タレントとして活躍中のハリー杉山氏は、英国人ジャーナリスト、ヘンリー・S・ストークス氏を実父にもち、1年間中国に留学した経験をもつ。

新刊『中国vs.世界』(PHP新書)など中国に関する著作を多く発表している安田峰俊氏と、当時の思い出などを語っていただいた。

※本稿は『Voice』2021年6⽉号より⼀部抜粋・編集したものです。(写真:稲垣徳文)


アヘン戦争は学ばなかったけれども……

【安田】ハリーさんはロンドン大学東洋アフリカ研究学院で中国語を専攻されたのちに、中国の北京師範大学に1年間留学されていますよね。中国に渡られたのはいつのことですか。

【杉山】2006年、北京オリンピック(2008年夏)へのムードが高まっていた時期です。安田さんは中国に関する著作をこれまでたくさん出されていますから、むしろ僕が中国のことについて、教えてもらうつもりできました(笑)。しかも、かつて父(ヘンリー・S・ストークス氏。元ニューヨーク・タイムズ東京支局長・アジア総支局長)も出たことがある雑誌での対談ですから、とても不思議な感覚です。

【安田】早速伺いたいのですが、ハリーさんがロンドン大学で学んでいた当時、いろいろな留学生が学んでいたと思うんです。そのなかに、もしも香港出身の方がいれば、いまも連絡をとられているでしょうか。

【杉山】僕のまわりには香港からきた留学生はいませんでしたね。中国人であれば、弁護士になった友人とはいまも連絡をとっていますが、彼は自分の国についてあまり話しません。イギリスに留学する中国人は往々にして裕福な家庭の生まれで、国に守られているからこそフラットな一般市民の話はできないのかもしれません。

【安田】無理もないですね。イギリス植民地時代から香港政庁としっかり繋がっていたようなエスタブリッシュメントの子弟は、いまの社会情勢にはタッチしにくい。

【杉山】だと思います。彼らにとっては自分のひと言が世の中に出ることにより、家族に何かしらの影響を与えてしまう可能性がある。僕がメディアの人間であることも、彼があえて何も話さない理由かもしれません。

【安田】せっかくですのでイギリスの教育事情をお聞きします。いま習近平が「中華民族の偉大なる復興」を掲げているのは、かつて中国が負った近現代史のトラウマ、つまりアヘン戦争でイギリスに負けて以来の屈辱が背景にあります。イギリスの学校教育において、アヘン戦争にはじまる過去の中国侵略の歴史は学ぶのでしょうか。

【杉山】僕がイギリスへと渡ったのは11歳のときですが、通常のカリキュラムには入っていませんでした。まず入学したヒル・ハウスは、チャールズ皇太子もOBに名を連ねるロンドンど真ん中の学校でしたが、歴史のレッスンでまず学んだのはテューダー朝について。そしていまだに強く印象に残っているのが、いきなり「南京大虐殺」について教えられたことです。

【安田】アヘン戦争やアロー戦争は習わなかった。しかし南京大虐殺は「必修項目」だったわけですね。

【杉山】そうなんです。日本にいたときには南京大虐殺の「な」の字も知らなかった少年が、次から次へと生々しい情報をインプットさせられたわけです。それから僕は、イギリス人でありながら日本人であるという自分のアイデンティティについて考え始めました。

しかしライブラリーに足を運んでいろいろな本を読んでも、やはり描かれているのはイギリス人からみる日本。パールハーバーやシンガポール進攻など、いずれも一方的な視点でした。いわば勝者の歴史で、「イギリス=正義、日本=悪」という二元論で語られる世界観です。

また、ヒル・ハウスのクラスでは僕が唯一のアジア系でしたから、それはもうイジメにもあうわけです。いま思うと貴重な経験だし、先生だけは「でも日本は第一次世界大戦では同盟国にいたわけで、お前ら、そういう歴史もちゃんと知っているのか」とバランスをとってくれたので、その点では本当に助けてもらいましたね。