《福岡市と北九州市の中間に位置し、由緒正しき歴史をもつ宗像市。九州本土唯一の女性市長である伊豆美沙子市長は、宗像の歴史の背景には、海に抱く畏敬の念があったという。

「海賊と呼ばれた男」のモデルとなった実業家・出光佐三を生み出し、世界遺産に選ばれたこのまちをどう守っていくのか。(聞き手 Voice編集部・中西史也)》

本稿は月刊誌『Voice』2020年7月号、伊豆美沙子氏の「宗像から第二の出光佐三を生む」より一部抜粋・編集したものです。


日本人が抱く海への畏敬

――2017年7月に「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群が世界遺産に登録されるなど、由緒ある宗像の歴史に注目が集まっています。この評価をどう受け止めていますか。

(伊豆)私は当時、福岡県議会議員でしたが、ポーランドのクラクフで開催された世界遺産委員会を傍聴し、世界遺産決定の瞬間に立ち会うことができました。

そこで感じたのは、「目に見えないもの」に対する日本人の感謝の気持ちを世界に認めてもらえた、ということです。海洋国家である日本は海を崇拝し、卓越した航海術を千年以上にわたって継承してきました。日本人が抱く海への畏敬の念が世界に評価されたと考えています。

――そのような宗像の歴史や伝統を次世代に継承するために、どういった取り組みをされていますか。

(伊豆)学校では、ふるさと学習や世界遺産学習を行なっています。といっても、『古事記』に記された歴史や海への畏敬の念を小学生に理解してもらうのは、簡単ではありません。

そこで宗像市では、世界遺産となった沖ノ島を題材にした絵本を制作して市内小学校の一、二年生の教室や図書室、市民図書館に所蔵したり、市民参加型ミュージカル「むなかた三女神記」を上演してきました。

エンターテインメントの力も借りながら、子供が宗像の歴史を自然に感じとっていく。そうして郷土に誇りをもった人びとの思いが継承されていくと思います。

――宗像出身の実業家で出光興産創業者の出光佐三は、宗像大社の再建に尽力しましたね。私財数十億円を投じて神社の復興に乗り出すなど、故郷への並々ならぬ思いを感じます。

(伊豆)出光佐三という人物がいなければ、宗像が世界遺産に選ばれることはなかったでしょう。彼は神社の再建のみならず、『宗像神社史』を編纂し、沖ノ島を学術的に研究しました。

それにより、沖ノ島が「海の正倉院」といわれる所以である祭祀遺物が発見され、国宝に指定されるのです。まさしく出光佐三は、現在の宗像の姿を導いた偉人です。


資源ごみは22種類に分別し、海を守る

――伊豆市長自身は、もともと海との関わりはあったのでしょうか。

(伊豆)先祖が島の民で、私も「世界青年の船」事業で各地の海を巡りました。海への思いが高じて、クルーズコーディネーターの道も歩みました。「板子一枚下は地獄」という言葉があるように、つねに危険と隣り合わせであるすべての船乗りを尊敬しています。

――宗像市は海の環境保全にも精力的に取り組んでいますね。

(伊豆)「Save the Sea」の合言葉を掲げ、邁進しています。たとえば、2018年から製菓メーカーの湖池屋さんと「海の環境保全」をテーマに、連携事業としてオリジナルポテトチップスを全国販売中です。

一袋当たり一円が寄付され、海の環境保全活動に役立てています。海をメインテーマにしたシンポジウム「宗像国際環境100人会議」では、世界遺産の海を守ってきた宗像ならではのメッセージを国内外に発信しています。

また、環境にやさしい石鹸を推奨しています。多くの洗剤には合成界面活性剤という成分が含まれており、それが河川に流されることで、水生生物に悪影響があるといわれています。

ほとんどは下水処理場で処理されるものの、ゼロにすることは難しい。そこで宗像では1990年代から、環境にも人の身体にもやさしい廃油を再利用した手づくりの石鹸づくりに取り組んでいます。

もともと宗像市は3R(リデュース・リユース・リサイクル)への意識が高く、1997年から資源ゴミの分別を始めていました。当初は9種の分別でしたが、いまでは22種に分けています。

缶は鉄とアルミに、ビンは色や用途別で細かく分別している。市民にとっては手間のかかる作業ですが、行政が周知し、学校教育の場でも資源ゴミの分別をみっちり教えています。

――市民一人ひとりの努力が故郷の環境を守ることに貢献しているわけですね。

(伊豆)海水温の上昇や環境の変化によって魚が獲れにくくなっている、という漁業従事者の悲痛な声も聞こえてきます。私たちの生活は豊かな自然があってこそ成り立っていることを、多くの人に感じてもらいたいと思います。