新型コロナ禍では地方自治体によって対応の違いが見られた。とりわけ千葉市では、政府による学校の一斉休校の要請に対して独自に対応し、熊谷俊人市長自らがSNSを活用して精力的に情報発信に努めた。これらの対応の狙いと教訓について、熊谷市長に聞いた。

※本稿は『Voice』2020年10月号より一部抜粋・編集したものです。

聞き手:Voice編集部(中西史也) 写真:吉田和本


何よりも大切なのは医療提供体制の確保

――新型コロナへの対応を巡っては、政府のみならず地方自治体の首長のリーダーシップにも注目が集まりました。千葉市は日本国内で感染が流行し始めた1月下旬から2月の段階で対策の基本戦略を打ち出し、迅速な危機対応を行ないました。あらためて、市としてどういう方針を採ってきたかお話いただけますか。

【熊谷】医療提供体制をいかに逼迫させず整備するか。その一点に尽きます。死者数や重症者数の増加を抑えられている限り、日々の感染者数ではなく、それを支える医療の土台を万全に整えることが何よりも重要です。

重症者用・軽症者用それぞれの病床や、軽症者を一時隔離するためのホテルを確保し、医療提供体制を崩壊させない。また、保健所を正常に機能させることも不可欠です。

千葉市では1月下旬の時点で、職員の人員の多くを保健所にシフトしました。そのため、他の自治体に比べて保健所の業務負荷はコントロールできている。

これらの大前提を押さえたうえで、感染者をトレース(追跡)し、市民に感染予防対策を徹底してもらうことが、われわれ千葉市が堅持してきた基本戦略です。

――4月2日には、行政・企業・教育のオンライン化を軸とした「ちばしチェンジ宣言!」を発出しました。

【熊谷】新型コロナウイルスに対して国民が怯え、社会全体が暗くなっていくなかで、難局を乗り越えていくポジティブな動きをみせたかった。新型コロナがわが国の多数の尊い人命を奪い、社会経済活動を停滞させた事実は痛切に受け止める必要があります。

一方で、今回の事態を契機に日本がプラスに生まれ変われるように模索して然るべきです。DX(デジタルトランスフォーメーション)はその最たる例でしょう。

政治、企業活動、教育、どの分野でもかねてよりオンライン化の推進が叫ばれていたにもかかわらず、なかなか進展しなかった。

DXは平時には進みませんでしたが、ならばこの有事を加速させる好機とする。そうした施策を千葉市として促進するメッセージを明確にしました。


正確な情報発信と記録としてのSNS

――千葉市の公式ホームページのみならず、市長自らがツイッターやフェイスブックでコロナ対策の方針や感染状況、現状に対する考えを詳細に公開している点が印象的です。SNSの活用にはどんな狙いがありますか。

【熊谷】誤った情報がSNSにより瞬時に拡散されてしまう時代ですから、市長自らが正確な情報を市民に直接届けることには意味があります。

2011年、東日本大震災の福島第一原子力発電所事故当時、放射能を巡る東北の風評被害や科学的根拠に基づかないデマが出回りました。

震災後、千葉市は被災地に職員を長期派遣しており、私自身、偽情報が流布することによる住民や行政の苦労をこの耳で聞いてきました。コロナ禍では、3.11のときのような過ちを繰り返してはいけない。そうした危機感が、私が情報発信に努める根底にあります。

また今回のパンデミックは、人類が「歴史」としてしっかりと記録していくべきです。多くの人びとの日常が激変し、ウイルスに翻弄されているなかで、われわれは何を考えて、どう行動したのか。そうした人類の足跡は、詳細に残されるでしょう。

――われわれが「次なる感染症」に備えるための教訓にもなりますね。

【熊谷】私は政治・行政の意思決定者として、検証可能な記録を後世に残す責務を痛感しています。歴史に対する重い責任を背負っているともいえる。人間とは悲しい生き物で、これだけの事態であっても喉元を過ぎれば痛みを次第に忘れてしまう。

ならば少なくとも先の大戦や東日本大震災のように、コロナ禍に関しても私たちが経験したすべてを記録として残して、後世の検証・総括の材料にするべきです。