中国共産党政権による"ウイグル弾圧"問題は、長きにわたり存在し続けてきた。現在、国際社会の間で同問題を非難する風潮が高まっている。

なぜ今になって重視するようになったのだろうか。ジャーナリストの福島香織氏は、習近平政権の過激な弾圧と国際情勢の変化によるものだと語る。

こういった問題に対して、日本政府はどういった姿勢を見せるべきなのか。

※本稿は『Voice』2021年6⽉号より⼀部抜粋・編集したものです。


米中対立の余波

ウイグル弾圧はいまに始まったことではない。では、なぜいまになって国際社会がウイグル問題を重視しているのだろうか。

一つは、習近平政権のウイグル弾圧がこれまでのどの政権より過激で悪辣だからだ。

ハイテク技術の進化によって、これまでにない方法での監視管理監督システムを構築し、強制的に長期間収容して洗脳による精神的支配を行ない、その言語や信仰、民族的文化、アイデンティティまでも奪うやり方は、毛沢東以来の残酷な手法といえる。

もう一つは、国際状況の大きな変化だ。トランプ政権が2017年に誕生し、米中対立が先鋭化した。トランプ政権は中東、イスラム圏に対するテロとの戦争以上に、アジア・太平洋における中国の覇権を阻むことが米国の国家安全保障上の最優先事項と判断した。

中国習近平政権は「中華民族の偉大なる復興」というスローガンのもと世界覇権の野望を隠さなくなり、いまが百年に一度の世界変局のときという認識のもと、中国を中心とした新たな国際社会の枠組みや世界秩序を構築しようと考えている。

つまり、第二次世界大戦後のパックスアメリカーナの国際社会を、現在のコロナ混乱期を経て、パックスシニカに再構築しようという野望を習近平政権は隠さず、それを米国が阻むという構図のなかで、米国陣営と中国陣営のあいだでさまざまな「戦争」が起きている。

貿易戦争、5G戦争、世論誘導戦、社会分断戦……。香港やミャンマーで起きている状況も米中対立構造の延長と考えるべきだろう。

こうした「戦争」は比喩ではない。中国が90年代から打ち出している「超限戦」の定義に照らし合わせれば、これらの「戦争」は、国家の存亡と国際社会の再構築をかけた文字どおりの「第三次世界大戦」だと考えるべきだろう。


日本よ、旗幟を鮮明にせよ

米中二つの陣営を分ける大きな基準が、人権を含む普遍的価値観だ。開かれた民主的自由主義的価値観をもつものが米国陣営であれば、閉じられた権威主義的全体主義的価値観が中国陣営である。

とくに米国陣営が重視する人権の価値観の象徴が、いまはウイグル問題ということになる。ウイグル弾圧を国連のジェノサイド条約で定義するジェノサイドであると認定するかどうか。それは、米国陣営と中国陣営のどちらに入るか、という選択に等しい。

米トランプ政権のポンペオ前国務長官がいち早くウイグル弾圧をジェノサイドと認定し、続くバイデン政権も同じ立場に立った。

カナダ下院議会、オランダ下院議会はウイグル弾圧をジェノサイドと認める決議を採択、英国上院はジェノサイドを犯した国との貿易を禁止する貿易法修正案を可決した。

豪議会でも中国の人権侵害を組織的として非難動議が出された。EU(欧州連合)は今年3月に、中国新疆ウイグル自治区の幹部、当局者らに制裁措置を発動させた。これは前身組織時代も含めて30年ぶりの対中制裁となった。

さて、日本だけがいまひとつ曖昧な姿勢のままだ。開かれた民主的自由主義的価値観を守り、中国全体主義的価値観から世界と自国を守るために、米国らと協力することが最善の選択であることは自明だろう。

中国共産党政権によるウイグル弾圧の歴史は長く過酷だった。これほど長引いたのは、国際社会が見て見ぬふりをしてきた責任も当然ある。いま米国と中国の対立構造の成り行きでウイグル問題に光が当たったのは偶然か。

だが、この機を逃しては二度とこの虐げられた民が救われることはなく、消えていくしかない。それは西側社会の価値観が中国の価値観に負けることであり、中国中心の国際社会が再構築されることにつながる。

他人事ではなく、自国の自由と平和と安全のために、日本はウイグル問題において旗幟を鮮明にしなければならないのである。