴射口の中に突き出し、噴射の向きを変える四枚のベーン、それに、八個の小型噴射装置を使って、発射直後に機動しつつ上昇、どちらの方角に向かうかわかりにくくした上で、敵レーダーを掻い潜るるように低く、標的の方向に飛び、標的の近くで、さらに機動可能。この飛び方は、飛距離が短くなるものの、西側の弾道ミサイル防衛を躱(かわ)そうというものだ。

韓国軍は、イスラエル製のグリーンパイン・レーダー二基を装備し、北朝鮮の弾道ミサイルや巡航ミサイルの飛跡を詳細に把握するといわれている。

5月4日がJN-23の初めての発射で、そこで9M723ミサイルのように、ミサイル防衛を躱すような飛び方をしていたのならば、放物線軌道と簡単には断定できず、上記の条約上の弾道ミサイルの定義に当てはめることは困難と、四日時点の韓国軍は判断したのかもしれない。

ポンペオ米国務長官も、5日の時点では「短距離」との判断は示したが、弾道ミサイルかどうかの判断は示さなかった。ただ、北朝鮮は、9日にも、午後4時29分と同49分ごろ、北西部の平安北道・亀城から飛翔体を一発ずつ、東の方向へ発射。

推定飛翔距離は、約420㎞と約270㎞、高度は約40㎞で、米国防総省は9日、「複数の弾道ミサイル」と分析。岩屋毅防衛相も「弾道ミサイル」と分析した上で「国連安保理決議違反」とコメントした。九日の発射には「放物線軌道」が認められたということだろうか。

北朝鮮が、5月4日の発射で、国連安保理決議違反になることを意図的に避けようとしたのかどうかは不明だ。

断定はできないが、五月四日の発射がINF条約の「弾道ミサイル」の定義と一致しない飛翔経路であったから、韓国や米国が、弾道ミサイルと定義することに逡巡したのだとすると、問題は北朝鮮の弾道ミサイルにとどまらないかもしれない。