安倍政権を引き継いだ菅政権は新型コロナ対応等、多くの課題を抱えている。日本維新の会の松井一郎代表は菅義偉首相と良好な関係にあると言われているが、政府与党にいかに向き合っていくのか。野党が離合集散を繰り返すなか、どのように改革を進めていくのか。大阪で断行した事例を基に、政党代表としての覚悟を語る。

※本稿は『Voice』2020年11⽉号より⼀部抜粋・編集したものです。

聞き手:Voice編集部(中西史也)
写真:大島拓也


政治家がまず「身を切る」べき

――今年8月28日、安倍晋三首相が辞任を表明し、7年8カ月に及ぶ長期政権が終焉しました。日本維新の会の代表として、第二次安倍政権の取り組みをどう評価しますか。

【松井】 まず、安倍前総理がまさしく死力を尽くして日本のために奮闘してきたことに対して、「お疲れ様でした」と申し上げたいと思います。

総理を辞めると表明されてから、各国の指導者から多大な労いと賛辞が送られたのが印象的でした。歴代の総理と比較しても異例のことではなかったでしょうか。

外交分野では、世界における日本の立ち位置を確実に高めました。

また、政策面では日本維新の会と考えを異にしますが、将来の持続可能な社会をつくるために二度の消費税増税を行なった実行力は評価されるべきです。

選挙で選ばれる政治家は本来、国民の不興を買う増税はしたくないでしょう。それでも安倍政権は、日本の社会保障を維持するために必要と判断し、正面をきって断行した。

私どもの党は、何事もまずは政治家が身を切って政治・行財政改革を行ない、その後に国民の皆さんに負担をお願いすべき、との方針を掲げています。政権が変わろうとも、その姿勢の重要性は引き続き与党に訴えていきます。

一方、安倍政権下で公文書の管理が非常に杜撰だった点は懸念しています。いかなる政策を実行するにせよ、その過程が不透明だと将来に検証できなくなる。歴史から学べなくなってしまうのです。

公文書を公明正大に公開し、政治プロセスの徹底した「見える化」をあらためて推進することが不可欠です。

――松井代表は菅義偉総理と良好な関係にあるとされています。新政権とはどのように関わるつもりですか。

【松井】 菅さんは官房長官時代に安倍前総理をずっと傍で支えてきましたが、辞任が明らかになる間際まで、自分が次期総理になるとは想像していなかったのではないでしょうか。

それでも、日本が新型コロナ禍の最中にあるいま、火中の栗を拾う覚悟を決めたのだと思います。

これは維新の会がつねに求めていることですが、菅新総理には、政治家や公務員が「身を切る」改革を進めていただきたい。

総理自身、持続可能で世界から尊敬される日本をつくりたい、という志をおもちの方です。我が国の少子化と超高齢化は深刻化する一方であり、政治と社会保障の抜本的改革が必要です。

大阪では吉村洋文府知事と市長の僕が、税金の使い方を徹底的に見直してきました。無駄な施策を見過ごして肥大化した役所を、筋肉質かつスリムにつくり変えていく。大阪市民・府民の目に見えるかたちで、還元できる財源を確保していく。

そのためにはまず、あまりにも優遇されている政治家が自らそれを改める必要があります。同時に、政治家と深く関わる一部の既得権益も打破しなくてはなりません。

ところが、自民党は業界団体を支持母体としていますから、優遇・厚遇政策からなかなか脱却できない。

大阪に加えて国政においても、自民党が尻込みしている部分について、維新の会が果敢にメスを入れる所存です。


「旧民主党」の議員は寄らば大樹の陰

――野党の政局を見ると、立憲民主党と国民民主党間の合流を経て、双方の党名が残るかたちで再編されました。両党とはどう関わっていくのでしょうか。

【松井】 我々は他の野党とは一線を画します。国民の皆さんもご存じのように、彼らは選挙のたびに何度も離合集散しています。

選挙を見越してなのか、自分の政策とは考えが異なる政党への鞍替えを繰り返す議員だっている。

今回、合流新党の立憲民主党に集まった議員には、2017年10月の衆議院総選挙のときに希望の党(小池百合子代表、現在は解党)から出馬した人も少なくない。彼らの多くは比例代表で当選した顔ぶれでしょう。

僕は小池さんと何度も議論を重ねましたが、身を切る改革と憲法改正を真正面から行なうとの考えにおいては、希望の党と維新の会の公約には確かな親和性があった。基本的な考えが一致していたので、協力する余地があったわけです。

ところがあれから3年が経過し、当時の約束を反故にして立憲民主党に合流した議員がいる。いまの同党のメンバーをみていると、「旧民主党」そのものだと慨嘆せざるをえません。

――改憲一つとっても、希望の党や新たな国民民主党と合流新党の立憲民主党では価値観が異なりますね。

【松井】 政党とは本来、政治理念や信条、国家観が一致するからこそ結社を組むものだと僕は理解しています。政党内で考えが100%一致することは難しくても、骨格の部分が通じているから政党として存在意義がある。

しかし「旧民主党」の議員たちはとにかく離れたりくっついたりしていて、言うなれば寄らば大樹の陰です。

彼らは結局、自分たちが当選して国会議員であり続けることばかりを考えている。国民のほうを向いていないことは明らかでしょう。

国会議員としての身分に固執しているのは、自民党・公明党も同様です。2018年7月、自民党が提出した改正公職選挙法が成立し、参議院議員の定数が六人増えました。

なぜ人口が減少している我が国において、その流れに逆行するかのように議員を増やさなければならないのか。これは自民党参議院の党内事情であって、国民から見ればじつにおかしな話です。

大阪府では2015年4月より、府議会議員の定数を109から88へと21議席、すなわち約2割を削減しました。

それから5年が経ちますが、住民の声が届きにくくなったとか、議員と役所との距離が遠のいたという声は聞こえてきません。

情報通信技術が発達し、人力の負担を減らしていこうとするこの時代、政治家の数なんて2割減らしても何ら問題ないことの証左でしょう。